第34話 ラストダンジョン 3/3
「このダンジョンをクリアしたら、本当にどうなっちゃうのかしらね。アタシたち」
ダンジョン攻略途中、詩葉がフッと呟いた。
その声色は彼女らしくない、弱々しいものだった。
「なんだ、急に。怖くなってきたのか?」
「……そうよ、何か悪い?」
「珍しいね。う、詩葉ちゃんらしくないね」
「アタシだって……怖いものは怖いのよ」
ギュッと片腕を掴み、彼女は語った。
「この力を失うことはもちろん、何よりも……アンタたちとの日々が失われるかも知れないと思うと不安で仕方ないのよ。さっきはアンタに発破を掛けるために強気なことを言ったけれど、やっぱり……アタシも怖いのよ」
詩葉の呟きは、静かだった。
「アンタッチとの日々は楽しかったし、愉快だったわ.まだ16年しか生きていないアタシだけど、きっと今後の人生においても……最もかけがえのないものになるって確信があるわ」
「……そうだな。そんな輝きに満ちた日々が失われるのは、俺も避けたいところだ」
2人のつぶやきが、ダンジョンにこだまする。
「……そ、そうだ!! た、例えこのアプリをプレイしていた時の記憶がなくなっても、また友達になれるように、あ、合図か何かをしておかない?」
「へぇ、雨凛にしてはグッドアイデアね」
「わ、私にしてはって何!?」
「あはは、でも最高のアイデアだと思うぞ」
「え、えへへ……」
雨凛はそそくさと、ノートを取り出した。
「な、何かこう……私たちだけに伝わる、マーク的なのを作ろうよ!!」
「マーク……ね」
「記憶が消えるんだから、そんなマークをしても覚えていないんじゃないか?」
「むぅ……き、きっと私たちだったら、マークだけは覚えているはずだよ!! わ、ワ◯ピー◯みたいに、マークを掲げるのがエモいからしてみたいんだよ!!」
「あぁ……バッテンマークのアレか」
確かに仲間内だけのマークをきっかけに、失った記憶が取り戻されるのはエモい。雨凛のいうことは、とてもよくわかる。
「わかったわ。それでどんなマークにするの?」
「こ、これはどうかな!!」
雨凛が提示したのは……ピカソを彷彿とさせる、独創的な絵だった。マークでも何でもない、絵だったのだ。
「これ……絵よ」
「マークじゃないですよ」
「そ、それはそうだけど……で、でも、絵の方が記憶に残りゃすいよね!!」
「それは……そうだけど」
「だ、だったら決まりだね!!」
雨凛は意外と強情で強引だ。
そういうところは……嫌いではない。
「み、みんなもノートに書いてね!!」
そして俺と詩葉は、各自絵を描いた。
あまいにも独創的で、描き終えるのに少し時間がかかってしまったが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「99層……だよな?」
あれから数時間が経ち、俺たちは99層まで降り立った。目の前には例の如く、鉄扉があるが……それ故に疑問が起きる。
このダンジョンは説明欄によれば、100層のハズだ。それなのにボス部屋を象徴するこの鉄扉は、一体何なんだ? 意味がわからない。
「数え間違い……なワケないわよね」
「そ、そこの壁にも、『99層』って書いているもんね。ど、どういう意味なんだろうね……?」
「さっぱりわからない。だが……この門扉の奥に、その答えはあるんだろう」
そして俺は、鉄扉に手をかけた。
そこには──
「グルルルル……!!」
体育館3つ分ほどの部屋の中央に鎮座していたのは、3つの頭を持つ10メートルほどの巨大なオオカミだ。口からは炎が漏れており、その目は血走っている。灰色の獣毛は、全て逆立っている。
オオカミの魔物の口から炎漏れているからか、部屋の温度は極めて高温だ。ただ立っているだけなのに、ついつい汗が吹き出てしまう。あまりにも暑く、息がしづらい。
「……ケルベロス、ね」
地獄の番犬、ケルベロス。
その魔物の名は、アプリを開かずとも明らかだった。この魔物の名を知らぬものなど、存在しないだろう。
「あ、む、向こう側に、扉があるよ!!」
雨凛の指す方向には、1つの扉があった。
それはこれまでの鉄扉やブロンズ門とは異なり、木製のどこにでもあるような扉だった。このダンジョンには似合わない、ただの扉だった。
扉を目視した途端に、直感する。
あの扉の奥に、得体の知れない存在がいると。あの扉の奥に、ラスボスが潜んでいると。
「志苑、行きなさい」
「……え?」
「ケルベロスは、わ、私たちに任せて!!」
「……わかりました。お願いします」
ケルベロスは強い。
おそらく、これまで戦ってきた、どの魔物よりも。圧倒的な魔力と膂力を誇っているだろう。
だが、2人も十分強い。
故に俺は、2人に任せることにした。
2人の勝利を信じて。
「行きます──!!」
そして俺は、扉の方へとダッシュした。
不思議なことに、ケルベロスは俺に攻撃をしてこなかった。それどころか俺に眼も向けず、ただただそこに鎮座していた。
それ故、簡単に扉へと辿り着いた。
そして──
「志苑、絶対に勝つのよ!!」
「あ、後で追いつくからね!!」
2人の声援を浴び、俺は扉を開いた。
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