第28話 許せない 2/3 【守本視点】

「確かに俺の雷属性は通じないみたいだが……これはどうだァ!!」 


 怯える心を抑えるように、俺は懐から剣を取り出した。水晶のように輝くその剣は、少し前にD級ダンジョンで手に入れた一振りだ。


 俺はつい先日、『龍雲流剣術』というスキルを手に入れた。


 古代の山岳信仰を背景に持つ武士によって開発された、超実戦流剣術。雲のように柔軟に対応し、龍のように激しく敵を討つ剣術。故にどんな敵でも、どんな場所でも戦えるため、俺は最強の剣術と信じている。


 だが、油断はしない。


 このバカは『煌星流闘術』などという、マイナーな闘術を会得していると聞く。龍雲流剣術はあらゆる敵に対応できるが、それでもコイツの闘術への情報が少ないために苦戦を強いられるかもしれない。あまりにもマイナーで情報がないから、油断していると対応が遅れて敗北してしまうだろうからな。


 決して油断などしていない。

 誠心誠意、全力で潰す気概だ。

 それなのに──


「《龍昇斬》!!」

「なんだ、生ぬるいな」

「《雲頂突》!!」

「粋がったワリに、大したことないな」


 火花が舞い散る。

 ガギンガギンと、金属が打ち合う音が響く。

 コイツの銀剣と、剣戟が成されている。


「え、どうなっているの……?」

「2人とも……剣で戦ってるぞ!!」

「銃刀法違反だ!! 誰か取り締まれよ!!」

「いや……巻き込まれたくないし……」


「なんか……守本押されていない?」

「あれだけ粋がったのに、何のダメージも通ってないぞ。雷を発した時はスゴかったけど、見掛け倒しだったんだな」

「はぁ……なんかガッカリだ」

「不良ってやっぱり、精神的に脆いから悪ぶるのね。アイツの場合、肉体的にも弱いみたいだけど」


 黙れ、観客ども。

 俺をザコと呼ぶな。腹立たしい。


 俺は弱くない。むしろ最強クラスだ。

 ワイバーンの首を断ったんだぞ。

 今では数少ない、D級なんだぞ!!


「《龍爪断》!!」

「ほら、攻撃が単調だぞ」

「《双龍連撃》!!」

「口だけかよ。情けないな」


 あり得ない。

 俺の攻撃がことごとく通じない。

 躱され、いなされ、命中しない。

 こんなこと、絶対にあり得ない。


 一撃だけでも命中すれば、状況は逆転するハズだ。なんたって、俺の一太刀はワイバーンの首さえも、両断したのだから。こんな軟弱な男くらい、軽く断てるハズだ。


「死ねェエエエエ!!!!」

「……もしかしてだが、攻撃が命中すれば勝てると思っているのか? ワイバーンの首を断てたんだから、俺の身体くらい容易く切り刻めると思っているのか?」


 なんだ、急に流暢に話しやがって。

 そういうところが、キモいんだよ!!

 神経を逆撫でする言葉を、発するな!!

 俺の心を読むような言動を、取るな!!


