第38話 最後の戦い 2/2

 案の定、というべきだろうか。

 そこから先は、俺たちが圧倒した。


「《虎龍拳》!!」

「ぐッ……《灼熱斬》!!」

「《彗星剣》!!」

「ぎッ……《黒炎撃》!!」

「《最上級の闇波動アビス・ブレイク》!!」

「がッ……《地獄斬》!!」


 俺たちの猛攻撃の前に、その男は必死に抵抗していた。しかし、彼の姿は既に限界に達していることが明らかだった。彼の手に握られた炎の剣は、その輝きを失いつつあり、灯火のように弱々しく揺らいでいた。完全な防御がもはや不可能であるかのように、彼の身体には無数の傷が刻まれていた。彼の状況は、まさに『劣勢』という言葉がふさわしいものだった。


 彼の目には、戦いの激しさと絶望、そして嬉しさが入り交じった複雑な表情が浮かんでいる。それでもなお、彼は最後の力を振り絞り、私たちに立ち向かう構えを見せていた。だが、その努力も虚しく、彼の運命は既に決まりつつあるように思えた。


「3対1は……卑怯じゃないか?」

「開発者が文句言うな」

「そ、そうだよ!! ら、ラスボスなんだから、ど、堂々と構えていてよ!!」

「アンタを倒して……アタシたちは帰るのよ!!」


 男はクッと奥歯を噛み締める。


「君たちの強さ、熱意はよくわかったよ。こんなに楽しんでいる人たちがいるんだから、このアプリを削除するのはナンセンスだよね」

「だったら──」

「勝敗に関わらず、アプリの運営は続けるよ」


 よしっと思わずガッツポーズをする。


「だけど、ソレとは別で……せっかくだから、僕を倒してよ。キミたちがどこまで戦えるのか、今のプレイヤーの強さの限界はどの程度なのか……気になったよ」

「いいのか? お前を倒すってことは、お前は死ぬってことだろ? 俺たちに戦う理由は、もうないんだぞ?」

「大丈夫、これは一種のアバターだからね。本体は今も自宅で悠々自適に過ごしているよ」

「だが──」

「そうだね……僕を倒せなければ、ラスボスとして顕現しようかな? それだったら、戦う理由には十分でしょ?」

「……あぁ、それもそうだな」


 無理やり作った戦う理由。

 だが、ソレでも構わない。

 とにかく、こいつを倒すとしよう。


「今のプレイヤーの限界を教えてやるよ!!」


 そして、俺たちは駆け出した。

 俺は銀の剣を片手に、詩葉は拳を、雨凛は魔法を唱えて。各々最高の威力を持って、こいつを倒しにかかった。


「《十二星座斬》!!」

「《猛虎龍王拳》!!」

「《最上級の闇焔撃波アビス・ブレイズ・キャノン》!!」


 部屋が──

 ──光に包まれた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「完敗……だね……」


 四肢を失い、地に倒れ伏した男の姿が、戦場の中心に横たわっていた。闇属性の呪いによって奪われた彼の四肢は、徐々に風化していくかのようにその形を失っていた。回復魔法を施しても、この深刻な損傷が完全に治ることは、おそらく不可能だろう。彼の全身の骨は粉々に砕け、胸部には大きな裂傷が口を開け、その深さが彼の苦痛を物語っていた。『満身創痍』という言葉が、彼の現状を最も適切に表現している。


 しかし、そんな痛々しい状態にあっても、男は何故か笑っていた。敗北を喫したというのに、彼の唇の端には満足そうな微笑みが浮かんでいた。その笑顔は、苦痛や絶望を超越したもので、まるで彼がこの結末を予期していたかのようだった。


「満足したか?」

「うん、楽しかったよ」

「わ、私たちは、ど、どうだった?」

「最高だったよ。レベルシステムがなくたって強くなれるんだなって、よくわかったよ」

「ふふ、アタシたちは相当鍛えたからね!!」

「楽しんでもらえたみたいで、満足だよ」


 男はさらにニコッと笑う。


「なぁ……最後に名前だけでも教えてくれないか? お前は同じ学校の生徒なんだろ?」

「帰ったら友達になろう、なんて言うつもりかい? 悪いけれど、そういうのはいいや」

「……どうしてだ?」

「孤独な方がクリエイターにとっては、ありがたいからね。それに運営とプレイヤーは適切な距離感があった方がいいっていうのが、僕の持論なんだよ」

「……そうか。残念だ」


 無理強いはできないな。


「軍事利用のこととかを考えたら、今後は新規プレイヤーの参入経路はさらに絞ろうかな。新参の数が減ってベテランとの差が大きく開くだろうけれど、優しくしてあげてね」

「わかった。見かけたらイジメないでおくさ」

「ふふ、ありがたいね。これで……ダンジョン・サバイブは安泰だな」


 男の身体が徐々に粒子へと置換されていく。


「お前がアプリを開発してくれたおかげで、俺はこんなに変わることができた。友達もできて……本当に感謝している」

「わ、私も!! す、す、好きな人もできたから、あ、あ、ありがとうね!!」

「アンタには……感謝してもし足りないわ。退屈な日常に非日常を与えてくれて……ありがとうね」


 俺たちの感謝の言葉を聞き取り、男は笑顔で光の粒子へと消え去った。そして同時に門扉が出現した。


「……帰ろう」

「えぇ、そうね」

「うん。か、帰ろう!!」


 そして俺たちは、ダンジョンを後にした。

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