第29話 許せない 3/3

 想像を遥かに下回る弱さだ。

 守本の雷撃を浴びても、ちっともダメージは感じられない。痛くも痒くも熱くもなく、ただただ鬱陶しさだけが残る。D級の魔物も一撃で殺せるだとか言われているが、それはあまりにも誇大表現すぎる。


「え、何をしているんだ、守本さん……?」

「魔法発動寸前に、自分から魔法を消したぞ」

「どうなってンだよ、何が起きたんだよ!!」

「わからねぇ、でも……この戦いの勝者が、俺らの予想を覆すかもしれないってことだけはわかるぞ……!!」


「アイツの魔法……見たことねぇぞ!?」

「紫色の霧? もしかして……毒?」

「毒魔法ってことか……?」

「なんだよ、その邪悪な魔法……マジで聞いたことねぇぞ……!?!?」


 やいのやいのと観客が言っているが、1人たりとも感謝の声が聞こえてこない。いや、十六夜と雨凛だけはありがとうと言ってくれているな。


 俺が先ほど行った《毒霧の現実ポイズン・ハルシネイション》は、強力な幻覚作用を有する猛毒の霧を発生させる魔法だ。大麻の数千倍にも及ぶ幻覚作用を有する為、守本は正気を保つことができずに魔法陣の維持ができなくなった。その結果、魔法陣が消えたのだ。


「あ、うぅ……あぁ……」


 涎を垂らし、眼も虚な守本。

 その様子は、まるで生気を感じられない。

 こんな状態の守本を倒しても、誰も正当に評価してくれないだろうな。仕方ない、元に戻してやるか。


 指を鳴らす。

 すると、守本から毒気が抜けた。


「はッ!? あ、頭痛ェ……」

「どうだ、いい夢見れたか?」

「て、テメェ……何をした!!」

「お前に教える義理なんて無い」

「ナマイキなことを言うな!! 教えろ!!」

「……お前、いつまで王様気分なんだよ」

 

 傲慢な態度、それはこれまでなら通じたことだろう。だが、今の状況をコイツは鑑みれていない。俺に勝つことなど絶対にできないという、あまりにも悲惨な現実を直視できていない様子だ。


 だからこそ、王様気分なのだろう。

 これまでと同じようにふんぞり返り、偉そうに物事を語るのだろう。もうすぐ、その権威は失墜するというのに。


「で、どうする。反省して謝罪をするか?」

「謝ることなんて、何もねェよ!!」

「実力は想像を遥かに下回るが、その性根は……想像を絶するほどにクズだな」


 自分の過ちを認めることもできず、また勝利の為だったら犠牲を出しても構わないと考えている腐った性根。何もかもが終わっている上、何もかもが腐っている。コイツは生きる資格のない、ゴミクズ人間だ。


 だからといって、殺人はできない。

 本当はブチ殺してやりたいが、ここで殺してしまえば間違いなく捕まってしまう。今後の人生を謳歌する為にも、それだけは絶対に避けなければならない。


「……半殺しにするか」

「あ゛ァ? 何か言ったか?」

「何でもない、さぁ続きをしよう」


 駆けた。

 そして一瞬で、守本の懐に潜り込む。

 拳を振り絞り、守本の腹に向けて──


「《輝星拳》」

「が──ッッッ!?!?!?」


 何が起きたのか、守本自身もわかっていないだろう。校庭の端まで吹き飛ばされる守本の表情は、苦悩と混乱に満ちていた。


 ゴム毬のように地面に叩きつけられ、何度もバウンドする守本。そしてズサッと地面に落ちると、ダクダクと血が地面を赤く染め出した。


「ぐ、ガハッ……ゴホッ……」

「どうだ、俺の拳は? 痛かったか?」

「て、テメェ……な、何だよ、い、今の……」

「何って、ただのパンチだぞ?」


 もちろん、ウソに決まっている。

 俺の有する《煌星流闘術》スキルは、剣術や格闘技などといった様々な戦闘に関する技量や知識が増すスキルだ。その結果、俺は様々な技を会得した。


 その1つが先ほど発動した、《輝星拳》だ。

 この魔法は相手を殴った瞬間、強力な星のエネルギーで敵を錐揉み回転しながらブッ飛ばすという技になっている。


 C級のボス魔物でさえも一撃で屠った、最強クラスの体技。如何に守本といえども、大ダメージは免れなかったようだ。全身に擦り傷ができており、血がドバドバと溢れ出ている。


