第20話 転職ダンジョン 1/4

「内装は……いつも通りの洞窟か」


 名前に『転職』とついても、これまでのダンジョンと同様に洞窟のような内装をしていた。内装だけに焦点すれば特筆すべきところなどまるでない、ごく普通のダンジョンだ。


 だが、ダンジョンから感じる魔力は、これまでに挑んできたダンジョンとは比べ物にならないほど邪悪で冒涜的だ。シンと冷たい空気は肌を鳥のようにさせ、一切の物音を起こさない洞窟内は根源的な恐怖を煽ってくる。


 それもこれも洞窟内に充満する邪悪な魔力が醸し出す、一種の幻覚や幻想であることは十分承知しているのに……一切収まる様子はない。ただただおぞましい魔力に充てられて、日和ってしまう。


「……気合を入れないとな」


 このダンジョンをクリアしたら、俺は“転職”できるようになる。“転職”という名ではあるが、現実世界における就職とは違うだろう。おそらくゲームにおける“ジョブ”に就けるようになることを指しているのだろう。


 戦士や魔法使い、僧侶や盗賊といったジョブに就けるようになるのだろう。ゲームでが無職からそういったジョブに就くと、大体の場合はステータスが上昇したり新たなスキルを獲得できるようになる。おそらくだが、今回ジョブに就いた場合も俺は格段に強くなれるだろう。


「……必ずクリアしよう」


 頬を叩き、気合を入れる。

 転職して、さらに強くなる。

 プレイヤー狩りを勝る実力を、得てやる。

 

 ビビっている暇はない。

 いくら魔力が邪悪でも、歩むしかない。

 心が怯えていても、後退は絶対にあり得ない。前進以外の選択肢は、残されていないのだから。



「グゥウウウウウウウウル!!」

「グゥウウウウウウウウル!!」



 最新の注意を払って前進していると、2匹の魔物に遭遇した。その魔物は……ひどくグロかった。


 シルエット自体は、人間のソレとほぼ同じ。

 ただ肉体の50%ほどの皮膚が、剥がれている。筋組織がほぼ剥き出しになっており、四肢の一部に至っては骨が丸見えの状態となっている。まるで映画に登場するゾンビそのモノのような、そんなグロテスクで醜い見た目をしている。


 この魔物の名は、グール。

 見た目通り、人間の死体をモチーフにした魔物だ。酷く不愉快な容姿をした、悪趣味な魔物だ。そして、E級の魔物だ。


「……洞窟の空気に似合って、グロテスクだな」


 幸いなことに厨二病時代にグロ画像を散々拝見してきた俺にとって、グロテスクな見た目という相手は日和る対象にはなり得ない。厨二時代の俺は「グロいモノが好きな俺は、異端でカッコいい!!」というアホな思考をしていた為、毎日のようにグロい物を見ては教室の隅でニヤニヤしていたからグロには耐性があるのだ。……それが原因の一旦となり、友達が全くできなくなったのだが。


 哀しい過去を思い出してしまったが、そんなことはどうだって構わない。剣のグリップを、強く握りしめる。よし、準備万端だ。


「さぁ……戦うか!!」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「《流星斬》!!」

「グゥウウウウウウル!!」

「《彗星斬》!!」

「グゥウウウウウウル!!」


 コイツ等……堅いな。

 俺の斬撃があまり通らない。

 《煌星流闘術》スキルがレベル7になったことで斬撃の威力も増しているハズなのに、あまり手応えを感じられない。ダメージは確かに与えられているハズなのだが、シックリ来ない感じだ。


「グゥウウウウウウル!!」

「よッと」

「グゥウウウウウウル!!」

「ハッと」


 幸いにも、コイツ等は敏捷力が低い。

 筋肉が腐っているせいか、死後硬直で関節が固まっているせいか。理由は定かではないが、成人男性並みのスピードしか出せていない。つまり攻撃を避けることは、容易いということだ。


 だが攻撃を避けてカウンターを決めても、ヤツらは怯まない。ダメージがきちんと入っているのか、だんだんと心配になってくる。傷は与えられているので、ダメージは通っているハズなのだが。


