第19話 後悔

「……なんだよ、これ」


 いつものように趣味のランニングをしていると、公園で誰かが倒れているのを発見した。思わず近づき確認すると、その人たちは──詩葉と雨凛だった。


 思わず絶句する。その凄惨な姿に。

 皮膚は焼け爛れており、四肢も軒並み折れている。見るも無惨な姿、なんて言葉では足りないほどに惨憺たる光景が広がっていた。


「どうして……何故だ……?」


 思考が停止する。

 理解できない。何故こうなったんだ。

 何が起きたら、こんなことになるんだ。


 公園内では、一部の木々や遊具が炭になっている。おそらく2人を襲ったのは、火属性か雷属性系のプレイヤーなのだろう。……いや、今はそんな推理はどうでもいいか。


「そ、そうだ。きゅ、救急車!!」


 スマホを取り出し、救急隊に連絡をする。

 どうやら10分後に到着してくれるそうだ。


「し、志苑……」


 と、その時だった。

 詩葉の意識が戻ったのだ。


「詩葉!? 大丈夫か!?」

「大丈夫……じゃないわ。あはは……」


 詩葉の笑い声が耳に届いたが、それは彼女らしい強気なものではなく、いつもとは違う乾いたものだった。その声に加えて、彼女が負った大きな火傷の悲惨な姿を目の当たりにし、俺の心は深く傷ついた。


 詩葉のいつもの強さが、まるで感じられない。心が折られ、消沈している。彼女らしくないその姿に、俺はさらに大きくショックを負った。


 と、その時だった。

 雨凛の大きな身体も、少し動いた。

 どうやら2人とも、命に別状はない様子だ。


「……何があったんだ?」

「襲われたのよ……」

「ぷ、プレイヤー狩りに、ね」


 『プレイヤー狩り』という言葉は、耳にしていたことがある。その名の通り、プレイヤーを標的にする危険な存在だったハズだ。雨凛先輩から、その話を聞いた。彼女によれば、その犯人はD級の脅威だという。


 プレイヤー狩りによって、数多くのプレイヤーが襲われたという噂は耳にしていたが、自分の友達がその標的になるとは思ってもいなかった。まるで、大量殺人犯が近隣にいても、自分だけは無事だと根拠なく信じるように。


 だが、現実は違っていた。

 そのショックは計り知れない。なぜこんなことになったのか、何故2人が狙われたのか。気を付けていたとしても、結果は変わらなかっただろうが、後悔の念は拭い去れない。


「志苑……気をつけなさい」

「え……?」

「あ、あの男は、志苑くんを恨んでいるよ……。つ、次に狙われるのは、た、多分志苑くんだよ……」

「……え」


 その話を聞き、思わず悪寒が走る。

 俺が……狙われている?

 つまり、恨みを買っているということか?


 思い当たる節がない。意味がわからない。

 だが……この状況で、2人が嘘を吐くとは思えない。故に真実なのだろうが……一体誰だ?


 それに相手はD級という話だ。

 俺もE級の中では強い方だが、それでもD級には敵わないだろう。つまり俺を恨んでいる宿敵が俺よりも強いのだから、間違いなく……俺は殺されるだろう。


「……わかりました」


 身体が震える。

 D級に狙われている、恐怖に。

 殺されるかもしれない、恐怖に。

 だが、それ以上に──怒りで。


 最初は思考が追いつかなかったが、徐々に俺の中に怒りが芽生えていた。友人の2人をこんな目に合わせたプレイヤー狩りを、俺は許すことができない。襲われたら、返り討ちにしてやろう。


 絶対に許さない。

 襲ってきたことを、後悔させてやる。

 誰だか知らないが、絶対に殺してやる。

 殺意が、怒りが、胸中に渦巻く。

 

 ピロンッ!!


 と、その時だった。

 スマホに通知が届いたのは。

 何かと思い開くと、そこには──


【クエストを受注しました】

【転職ダンジョンに挑みますか?】


 という通知が届いていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「……何かわからないが、これはチャンスだろうな。俺が強くなるために、アプリが応援してくれているのだろうな」


 思えば、ダンジョン・サバイブは俺への贔屓が多い。レベルアップという、俺にしか搭載されていないシステムが顕著な例だ。おそらくこのアプリは、俺が強くなることを望んでいるのだろう。


 今回の通知もきっと、そのうちの1つだ。

 このクエストを受ければ、俺はさらに強くなれる。おそらくだが、D級を凌駕できるようになるだろう。


「2人とも安心してくれ。救急車は呼んでいる」

「志苑……?」

「2人の仇、必ず取ってやる」

「……ふひ、あ、ありがとうね」


 傷ついた2人を放っておくのは、心苦しい。

 だが2人の仇を取るための時間が、今は1分1秒が惜しい。今はとにかく急いで、強くなりたいのだ。一刻も早く、仇を取りたいんだ。


 必ず強くなり、2人の仇を取る。

 それだけを胸に、俺はスマホを開いた。

 そして、【転職ダンジョンに挑む】を選択した。すると──


 ゴゴゴゴゴッッッ


 重厚な音を立てて、お馴染みのブロンズの門が現れた。しかし、今回の門はいつもと違い、金色に輝いていた。その異様な色彩は、何か特別な意味を持っているように思える。


「……待っててくれ、2人とも」


 そして俺は、扉を開いた。

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