「ふざけやがって……ブッ殺してやるよ!!」


 そう言って、守本は再度魔法を発動した。

 黄色い稲妻の剣、それを5つ形成した。

 鋭く尖った剣は、殺傷力が高そうに窺える。


「《中級の雷剣サンダー・ソード》!!」


 守本は剣を放ってきた。

 まるで誘導ミサイルのように、正確に俺を貫こうと剣が迫ってくる。避けようとしたところで、きっと逃げることは叶わないだろう。元々避けるつもりもないが。


「《下級の氷吹アイス・ブリーズ》」


 フゥッと息を吐いた。

 刹那、全ての剣は凍りついた。

 勢いは消え、地に落ちて砕け散った。


「え、えぇえええええ!?!?!?」

「強そうな雷の剣が、簡単に凍ったぞ!?」

「守本くんも自信がありそうだったのに、マジかよ!?」

「アイツ……どうなってんだよ、何者だ!?」


 この場で一番驚いているのは、観客どもではない。そう、自分の魔法がまるで通じなかった、守本自身が一番驚愕していた。いや、その表情から察するに……驚愕もそうだが、一番内包している感情は、恐怖だろうか。


 守本は絶句していた。

 口をアングリと開けて、呆然と立ち尽くしている。油断しきっている為、今攻撃すれば確実に仕留められるだろうが……そんなことをせずとも、俺は必ず勝てる。


「お、おま、お前……な、な、何を……」

「お前のザコ魔法を、凍り付かせただけだ」

「ザコ魔法だと……? ふざけるな!!」

「事実を述べただけだ」

「テメェ……マジで許さねェ……」

「それはコチラのセリフだな」


 守本は再度、魔法を形成した。

 黄色い魔法陣が、彼の頭上に形成される。

 練られる魔力量は凄まじく、その魔法が発動すれば皇帝が焼け野原になるだろう。つまり大勢の人々が死ぬ、迷惑極まりない魔法だということだ。


 呆れてモノも言えない。

 一度ならず、二度までも。

 コイツは人に迷惑を掛けなければ、生きていけないのだろうか。本当にめんどくさくて、死に値する人非人だ。度し難いな。


「さぁ、今度こそ殺してやる──」

「──させるかよ」


 俺は一瞬で守本の懐に潜り込み、手の平を守本の腹に添える。そして魔力を練り上げ、魔法を発動した。


「《毒手の纏ポイズン・ナックル》」


 猛毒を纏った手で、そっと腹に触れる。

 強力な酸性を有する毒の手は、守本の制服を溶かして腹を爛れさせる。強烈な毒はそれだけに留まらず、肉や骨まで侵食した。


 しかし……タフな男だな。

 今の猛毒はD級下位の魔物くらいだったら、一撃で溶かせるほど強力な魔法だというのに。それを耐えるとは、呆れたタフネスだな。


「ぐァアアアアアアアア!?!?!?」

「おいおい、大袈裟だなァ」

「し、死ぬ……!? 死んでしまう!?!?」

「その程度で死ねるほど、お前は柔じゃない」


 悶え苦しむ守本。

 地面を転がり周り、涙を流している。

 何というか、実に滑稽な姿だな。


「お、お前、い、イカレてる……」

「俺からすれば、お前の方がイカレているぞ。プレイヤーを襲い続け、挙げ句の果てに何人かは意識不明の重体にまで追い込むなんて……人のすることじゃない」

「お、俺は大企業の役員の息子だ!! こ、この国の宝だ!!」

「だからなんだよ、それが人をイジメて良い理由になるのか? 上級国民であれば、人の人生を狂わしても良い理由になるのか?」


 守本の髪を掴み、そのまま思い切り地面に叩きつけた。グシャっという音が、校庭に響き渡る。


「お前は罪を重ねすぎた。贖罪の時間だ」

「だ、黙れ……お、俺は……悪くない」

「その減らず口、いつまで言えるかな?」


 再度、地面に叩きつける。

 グシャ、メチャッ。


「俺の人生を狂わせたこと、償わせてやる」

「お、お前、お、俺にこんなコトをして、タダで済むと思うなよ……。お前は必ず、地獄に叩き落としてやるよ……」

「……そうか、勝手にしろ」


 地面に叩きつける。

