第33話 ラストダンジョン 2/3

「ラストダンジョンとは言っても、案外大したことないわね。これまでのダンジョンと、そこまで大差ないわ」


 50層に差し掛かった時に、詩葉はそう呟いた。確かに思っていた以上に、このダンジョンはヌルい。トントン拍子で苦戦することなく、ここまで進めているのだから。


 そのおかげもあって、2人の緊張は完全に解かれていた。ダンジョンに入る前まではあれほど緊張していたのに、今ではもう全然平気そうだ。


「ら、ラスボスだって、楽勝だよ!!」

「そうですね。パッと終わらせましょう」


 そうやって終わった先に、何が待ち受けているのかはわからないが。とにもかくにも、ラスボスを倒すことしか俺たちには残されていない。


 と、そんな時だった。

 地面に白い魔法陣が浮かび上がった。

 そう、魔物が出現する前兆だ。


「ゴォオオオオオ!!」


 全長6メートルほどの、岩の巨人。

 いや、訂正しよう。ソレは岩というには、あまりにも綺麗だった。そう、水晶で構成されていた。


 全身がキラキラと輝いている。

 それは絵にも描けない美しさではあったが、同時に内包する魔力から恐怖を抱いてしまうものであった。その魔物の顔面に設置された、赤く光るモノアイの冷たさに背筋が凍る。


「クリスタルゴーレム、厄介な魔物だな。さっきのブラッディオーガよりも、ずっとタフな魔物だ。まぁ……俺たちの敵じゃないが」


 ニヤッと笑い、剣を抜く。

 そんな時だった。


「待って志苑、ここはアタシ達にやらせて」

「う、うん!! が、頑張りたいんだ!!」


 と言って、詩葉と雨凛がグイッと前に出てきた。ここまで言われたら、譲るしかないな。


「任せたぞ、2人とも」


 そして、2人の戦いが始まった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「《上級の闇炎槍カオス・フレイム・ランス》!!」


 最初に行動したのは、雨凛だった。

 彼女の放った闇色の炎の槍は、一直線にクリスタルゴーレムへと向かう。風を切り、ビュンッと音を立てて。


「ゴォオオオオオ!!」


 闇炎槍は、クリスタルゴーレムの右胸に直撃した。ザグッと突き刺さった槍は、そのままクリスタルの身体を焼いていく。傷口を中心として、クリスタルゴーレムは胸元から少しづつ熔解している。


「ゴォオオオオオ!!」


 だが、クリスタルゴーレムもバカではない。

 その剛腕で槍を掴んで、引き抜いた。

 地面に槍を叩きつけて、高らかに叫んだ。


 炎の槍を掴めることに驚いたが、その代償は大きかった様子だ。槍を掴んだ右手の平は、少しだけ融けてしまっている。小指と薬指に関しては、もげてしまいそうになっている。


 さらに槍が突き刺さっていた部分に関しては、ポッカリと向こうが見える風穴が空いてしまっている。その傷口は闇属性の影響でジクジクと侵蝕されつつあり、少しずつだが傷口を中心として脆くなっている様子だ。


「さ、さすがに一撃じゃ、む、無理だね」

「雨凛、少し時間を稼ぐわ。だから今度はありったけをぶつけて、一撃で倒して」

「う、うん……わかったよ!!」


 そして雨凛は、目を閉じて集中し始めた。

 魔力を練り、心を落ち着かせ、最強の魔法を発動させようとする。だがそれは同時に、発動までしばしの時間が掛かることを意味していた。


 詩葉は拳を構えた。

 雨凛の魔法は発動まで時間が掛かる為、しばらくの間無防備になってしまう。その為に、詩葉が盾となるのだ。堅牢な壁となり、雨凛のことを守るのだ。


 連携の取れた2人。

 さて、上手くいくだろうか。

 今は見守ることだけが仕事だ。


「ゴォオオオオオ!!」


 クリスタルゴーレムは緩慢な動きで、拳を振るう。動きこそ旧時代のロボットのようにノロマだが、その破壊力は極めて危険だ。緩慢な拳が導き出す破壊力は、ダンプカーの突進にも引けを取らない。


 そんな拳が、詩葉に放たれる。

 彼女は──


「《虎龍防衛》!!」


 回し受けで、クリスタルゴーレムの攻撃を受け流した。クリスタルゴーレムは攻撃を受け流され、バランスを崩してその場に倒れ込む。


 だが、クリスタルゴーレムはすぐさま立ち上がり、次の拳を放った。その攻撃も回し受けに阻まれるが、すぐに次の拳が飛んでくる。それが弾かれれば、次。さらに、その次も。


 間髪入れずに放たれる、連続パンチ。

 如何に堅牢な回し受けでも、少しずつ疲労が見えてくる。現に詩葉の額には、汗が滲んでいた。


「ゴォオオオオオ!!」

「ちッ……《虎龍掌》!!」


 連続パンチの隙を縫って、詩葉は掌底をクリスタルゴーレムの腹部に浴びせた。すると──


「ゴォッ!?」


 クリスタルゴーレムは数メートルほど、吹き飛んだ。その堅牢な水晶の外装は、今の一撃でヒビが生じている。ブラッディオーガの角よりも堅牢なクリスタルゴーレムの肉体を傷つけるとは、驚愕の一言だ。


 肉体を爆発的に強化する、《金剛闘気》。

 それ以上の上昇率を誇る、《神龍煌気》。

 2つのスキルを組み合わせ、彼女は世界最強クラスの身体能力を有していた。


「ま、ま、待たせたね!!」

「後は任せるわよ!!」


 雨凛の正面には、魔法陣が完成していた。血のように赤黒く、そして禍々しい雰囲気の魔法陣。まるで悪魔を召喚するつもりなんじゃないかと思ってしまうほど、邪悪な魔法陣だった。


 雨凛は魔法陣に向けて、杖を翳した。真紅の紅玉が魔法陣の真ん中にくるように調整して、全力で魔力を込めた。そして──


「《最上級の闇焔撃波アビス・ブレイズ・キャノン》!!」


 刹那、クリスタルゴーレムが消えた。

 否、蒸発したのだ。

 腰から下だけを残し、上半身が蒸発した。


 何が起きたのか、俺はこの目で見た。


 雨凛が魔法を唱えた瞬間、闇色の熱線がクリスタルゴーレムを貫いたのだ。極太の熱線はクリスタルゴーレムの上半身を容易く包み、熱線が晴れると綺麗に下半身だけが残っていた。


 あまりの熱気が、頬を焦がす。

 恐ろしい魔法を見た。トンデモない魔法を見た。何よりも──興奮した。あまりの凄まじさに。


「ふぅ……」


 雨凛は俺の方へ振り向き──


「え、えへへ…・・・強くなったよ!!」


 まるで太陽のような笑みを浮かべ、Vサインをした。その姿はあまりにも美しく、思わずドキッとしてしまった。

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