美しい人
緋雪
第1話
ああ、何度思い出しても悔しい。
あの時、空港で
「君はさ、世の中まで『甘く』見すぎなんだと思うよ。それ以前に、自分を磨かなきゃ。」
外見が幾ら綺麗でも、お前には中身がないってこと?
もう、1ヶ月も前のことだ。15年以上前に美香の方からから振っておいて、空港で偶然英人に出会って愛想をふりまき、彼に酷いことを言われて気付いた。自分が本当に英のことを好きだったことに。彼の「弁護士の卵」というステータス目当てでつきあっていたはずだったのに。
「佐々木さん、ここの数字、間違ってない?」
不意に後ろから肩越しにPCの画面を指差してくる男性の声。
「えっ?」
振り返ると
「考え事しながら入力するのやめなよね」
竹内はそれだけ言うと、さっさと自分の席に戻っていった。
「ねえねえ、美香、さっき竹内さんと何話してたの?」
一緒にランチに出た
「あ〜、あれ? ちょっと入力ミスを指摘されてただけよ」
「な〜んだ、そっか」
「何だと思ったの?」
「ランチに誘われてたのかな〜って」
「竹内さん、そんなキャラじゃないじゃん」
「え〜、わかんないよ〜、美香綺麗だしさ〜。ツンデレかも」
「さあね、わかんない」
美香は、全く興味がないといった感じで答える。ショウウインドウに自分の姿が映った。今日も私は完璧だと思う。
美咲が竹内良樹に憧れているのは知っていた。仕事はできるし、誰にでも明るく優しく接する。イケメンと言う程ではないが、容姿は、まあ平均よりちょっと上くらい。
ただ、両親は公務員。竹内も会社の社宅住まいだ。「玉の輿」を夢見る美香の相手ではなかった。
「っていうか、あいつ、私には厳しいんだよな〜。ま、嫌いなんでしょ」
たまにいる。綺麗な女を嫌いな男。昔の男のことを思い出すと、身震いがした。
「美香のことは好きだよ。凄く凄く綺麗だし可愛いし。連れて歩いたら、皆振り返る。友達からも羨ましがられる」
「でも、美香は、それだけ、なんだよね。……なんていうか、話が合わないっていうか、価値観が違いすぎるっていうか……」
学は別れを
「他に好きな人が?」
顔色一つ変えず、美香は学の目を見て言う。
「……うん」
「誰?」
「美香に言ってもわからないよ。同じゼミの子だから」
「私より美人なの?」
「だから、そういうの関係ないんだってば。研究してることも同じだし、好きなことも同じだし、気が合うんだ。彼女と一緒にいると楽しいんだよ。容姿じゃない」
つまらない男。私よりブスな女を好きになるだなんて。美香は思う。
「わかった。別れましょ。じゃあね、バイバイ」
あれは、もう15年近くも前のことだ。自分に男を見る目がなかったのだと、今でも悔しく思う。あんなヤツを選んだばっかりに、私は英を失ってしまった。
今更だ。
今更、英のことがホントに好きだったなんて思い知ったところで、どうなるものでもない。
「はぁ」
美香は大きな溜め息をついた。
「佐々木さん、悪いけど、これ、明日までに入力お願いできる?」
4時前になって、お
「え?」
「なるはやでお願いね、なるはやで」
そう言うと、彼女は出ていってしまった。恐らく給湯室だ。お仲間と一緒に美香が困るのを見て笑っているに違いない。
「はぁ」
書類の束を見ながら溜め息をつく。
「なによ『なるはや』って。使いたいだけでしょ。
心の中で呟く。
美香が綺麗で、男子社員からチヤホヤされるのを妬んで、わざわざ
「くだらない。……ブス集団が」
しかし、この書類の量は半端な量ではない。恐らく女子社員3人くらいに分けて、昨日の朝くらいに営業社員から頼まれていたんだろうという量。これを、明日までに……。
「残業かぁ。めんどくさ」
美香は、PCを、その書類の入力画面に切り替える。
2箇所入力して気付いた。それはどうやら複雑な内容のもので、数字だけ入力しても、オートで数値が出ないところが数ヶ所あることに。
「え〜、まさかの手打ち?」
酷い虐めだこと。
「これは、何時に帰れるのかねえ」
カタカタと入力しながら呟いた。
時計は7時を指していた。
「ねむ〜。終わらないじゃん。どうすんのよ、これ」
ずっとPCの画面を見ていたから、目が乾いてきた。
「コンタクト外してくるか」
化粧室でコンタクトを外し、メイクも落として眼鏡に替えた。髪も一つに縛る。
「さて」
給湯室でコーヒーに砂糖を2本とミルクを3個
入れてきて飲んだ。うーんと伸びをする。
「やりますか」
書類は残り半分。最終電車に間に合うかどうか。
「佐々木さん?」
呼ばれて顔を上げると、竹内良樹が立っていた。
「え? 残業? こんな時間まで?」
良樹は、営業帰りのようだ。美香は、この書類を明日までに入力しなければならないことを話した。
「え? これ、坂本さんたちにお願いしてたやつだよね? なんで佐々木さんが?」
「3時間ほど前に頼まれまして」
「え? 坂本さんたちは?」
「さあ?」
良樹は、事情を
「半分寄越せ。俺もやる」
「え?」
彼は、美香の書類を半分取って、隣の席のPCに座ると、作業を始めた。
「ガキじゃあるまいしな」
独り言のように呟く。
「ホントに。ガキの虐めだわ」
美香もこころの中で呟いた。
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