第2話
「よし! できた! ……っと、そっちは?」
良樹が美香の方を振り向いた時、彼女の雰囲気がいつもと違うことに気付く。
「佐々木さん、なんか、いつもと雰囲気違うね」
丁度入力を終えた美香が笑う。
「え〜、今? 今、気付いたんですか?」
「ごめん、眼鏡と髪型は見てたんだけど、なんか化粧が、なんていうか……」
「あ〜、化粧落としちゃったから。地味になっちゃったんだ」
美香がまた笑った。竹内のことを意識もしていなかった彼女は、別にスッピンを見られても大したことではないと思っていた。
時計の針は午後9時半を指していた。
「晩飯まだでしょ? 奢るよ。何が良い?」
良樹に誘われる。
「えっ? いいんですか? ……じゃあ、竹内さんの好きなとこで」
「あ〜、じゃ、ファミレスでも?」
ファミレス? こういう時はラーメンとか居酒屋とかじゃないのか? そう思いながら
「ええ」
美香は応えた。
同僚と、しかも男の人と二人で来るファミレスは、なんだかくすぐったい。学生の時はよく彼氏を引っ張ってきたものだけど。
学生時代……また、英人のことを思い出す。英は甘いものが大好きだと信じていた。だから、自分は、英とファミレスにも行って、甘いものをたらふく食べさせていた。そう、ついこの前、空港で言われるまで、甘いものが苦手だったなんて気付きもしないで。
「何でも食べていいよ」
「あ……じゃあ、トマトソースパスタを」
無難なところだ。金銭的にも。
「それだけでいいの? 俺、デザートも食うけど? 要らない?」
「え? 竹内さん、デザート食べるんですか?」
「おかしい?」
「いえ、そんなことは……」
「あ、新しいパフェ出てるんじゃん。これにするかな。佐々木さんは?」
それは、美香の大好きなパフェだった。
「わ、私も……頼んでいいですか?」
「勿論」
ふと、自分がスッピンで眼鏡なのに気付く。こんな格好で男の人と街をウロウロしたことがない。明るい店内。今更、恥ずかしいと思って下を向いた。
「どうしたの?」
良樹は、その様子に気付く。
「いえ……その……今、私、スッピンだった、と今更思い出して……恥ずかしくて……」
恥ずかしそうに
「そう? いつもより美人に見えるけど?」
「いやいやいや、それはウソですよ〜」
「一生懸命やってる人は、みんな綺麗に見えるよ。俺はね」
「は……はあ」
デザートのパフェを食べる頃には、スッピンのことなんて、どうでもよくなっていた。竹内との食事は思いのほか楽しく、特にスイーツの話で物凄く盛り上がってしまった。こんなに気が合うとは思わなかった。
「
良樹が美香を見て笑う。
「竹内さんだって」
美香も笑い返した。
「ここさ、料理は普通なんだけど、デザートはレベル高いよな」
「ですよね〜。夏にやってたメロンパフェとか最高でしたよ」
「あ〜、それそれ。俺が食い損ねたやつ!」
「そうなんですか?」
「なかなかさあ、営業用の鞄持ってスーツ着てる男が、一人でファミレスでデザートだけ頼むのは勇気がいるんだよね」
照れくさそうに良樹が頭を掻いた。
「いつでも誘って下さい。お供しますよ」
二人共、顔を見合わせて笑った。
これがきっかけで、佐々木美香と竹内良樹との距離が一気に縮まった。
だけど、決定的な言葉を、良樹はくれない。美香は、それを焦れったく思っていた。
最早、「玉の輿」やら「外見の美しさ」など、気にならなくなっていた。メイクは、ナチュラルに、仕事はいつもより一生懸命やった。
新しくできたカフェでケーキを食べながら、良樹が言う。
「佐々木さん、趣味とかないの?」
「ん〜、特にはないかなあ……」
自分が如何に美しくなれるかに、全ての時間を費やしてきた。それがなくなった今、美香が興味を抱くことなど、特に思いつかなかった。
「よかったらさ、英会話、始めない?」
「え、英会話……ですか?」
「俺が通ってるとこがあってさ、初心者でも楽しく教えてくれるんだよね」
英語なんて、高校生の時から止まっている。得意教科でもない。中学時代の英語がやっとだ。
でも……
「竹内さんと一緒に通えるなら……」
そんな気持ちが後押しして、美香は英会話教室に通うことにした。
良樹とはレベルが全然違うので、違うクラスだ。それでも、授業は楽しかった。勉強が楽しいと思ったのは、多分人生で初めてのことだった。
英会話教室の後はいつも、良樹と一緒にご飯を食べ、その日のレッスン内容を報告する。
「凄いな。もうそんなレベルまで行けたの?」
良樹に褒められることが、美香にとっては、最高に嬉しいことだった。
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