「だァアアアアアア!!」

「急に攻撃が雑になった。図星だな」

「黙れェエエエエエ!!」

「……いいぞ、ほら当ててみろよ」


 バカは急に銀剣を握った右腕を下ろし、左手で自身の首をトントンっと指した。


「挑発……してンのか?」

「ほら、絶好のチャンスだぞ?」

「テメェ……後悔しても知らねェぞ?」

「カッコつけている余裕があるのか?」


 ブチンッと自分の中で、何かが切れた。

 そして気付けば、俺は駆け出していた。


「死ねェエエエエエ!!!!」


 大剣を構え、駆け出す。

 刀身に魔力を纏わせ、《闘気》を最大まで出力。肉体を覆うオーラが輝くほど《闘気》はみなぎり、全身のパワーが極限まで上昇する。そして──


「《雲破雷霆》!!」


 俺は迅雷の如く、大剣を地面に沿って大きく振り上げた。水晶の大剣が空気を切り裂く音が、静寂の中で轟音となって響き渡る。


 バカの首へと向かったその薙ぎ払いは、避けられる余地を一切与えなかった。水晶の大剣は敵の首筋を正確に捉え、圧倒的な力で命中した。そしてバカの首は、宙を──


「……なんだ、この程度か?」


 ──舞うことはなかった。


 手に伝わる感触、それは頑強な巨岩を殴った時と同じ衝撃。手のひらがジンジンと痺れ、思わず大剣を落としてしまった。ゴトリと大剣が落ちた音が、ゆっくりと耳に入ってくる。


 なんだ、何が起きたんだ……?

 俺は確かに、魔族の首を狙った。

 そのハズなのに、どうして無傷なんだ?

 どうして首から、血の一滴も垂れてない?


 コイツの体表からは、一切の魔力やオーラを感じない。つまり《闘気》や支援魔法の類は、使用していないと言うことになる。となると、生身で受け止めたのか……?


 そんなこと、あり得ないだろ。

 ワイバーンの首を断った、一撃だぞ。

 人間にはもちろん、怪物でも不可能だろ。


「……バケモノかよ」


 威勢を張らなければ、怯えていることがバレてしまう。膝がガクガクと震え、歯がガチガチと鳴っていることが観客にも、そしてコイツにもバレてしまう。


 ハッキリと認めるが、俺はコイツにビビっている。今すぐ逃げ出したいと、心が泣き叫んでいる。それでも……虚勢心とプライドが繋ぎ止める。


「お前……何をしたんだよ……?」

「別に何も」

「トボけるな!! 細工したんだろ!!」

「お前……反射で話しているだろ。本当はもうとっくに、気付いているんじゃないな?」


 コイツが口を開くたび、逃げたくなる。動悸、眩暈、吐き気、下痢感まで押し寄せる。


 悔しい、悔しい、悔しい。

 片親の貧乏人に、怯えている事実が。

 俺の方が恵まれていて、強いハズなのに。


「そもそもお前の魔法が俺を穿たなかった時点で、気付いていただろ? 雷剣も雷撃も、俺に一切のダメージを負わすことは叶わなかった」

「……黙れ」

「いい加減認めろよ。お前の攻撃は、俺には何一つ通じない。剣技も魔法も、何もかも」

「黙れ!!」


 そんなこと、わかっている。

 だからといって、諦めるワケにはいかない。

 観客たちが、俺を見ているのだから。


「お前、雷属性を使えるんだろ?」

「な、なんだよ、今さら……」

「だったら《中級の雷鑑定サンダー・スコープ》くらい使えるだろ? ほら、X線を飛ばして、相手のステータスを覗き見る魔法だ」

「……何が言いたい?」

「お前に現実を見せてやる」


 コイツの指示に従うのは癪だが、確かに相手の力量を把握することは大切だ。情報を制する者が、世界を制すると親父もよく語っていた。


「《中級の雷鑑定サンダー・スコープ》」


 目からX線を飛ばし、魔族のステータスを覗き見る。そこに記されていたのは──


─────────────────

【名 前】:霊田志苑たまだしおん

【ランク】:C

【職 業】:毒属性魔法師

【スキル】:身体強化 Lv23

      氷属性 Lv22

      煌星流闘術 Lv21

      闘 気 Lv19

      毒属性 Lv15

      状態異常無効 Lv MAX

      獣系特攻 Lv MAX

──────────────


「……は?」


 なんだ、このバカげたステータスは。

 レベル20越えが2つに、19レベルの《闘気》だと? それに……職業ジョブと毒属性ってなんだよ。他にも色々と気になるスキルが多過ぎるぞ!!


