第35話 2人の戦い【雨凛視点】

【雨凛視点】


「ガルァアアアア!!!!」


 ケルベロスはSSS級の魔物だって話は、少し前に図鑑で読んだことがある。その鋭い牙と爪は、鉄板を容易く咲く。その柔軟かつ強靭な筋力は、どんな防御魔法も貫通する。


 つまりケルベロスはダンジョン・サバイブにおいて、最も強力な魔物と言っても過言じゃないだろう。並のプレイヤーだったら、間違いなく相対した時点で死を意識するだろう。だけど──


「《虎龍防衛》!!」


 強力なケルベロスの突進を、詩葉ちゃんは軽く受け流した。ケルベロスはそのまま勢いよく、壁に激突する。その衝突力は……普通だったら、頭蓋が粉砕してもおかしくはない。


 だけど……その程度でケルベロスが死ぬわけもなく、ケロッと起き上がった。そして私たちのことを、3つの頭で睨みつけてくる。


「《最上級の闇焔撃波アビス・ブレイズ・キャノン》!!」


 そんなケルべロスに、私は魔法を放つ。

 灼熱の漆黒の熱線は、勢いよくケルベロスの真ん中の頭に命中した。バコンッととてつもない轟音が部屋中に響き、砂煙が充満する。


 やったか!? なんて言うつもりはない。

 この程度で死ぬほど、柔な魔物じゃないことくらいわかっている。当然のように無傷な姿を、ケルベロスは晒してくる──


「グルァゥウウウウウウ……!!」


 だけど、私の予想は外れた。いい意味で。

 魔法が命中したケルベロスの真ん中の頭部は、完全に消失していた。頭を失った首から、ダバダバと血を流している。残った2つの頭部は、苦悩の表情を浮かべている。


 まさか私の魔法が通じるなんて、それも大ダメージを与えるなんて……思いもしなかった。ここから泥沼の戦いが繰り広げられると思っていたけれど、私の予想はいい意味で外れたみたいだ。


「え、頭が……1つ潰れているわよ!?」

「も、もしかして……思った以上に、弱いのかな?」

「あるいは……アタシたちが想像以上に、強くなったのかもね」

「……あ、あり得るね」


 よく考えれば、これまで私たちはたくさん修行をしてきた。SSSランクの魔物だって、何度も倒してきた。つまり如何にケルベロスがSSS救済上位に君臨する魔物でも、負ける道理なんてどこにもないんだ。


 心がスゥーッと軽くなった気がする。

 苦戦する相手ではないと、わかったから。

 なんだか今だったら……いける気がする。


「し、詩葉ちゃん!!」

「そうね。さっさと終わりにしましょう」


 詩葉ちゃんはそう言うと、姿を消した。

 いや……そうじゃないね。

 一瞬にして、ケルベロスの懐に移動したんだ。あまりにも早くて、目が追いつかないほどのスピードで。


「《虎龍拳》!!」

「ガルァッ!?」


 詩葉ちゃんの拳で、ケルベロスの身体が宙に舞った。懐を殴られたせいか、ケルベロスは吐瀉物を吐いている。その表情はさっき以上に、苦痛に満ちていた。


 だけど詩葉ちゃんは、同情なんてしない。

 そのまま拳を握り締め、宙を舞うケルベロスに──


「《虎龍連拳》《虎龍連拳》!!」

「ガルァッ──!?」

「《虎龍連拳》《虎龍連拳》!!」

「ガルァッ──!?」

「《虎龍連拳》《虎龍連拳》!!」

「ガルァッ──!?」


 何度も何度も、何度も何度も繰り返す連続パンチ。執拗にケルベロスの腹部を狙い、ケルベロスの表情は絶え絶えだ。瀕死だ。


「雨凛!! 今よ!!」


 その言葉を合図に、私は狙いを定めた。

 目標は、地に落ちようとするケルベロス。

 そして──


「《最上級の暗黒大闇球アビス・ブラック・ボール》!!」


 放ったのは、漆黒に染まった暗黒の巨大球。

 まるで宇宙の闇を纏めたかのような、直径20メートルにも及ぶ暗黒球がケルベロスおを包み込む。グジャグジャ、メギャメギャッと骨が軋む音が球の中から響き──風船のように、球は破裂した。


「ガ……ガガッ……」


 球から出てきたのは、見るも無惨な姿のケルベロスだった。全身の骨がグチャグチャに折れ、血がドバドバと吹き出している。


 そしてドチャッと地面に落ちて、すぐにケルベロスは光の粒子へと置換された。それはつまり──


「わ、私たちの……勝利だね!!」


 かのケルベロスを案外容易く討てたことに、私は歓喜した。あまりこう言う行動は好きじゃないけれど、思わず拳を天に掲げてしまうほどに。


 勝った、勝ったんだ!!

 SSS級トップクラスの魔物、ケルベロスに!!

 そのことはがただただ、嬉しかった。


「そうね。でも……喜ぶのはまだ早いわよ」

「あ、そ、そうだね。ご、ごめんね」


 そうだ、私たちの本当の戦いはここからだ。

 喜ぶのは、この先にいる真のラスボスを倒してからだ。今志苑くんが1人で戦ってくれている、ラスボスを倒してからだ。


 ふぅっと深呼吸をする。

 相手はきっと、ケルベロスよりも強いだろう。だからこそ、緊張をほぐす。


「雨凛、準備はいい?」

「う、うん。も、もちろんだよ!!」

「じゃあ……行くわよ!!」

「う、うん!!」


 そして私たちは、志苑くんの元へと向かった。

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