「会いたいと思わない」と彼女から宣言される

陽女 月男(ひのめ つきお)

第1話

 付き合って9年目となる僕の恋人、奈緒。お互い家庭がある、秘密の関係である。コロナ禍ではなかなか会う機会を作れず、ふたりの距離は遠くなってしまった。しかし、最近は、元のとおりに戻りつつあった。月1回が、ふたり会うことが出来る限界。それが、何回か繰り返された後のことだった。

 とうとう言われてしまった。

「会いたくないということではないんですけど…」

 彼女が、この一言を僕に告げるのには、考え悩み、よほどの覚悟と勇気が必要だっただろう。と、思いたい。

 会いたい気持ちにはならない。と、そう宣告されたのだ。彼女は、思いを先送りせず、正直に僕に伝えてくれたのだ。

 何となく、覚悟はしていた。前回会ってから、次に会うことの話題が、もう1ヶ月以上も上がっていなかったからだ。僕からそれを話題にしないのは、紆余曲折あってのふたりの間のルールだった。

 会いたいは、セックスしたいという意味でもある。お互いにそれなりの歳だし、性欲の衰えは認めざるを得ない。奈緒は、「貴方とセックスしたいと思わない。だから、会いたいと思わない。」と、僕に告げている。奈緒は、程なくして「その気にならない」という表現でも、それを伝えてきた。

「セックスしたいと思わない」、「その気にならない」、というのは理解できる。更年期を迎え、痛みにより僕のペニスを受け入れることが困難になった奈緒が、そう思うことは不思議ではない。でも、「会いたいと思わない」のは、かなりショッキングである。僕にとって。

 ふたりにとってセックスが全てだとは思っていなかったし、そうではないと信じていた。

 しかし、奈緒は、もう僕を必要としていない。セックスも含めて。いや、僕はセックスの相手としての価値しか、もともと無かったのだろうか、奈緒にとって。

 それでも、メールのやり取りは、今までどおり続いている。一日に2、3回は往復する。仲良しカップルのように。僕は、必要とされてはいないが、排除したいと思われているわけでもなさそうである。救われる。まだ、奈緒を失わなくて済みそうだ。

 奈緒の告白に対し、僕は、当たり障りのない応答でその場を切り抜けた。しかし、覚悟と勇気ある告白に、正直に誠意をもって真剣に応えなければならない。それから逃げてふたりの関係を延命しても、無駄に時間を浪費するだけだし、彼女に対して失礼千万だ。

 ふたりの関係。それは、何なのだろう。たくさんの出来事を経て、関係性も変化することはあるだろう。そして今、大きな変化のときを迎えているのだろうか。

 僕に会いたいと思わない彼女と、どんな関係を築けばよいのか。いままでどおり、メールでのやり取りを続けるのなら、メル友としての関係なのか。必要とはされていない僕と、どんなにメールでのやり取りを続けても、いままでどおりの関係に戻れるとは思えない。

 奈緒の夫でも、父でも、息子でも、家族でもなく、秘密の存在である僕は、とても脆弱な繋がりしか持てていない。そのうち、僕の嫌な部分が気になるようになり、嫌いになり、不要で排除すべき存在へと変わるのだろう。

 そうなることが時間の問題だとしても、なんとか、それまでの時間を延ばしたい。僕にとって奈緒は、大切で、必要で、寄り添い寄り添われたい、絶対に失いたくない存在なのだ。でも、もう僕に寄り添って貰えることは、なさそうである。

 新しい関係を構築しようと、もがき、焦り、空回りしつつある現状では、僕が不要とされ排除される日は、結構早いかもしれない。

 失いたくないと思う僕の気持ちは、彼女の気持ちを無視しているエゴなのだろうか。

 正直に、今の気持ちを奈緒に伝えよう。

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「会いたいと思わない」と彼女から宣言される 陽女 月男(ひのめ つきお) @hinome-tsuki

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