 ツッコミどころが多過ぎて、理解が追いつかない。コイツがここまで強いハズがないので、間違いなく偽装をしているンだろうが……同時に納得している自分がいる。


 俺の攻撃は、ことごとく通じなかった。

 だったら、あり得るんじゃないか?

 そう考えてしまっている自分がいる。


「お、お前なんて……クソ喰らえ!!」


 魔法陣を展開する。

 最強格の魔法を発動する為。

 中級魔法の全てが、通じなかった。


 だったら……それ以上の魔法で戦うしかない。周りに被害が出るだろうが、知ったことじゃない


「守本くん!? ほ、本気で潰す気なの!?」

「ヤバいわね……。守本くんブチギレよ!?」

「あの魔法陣……ヤバそうじゃない……?」

「規模も大きさも、何もかも……デカいわね」


「……あの魔法が発動すれば、観戦している俺たちまで被害を被るんじゃないか?」

「確かに……マズいんじゃねェ!?」

「に、逃げろ!! 死んじまうよ!!」

「やめてください、守本さん!! 死んじゃいます!!」


 周りがゴチャゴチャうるさいが、今さら何を言われても遅い。俺はコイツを殺す、周りがどうなろうとも。それは変わらない。


 俺たちから離れようと、校庭から脱しようと去っていく愚民たち。今さらどこに逃げようとも、結果は変わらないというのに。半径100メートルは大惨事になるのだから、ただ死を待った方が建設的だというのに。


「お前……その魔法が発動することで大勢の人が死ぬってことを、理解できているのか? 俺1人を殺す為に、大勢を犠牲にするつもりなのか?」

「なんだ、今さらビビっているのか?」

「……お前、本当にクズだな」


 その発言に腹が立つが、まぁ構わない。

 どうせ、コイツはもう死ぬのだから。

 俺の魔法は、既に完成したのだから。


「守本さん!? 考えなおしてください!!」

「お、俺たちだけでも、どうか助けてください!! 友達じゃないですか!!」

「そ、そうよ!! アタシ、アンタにイイコトしてあげたじゃない!!」

「あ、アタシも!! ハジメテだったけれど、アンタに捧げたわよ!!」


 救いを懇願してくるのは、俺の周りにいたヤツ等。バカな奴らだ、俺がコイツ等といたのはコイツ等が便利だったからに過ぎないというのに。男たちは俺の舎弟として、女どもは性欲処理として便利だったから側にいさせていただけだというのに。コイツ等のことを友達だなんて、一度も思ったことがないのに。


 救いを求めてきても、救うつもりは微塵もない。コイツ等も共に、死ぬだけだ。便利な舎弟や性処理用の女なんて、他にも山ほどいるからな。コイツ等の代わりなんて、どこにだっているんだからな。


「《上級の雷撃ライトニング・ショック》!!」

 

 そして俺は──

 ──紫電を放った。

 

「死ねェエエエエエエエ!!!!」


 空気をプラズマ化させ、一直線に伸びていく紫電。1000キロワットにも及ぶ雷に当てられ、逃げ回る愚民どもも何人か倒れている。


 今度こそ、殺してやる。

 絶対に、殺して見せる。

 確実に、ブッ殺す。


「……《毒霧の現実ポイズン・ハルシネイション》」


 雷が命中する直前、不思議なことが起きた。

 まるで風船が弾けるように、パァンッと紫電が霧散したのだ。コイツが何らかの魔法を唱えた途端に、紫電はウソのように消え去ったのだ。


「…………………………………はァ?」


 何が起きた。さっぱりわからない。

 被害者は、倒れた複数人のみ。

 死者は、ゼロ人だ。コイツを含めて。


 何が起きた。理解できない。

 コイツは今、何をした。

 どうして、呆れた表情をしているンだ。

 やめろ、そんな眼で見るな。


「お前、本当にクズだな。救いようがないな」


 コイツの冷たい視線が、俺にはどうにも恐ろしく思えた。

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