第12話 F級ダンジョン 3/4

「理解できないわ」


 それからしばらく、沈黙が続いた。

 5分、10分、20分。そうしていただろう。

 だがついに禁を破り、詩葉が言葉を発した。


 ダンジョンを歩みながら、詩葉の声が背後から耳に届く。少しビックリして、たじろいでしまった。なんだ、何が納得いかないんだ?


「あんたがデスマンティスを圧倒したのは、E級だから理解できるわ。だけど……モンスターハウスの10匹にも及ぶ魔物の群れを、たった一撃で全滅させるのは理解できないわ」

「そ、そうだよ!! い、いくらなんでも、強すぎるよ!!」


 詩葉に便乗するように、黒波先輩も声を発した。そうか、2人ともそれが気になっていたのか。だが──


「……そんなこと言われてもな」


 普通に魔法を発動した、それだけだ。

 特別なことなど何もなく、ただ普通に。

 故に理解できないと言われても、困る。


「もしかして、レベルが関係しているの?」

「志苑くんのレベルが高いから、普通の魔法よりも強力なのかな?」

「確かに。それは考えられますね」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 デスマンティスがF級の中では上位に君臨していたように、俺の魔法もレベルの関係で同級の魔法よりも強力な可能性が考えられる。


 となると、俺はE級の中でも上位に君臨しているのだろうか。仮にそうだとすれば、少し誇らしい。これまで誇るものなど何1つなかった俺だが、俺だけがレベルアップできるようになって……少し自信がついた。


「アンタのその強さがレベルからよるものだとするんだったら、羨ましいわね。私もアンタみたいに、強くなりたかったわ」

「わ、私も!! レベルアップしたいな!!」

 

 2人に羨ましがられて、少し申し訳なくなる。

 

「アタシたちはスキルを入手しないと強くなれないから、アンタとパーティを組めてよかったわ。アタシたちだけじゃダンジョンをクリアできなかったから、これ以上の成長は見込めなかったからね。アンタのおかげでダンジョンをクリアできるんだから、アンタには感謝しても仕切れないわね」

「そ、そうだね!! ありがとうね!!」


 ……だったら、悪い気はしないな。


「って言っている間に、着いたわね」


 ダンジョンを歩んでいると、あっという間に最深部に到着した。目の前には巨大な鉄扉が鎮座しており、そこからは強烈な瘴気が漏れ出している。チュートリアルダンジョンの時よりも、遥かに禍々しい雰囲気が醸し出されている。


 俺は初めての経験ではないが、2人にとってここまで到着したのは初めてのようだ。2人とも呼吸が荒くなっており、視線が泳いでいる。身体も震え、恐怖に慄いている様子だ。


「2人とも、大丈夫か? 不安なら──」

「だ、大丈夫よ!! 何ともないわ!!」

「そ、そ、そうだよ!! 平気だよ!!」


 明らかに無理をしている。

 だがビビっているからといって、怖いからといって、帰還石を使用するのは悪手だ。そんなことをすれば、2人は永遠に強くなることができない。


 だからこそ、俺ができることはたった1つだ。

 2人の緊張や恐怖が取り除かれるまで、ただ待つことこそが最善なのだ。俺は黙って、2人のことを見守る。


「……よし、本当に大丈夫よ」

「う、うん……!! 戦えるよ!!」

「わ、わかった。行くぞ──」


 10分後、2人も覚悟が決まった様子だ。

 そして俺は、扉に手をかけた。

 その先には──



「オクゥウウウウウ!!」



 豚頭の人型の魔物。身長は4メートルほど。

 手には身長と同じくらいの大きさの戦斧。

 装備は貧弱で、頼りない革の鎧のみ。


 神殿を彷彿とさせる神聖な雰囲気に漂う、鼻が曲がるほどの悪臭。養豚場の臭いよりも遥かに強烈で、咳が止まらなくなってしまうほど激烈な臭いがただよっている。


 そんな臭いを発している張本人は、ニタニタと笑っているように伺えた。頭部がブタなので表情は読み取りにくいが、2人のことを見て下品な笑いを浮かべているように伺える。同人誌等で見たように、オークは性欲が強いようだ。


「オーク……」


 醜悪なその魔物の名を、詩葉は無意識のうちに呟いていた。それと同時に、彼女は身体が震えてしまっていた。


 自身の貞操が狙われている危機……というよりは、単純な強さに慄いているようだ。巨大で強靭な肉体、無骨ながらも強力な武器、それらの戦力に対して恐れを抱いているようだ。


「……さ、最悪だね。え、F級でも最強クラスの魔物が、ぼ、ボスとして出現するなんて」

「……うん、最悪ね。でも……勝たなきゃ」


 ボスとして出現した魔物は、道中にザコとして出現した時よりも数段強くなる傾向がある。F級でも最強格のオークがボスとして出現したから、その実力はE級に到達しているだろう。


 だがそれでも、2人は俺の前に立った。

 震える膝のまま、恐怖に慄きながら。

 それでも尚、勇気を振り絞って。


 2人は深く深呼吸をした。

 この臭いの中、咽せながら。

 そして2人は──覚悟を決めた。


「志苑……ここは任せなさい!!」

「わ、わ、私たち!! 頑張るよ!!」

「……わ、わかった。任せるよ」


 2人の勇気に敬意を示し、ここは2人に任せることにした。もしも危なくなったら、助けることにしよう。

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