第18話 特訓 3/3 【詩葉視点】

【詩葉視点】


「《下級の闇弾ダーク・バレット》!!」

「《中級の雷盾サンダー・シールド》!!」

「《下級の闇矢ダーク・アロー》!!」

「《中級の雷盾サンダー・シールド》!!」

「《下級の闇刃ダーク・カッター》!!」

「《中級の雷盾サンダー・シールド》!!」


 雨凛の放った魔法が、ことごとく紫電を纏う盾で防がれたわ。この男はその様を見て、ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。……度し難いわね。


 雨凛だってこの特訓を通じて、確実に強くなっているわ。E級の中でも火力だけでいえば、トップクラスなのに……そんな雨凛の魔法がなにひとつ通じないなんて。あんなに容易く防がれるなんて。


「《双虎撃》!!」

「《魔影拳》!!」

「ぐふッ……!?」


 アタシの繰り出したパンチに対し、彼は闇を纏った拳でカウンターを放ってきたわ。その一撃がアタシの腹部を捉え、瞬く間に衝撃が全身を貫いたわ。耐え切れずに、アタシは吐瀉物をまき散らしながら空中に吹き飛ばされる。


 ダンダダンッという音と共に、地面に何度も跳ね返るアタシ。ゴム毬のように何度もバウンドし、最後にはズサッと地面に落下するわ。激しい痛みが全身を襲い、目の前が霞むわね。


 アタシの体は、彼の力の前に無力さを露わにしていた。あまりにも実力差がありすぎる。雨凛だって、怯えた表情をしているわ。


「何度挑んできても、同じだ!!」


 ギャハハッと豪快に嘲笑する男。

 そんなことは……アタシたちが一番よくわかっているわ。E級のアタシたちでは、勝機が薄いってことくらいわかっているわ。


 だからって……逃げたって無駄ね。

 彼はどうにもしつこい性格に伺えるから、きっと逃げたところでアタシたちを追い詰めるでしょうね。だからこそ、アタシたちに残された選択肢は、たった1つしかないの。


「何としても勝たないといけないわね」

「そ、そうだね……。うん、そ、そうだよね」


 意を決して、アタシは立ち上がるわ。

 雨凛も同じく、震える膝を抑えて睨みつけているわ。少し強気な口調から察するに、彼女の中でも覚悟が決まったのでしょうね。


「なんだ、覚悟が決まったか? 敗北を受け入れる、哀れな覚悟がよォ!!」

「いいえ……アンタと戦う覚悟よ」

「わ、私たち……勝つよ!!」


 言葉にすることで、アタシたちの覚悟がさらに固まるわ。ここで敗北すれば、下品な彼のことだから……何をされるかわからないわ。きっと言葉にするのも悍ましい、酷いことをしてくるに決まっているわ。


 だからこそ、敗北はあり得ない。

 だからこそ、逃げるわけにはいかない。

 だからこそ、勝利する他ない。


 頬を叩き、再度覚悟を決める。

 彼に勝つしか、アタシたちに未来はない。

 絶対に、絶対に、勝利を収めてみせるわ。


「覚悟が決まれば、強くなれンのか?」

「……えぇ、そうよ、アンタに勝てるわ」

「ギャハハ!! 漫画の読み過ぎだ!!」

「う、ううん……証明してみせるよ!!」

「……だったら、現実を見せてやるよ!!」


 彼の怒声で大気が震えるわ。

 少し前までだったら戦意を喪失してしまっていたかもしれないけれど、今なら大丈夫。だって、さっき覚悟を決めたから。


 ふぅ……と、息を深く吸うわ。

 そして──


「さぁ──勝つわよ!!」

「う、うん!!」


 月が見守る中、アタシたちは駆け出したわ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「──わかっただろ? 絶望的な戦力差を」