 グシャ、メチャッ。


「2人を重体に追い込んだこと、そして他の大勢の人々の人生を狂わせたことを償え」

「お、俺は……」


 地面に叩きつける。

 グシャ、メチャッ。


「どうだ、反省する気になったか?」

「お、俺は……」

「反省の色が見えないな」


 地面に叩きつける。

 グシャ、メチャッ。


「や、やめろ、やめてくれ」

「……黙れ」


 地面に叩きつける。

 グシャ、メチャッ。


「あ、うがッ……」

「……」


 地面に叩きつける。

 グシャ、メチャッ。


「え、守本くん……顔、グチャグチャよ」

「あのイケメンが顔面から地面に叩きつけるから、鼻は折れるし歯は抜けるし……眼球も潰れちゃったわね……」

「……なんだよ、あれで粋がってたのかよ」

「なんかガッカリだよな。番長張ってたのに、あの程度だなんて」


 グチャグチャに壊れていく守本を見て、観客たちは失望の声を漏らしている。徐々に守本が社会的に死んでいく。


 そうだ、これだ。これを望んでいた。

 肉体的にも精神的にも、守本が死んでいく様俺は心から望んでいたのだ。社会的地位から失墜して、ドン底に落ちることを願っていたのだ。


「も、もう……や、やめてくれ……」

「……」


 何度も何度も、何度も何度も。

 叩きつけ、叩きつけ、叩きつける。

 その行いに、終わりはやって来ない


「あ、あぁ、あ……」

「守本、次で終わらせてやる」

「え……?」

「次で最後だ」


 そして俺は、守本を放り投げた。

 ゴム毬のように、守本はバウンドして地面に落ちる。先ほどとは違い、立ち上がる気力もない様子だが。


「ふぅ……」


 魔力を練る。

 練って、練って、練って、練り上げる。

 そして──発動。


「《万物を侵す毒の刃ヴェノム・セイバー》」


 右手に握るは、猛毒の魔刀。

 万物を侵食し、死を招く剣。

 生きながらえたとしても、永遠に醒めない悪夢に侵される地獄の刃。


 上段に構える。

 腕に力を込める。

 そして──


「苦しめ」


 俺は刀を、思い切り振り下ろした。

 守本の右腕は、肩から飛んだ。


「あ、あぁああああああ!?!?!?」


 刹那、守本は苦しみ始めた。

 肩口を落としたというのに、出血は皆無。傷口が腐食して、血液ごと肉と骨が朽ちている。さらにその侵食は広がっていき、全身にヒビが生じたかのようにビキビキと黒い線が生じている。


 あの黒い線は全身が朽ちている証拠であり、肉体が中身も外見も侵食されつつある証だ。殺さない程度に手加減したことが原因で、その苦しみは死ぬまで続くだろう。肉体が朽ちていくという感覚は、何事にも耐え難い苦しみだろう。


「あ、がが……」


 肉体が朽ちている苦しみに耐えきれないのか、守本は口から涎を垂らして精神崩壊をしている。目の焦点はあっておらず、舌がベロンと出ている。身体はビクビクと痙攣しており、口からは黒い煙を出している。


 黒い線が顔面にまで届いたことで、コイツは脳まで朽ちてしまった。もちろん殺さない程度に手加減はしたが、もう二度と正気には戻れないだろう。脳の重要な部位が朽ちたことで、コイツの人生は終わった。


「終わったな。無様な末路だ」


 そして俺は、刀を消した。

 その瞬間──


「うぉおおおおお!!」

「す、スゲェ!! 守本を倒したぞ!!」

「サイキョーだ!! サイキョー過ぎる!!」

「規格外すぎるだろ!! 自重しろ!!」


「守本のヤツ……マジ情けねェな」

「なんだよ、涎垂らして……ダサッ」

「マジで、こんなヤツにビビっていたのが……バカみてェだな。情けねェぜ」

「本当だよな。……死んでくれよ、マジで」


 観客たちの鳴り止まない歓声。

 俺はついに、復讐を遂げた。

 ついに俺は、守本に勝ったのだ。

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