「ひょっとして、魔法の方が通じるのか?」


 そう考えて、俺は魔法陣を展開した。

 水色の、美しい魔法陣を。


「グルゥ……」

「グラゥ……」


 2匹のグールはビビっている。

 脳が腐った死体ゆえに恐怖心など存在しないハズの彼らだが、そんなグールたちも顔を引きつらせてビビってしまっている。歯をガチガチと鳴らして、消失したはずの恐怖という感情におののいている。


 そうか、やはりこれが正解だったか。

 ヤツらは痛覚がなく、オマケに斬撃……いや、物理攻撃に耐性を有しているのだろう。その為、いくら剣で切ってもシックリと来なかったのだ。


 コイツらの反応を見る限り、魔法への耐性は薄いように窺える。よし、このまま発動しよう。


「《中級の氷砲丸コールド・キャノン》《中級の氷刃コールド・カッター》!!」


 放ったのは、1メートルほどの氷塊と半月状の氷刃。2つの魔法を放ち、グールどもにそれぞれ当てる。


「グルッ──」

「グギッ──」


 氷塊が命中したグールは、瞬時に爆せた。

 氷刃が命中したグールは、真っ二つに。

 それぞれのグールが、一瞬で光の粒子へと置換された。たった一撃の魔法で、勝利を収めた。


 これはコイツらに魔法の耐性がなかったからか、それとも俺が強くなったのか。そのどちらかはわからないが、何はともあれ俺はD級の魔物に完膚なきまでの勝利を収めた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「《流星剣》!!」

「ガァッッ!?」

「《中級の氷槍コールド・ランス》!!」

「ゲベッッ!?」


 斬撃、氷魔法。

 そんな調子で、2匹の魔物を討伐した。

 幸いにも、疲労感は少ない。


「ふぅ……長いな、このダンジョン」


 ダンジョンに潜って、早5時間。

 未だに一向に、ゴールは見えない。

 あるのはただ、光の見えない暗闇だ。


 このダンジョンに出現する魔物は、どいつもこいつも強力な魔物ばかりだ。魔物に疎い俺でも知っているレベルの強力なE級の魔物がワンサカ出現してくる。そのどれもに勝利することは、今のところできているが──


「だからって……精神的な疲労は癒えないワケだが……」


 地べたに横になり、そう呟く。

 あぁ……疲れた。


 5分に一度、魔物が襲ってくる。

 そんなことを繰り返して、約5時間。

 意外とスタミナは平気なのだが、精神的に疲弊する。これほど連続で戦っていると、誰でも疲れてしまうのだ。


 それにこのダンジョンではどうやらレベルが上がらないようで、魔物を倒してもなんの旨味もない。ただ疲労が積もるだけで、しんどいのだ。

 

 連戦連勝、それは爽快だが一度休ませてほしい。そんなことを願っていると、ふと気になるモノを発見した。


「……扉?」


 近くの岩肌の壁にまるでカモフラージュのように備え付けられた、灰色に塗装が成された扉。よく目を凝らさないと気付くことの出来ない扉の存在に、なんとなく気付くことが出来た。


 気になる、何だアレは。

 あの扉の向こうには、何があるのだ?

 一体全体、アレは何なのだ?


「……罠かもしれないな」


 疑問、葛藤、苦悩。

 そして導き出した結論は──


「……入ってみるか」


 何が待ち受けているかは、まだわからない。

 だが、気になってしまったのだ。

 あの扉の奥に、何があるかを。


 気になったのだから、確かめたい。

 確かめずにダンジョンを攻略すれば、俺はきっとずっとモヤモヤとした気持ちを抱いて過ごすことになるだろう。これが罠であっても、モヤモヤの気持ちを抱きながら生きるよりはマシだ。


 身体を起こして、扉に歩む。

 そして、ドアノブを捻って扉を開けると──


「ゴブラァアアアアアア!!」

「ガルゥウウウウウウウ!!」

「ベァアアアアアアアア!!」

「ガゴォオオオオオオオ!!」


 そこにいたのは、総勢50匹の魔物の軍団。

 踵を返そうとしたが、その瞬間に扉は自動的に閉まってしまった。ドアノブを捻ってみても、扉が開くことはない。


「これは……倒さないと帰れないのか……?」


 俺はひどく落胆した。

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