 たった10分、そのわずかな時間でアタシたちは地に伏していたわ。魔法も武術も、アタシたちの何もかもが、彼には一切通じなかったわ。


 アタシたちの予想を遥かに超えて、この男は強かったわ。アタシたちが何をしても、彼には一切何も通じないんだから。


「お前たちじゃ!! 俺には勝てねェ!!」

「うぐッ……がふッ……!?」


 地面に転がる雨凛の腹部を、男は蹴り上げる。たっぷり脂肪を蓄えた雨凛のお腹でも、その強烈な蹴りを防ぐことは不可能だったようで……雨凛は吐瀉物を吐きながら、地面に伏せるわ。


 友人がボコボコにされているのに、アタシは何もできない。身体中に激痛が走り、立ち上がることさえできないわ。それが……悔しくて仕方ないわ。


「へッ、ただブタ女を虐めるだけじゃツマラねェな。ここは2人とも一気に、特大の苦痛を与えてやらねェとな」


 ニタニタと嫌な笑みを浮かべ、彼は魔法を発動したわ。黄色い魔法陣から放たれたのは──


「《上級の雷撃ライトニング・ボルト 》!!」


 紫電だったわ。

 バチバチと音を鳴らし、アタシたちに迫る。

 そして、紫電はアタシたちの身体を──


「うぐッ──!?」

「あぐッ──!?」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。


 皮膚が焼ける。いえ、そんなものじゃない。

 身体が燃える。いえ、そんなものじゃない。

 全身が──痛い。痛い。痛い。痛い。


 とても言葉では形容できないような、とてつもない激痛が全身を走るわ。文字通り雷に打たれたような、そんなレベルを遥かに超えるような、激痛としか形容できない痛みに苛まれるわ。


「ギャハハ!! もっと苦しめ!!」


 彼は……頭がおかしいのかしら?

 アタシたちがこんなに痛いのに、それを見て喜んでいるなんて。経験したことのない激痛に苛まられる姿を見て、おもしろいと思うなんて。


 激痛のせいで、先ほどまでの覚悟が揺らぐわ。今はもう、ただただ逃走を図ることしか考えていないわ。彼に勝つことなんて、絶対にできないことがわかってしまったから。


「ふぅ……さて、そろそろ終わりにするか」


 そして彼は、やっと紫電を終えてくれたわ。

 あぁ、ようやく……地獄から解放された。

 その安堵に、思わずホッと息を吐くわ。


 もうアタシの心には、闘争心は残っていなかったわ。あれほどの激痛のせいで、アタシの脳内には「逃走」の2文字のみが支配していたわ。今すぐにでも、この場から去りたい。


 少しの悔しさはあるわ。

 だけど……もうあの痛みを味わいたくない。

 それだけが、アタシの胸中を支配していたわ。怯えるように震える雨凛も、きっと同じ気持ちね。


「あ、ぐ、あぁ……」

「ぎ、ぐぐ、あぁ……」


 電気の後遺症でうまく喋れず、腰も完全に抜けてしまったわ。膀胱もおかしくなったようで、失禁もしてしまうわ。恥ずかしいという気持ちよりも、恐怖の感情の方がずっと勝っているけれど。


 這いずるように、アタシたちは逃走を行うわ。あまりの痛みに耐えながら、必死に逃げようと画策するわ。だけど──


「逃げるなよ」

「えッ──ぐッ!?」


 何が起きたのか、理解するのに時間はかからなかったわ。彼がアタシの足首を踏みつけ、そしてメキッという音が公園内に響いたのだから。


 痛い、痛い、痛い。

 だけど、さっきよりはマシ。

 ジンジンとした痛みが残るけれど、さっきに比べると雲泥の差ね。だから今は、逃走を──


「だからよォ、逃すと思ってンのか?」


 メキッ、ゴジャッ。

 骨が折れる音が聞こえる。

 足首に再度、激痛が走る。

 でも……まだ耐えられる。


 必死に這いずろうとする。

 なんとか逃げようとする。

 だけど──髪を掴まれてしまったわ。


「お前ら山優高校の生徒は、絶対に許さねェんだよ。俺に恥をかかせた、志苑を恨め!!」


 彼の言葉の意味はわからないけれど、振り解けないことで察したわ。アタシたちはきっと、ここで……凄惨な目に遭うのだと。逃げることなんて、最初からできなかったんだと。


 涙が溢れるわ。

 あぁ……悔しいわね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る