第8話 vsオーガ

 あれから1週間が経過した。

 この1週間……色々なことがあった。

 残念なことに、奇妙なこと、などなど。

 なんだかドッと疲れる週だったと、下校しながら考える。


「今日が金曜日でよかった」


 まず残念なことから。

 あれだけ俺を囲ってくれた生徒たちだが、日が経つにつれ皆離れていった。会話をしても俺は愛想笑いしかできないし、おもしろいことなんて1つも言えない。顔がいいだけの俺に愛想を尽かして、今となっては誰も俺に寄り付かなくなった。ひとえに俺のコミュ力が問題だ。


 それ故、俺はボッチに逆戻りした。

 皆が囲ってくれたのは、たったの3日。

 3日天下を満喫した俺だが、今では便所飯を再開している。囲ってくれている時は皆と飯を食えたのに……凋落が激しすぎてツラい。


「こんなにイケメンになっても、コミュ力が乏しいと友達もできないんだな。今の時代SNSとかで俺以上のイケメンは大勢いるし、顔がいい以外に武器がないとダメなんだな」


 ため息を吐く。

 自分の残念さに、ほとほと呆れる。

 この1週間でレベルはそこそこ上がったが、コミュ力のレベルは未だレベル1のままのようだ。

 

 次に奇妙なこと。

 昨日から守本とその舎弟たち、そしてオタクグループの何人かが登校していない。1人2人が欠席するだけなら何も思わないが、さすがに10人近くが一斉に欠席すると気になる。


「オタクグループの何人かは守本たちにイジメられていたが、何か関連はあるんだろうか。事件に巻き込まれてないといいが、少し心配だな」


 関わりの薄かったオタクグループだが、同級生のよしみで少し心配になる。無事であることを、祈ることしかできないが。


 大きな出来事はこの2つであり、後は細々としたことばかりだ。ダンジョン・サバイブの説明欄に新たなものが追加されたり、【掲示板】という他プレイヤーと交流できる場が設けられたり、図鑑という魔物の詳細がわかるものが追加されたり。そんな些細なことが多かった。


「完全匿名の掲示板でもロクに会話できないんだから、俺のコミュ障っぷりは筋金入りだよな。はぁ……マジでどうにかしないとな」


 そんなことを呟きながら下校していると、目の前で奇妙な光景が繰り広げられていた。


「2人の女子高生……だな」


 前方に2人は制服を纏った、女子高生の姿が見えた。どちらも俺と同じ、山優高校の制服を着ている。


 1人は茶色い髪をした、普通の女子高生だ。

 身長は165センチほどに見える。

 後ろ姿なので確証は持てないが、何だか見覚えのある容姿をしている。思い出すことはできないが。


 1人は腰まで届く黒い髪の……大きな女性だ。

 身長は195センチほどに見える。

 身長以外にも色々と大きく、まるで厚着をしているように一回りほど制服が膨れている。後ろ姿なので確証は持てないが、おそらく……脂肪が制服を押し上げているのだろう。


「女子高生の前にいるのは……魔物か!?」


 女子高生たちと対峙するは……大鬼の怪物。

 身長は3メートルほど、皮膚は茶色。

 右手には棍棒を持っており、腰にはボロの布切れ。それ以外の装備はないが、筋骨隆々の肉体を見るにそもそも防具の類は不要なのだと、そう感じさせられる。

 

 図鑑によれば、あの魔物はオーガというらしい。その見た目通り膂力に秀でており、鉄板を引きちぎれるほどのパワーを備えている。ただ頭は悪く、人間の2歳児程度の知能しか持ち得ないという。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 どうして、魔物がダンジョン外にいるんだ。

 疑問が残る。理解は全然追いつかない。

 だが……俺がやるべきことは1つだ。


「あの女子高生たちを、助けないと──」


 駆け出そうとした時、黒髪の女子高生の手に漆黒の魔法陣が浮かび上がった。色彩こそ異なれど、その魔法陣は俺の氷属性に酷似していた。そして──彼女は漆黒の球を発射した。


 放たれた漆黒の球は、オーガの腹部に命中するもダメージは与えられていない、全くの無傷であり、オーガは嘲笑するように笑っている。


「まさか、あの2人……プレイヤーか……?」


 若干距離があるため、2人の声はあまり聞こえない。だが……2人を観察するには、ちょうどいい距離感だ。もしマズくなれば、助けに行けばいいしな。

 



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 少しだけ、距離を詰めた。

 せっかくだから、プレイヤーの生の声を聞きたいから。

 

「だ、《下級の闇矢ダーク・アロー》!!」

「オガァアアアアア!!」


 闇の矢を放つ、黒髪の女子高生。

 だが、その攻撃はあまり効いていない。

 オーガの堅牢な皮膚によって、黒髪の女子高生の魔法はほとんど効力を成していない。


「さすがオーガね。……強敵だわ」

「ど、ど、どうする? 詩葉うたはちゃん!?」

「決まってるわ。……倒すしか無いの!!」


 最初にオーガの姿を認識した時は、映画の撮影かとも思ったが…… 2人の女子高生からはモノホンの魔力を感じる為、それはないだろう。


 オーガがいることや、2人のプレイヤーが戦っていること。多くの物事が同時に起きて、理解が追いつかない。


 だが、1つだけ理解出来ることがある。

 それは── 2人が思った以上に苦戦していることだ。


「《下級の闇弾ダーク・バレット》!!」

「オガァアアアアア!!」

「《下級の闇矢ダーク・アロー》!!」

「オガァアアアアア!!」

「《下級の闇刃ダーク・カッター》!!」

「オガァアアアアア!!」


 黒髪の女子高生の魔法は、ことごとく通じない。


 闇の弾は、オーガの堅牢な皮膚に弾かれる。

 闇の矢は、オーガの堅牢な皮膚を貫けない。

 闇の刃は、オーガの堅牢な皮膚を裂けない。


 おそらく、黒髪の女子高生のランクは、F級相当なのだろう。E級のオーガに魔法が通じないことから、そう推測した。


「魔法は通じない。……だったら──」


 茶髪の女子高生は脱兎の如く駆け、オーガの懐へと潜り込んだ。そして──


「《双虎撃》!!」

「オガァアアアアア!!」

「《双虎脚》!!」

「オガァアアアアア!!」

「《双虎斬》!!」

「オガァアアアアア!!」


 連続パンチ、連続キック、連続チョップ。

 強力な連続攻撃を浴びせ続ける。


「オガァアアアアア!!」


 轟くオーガの叫び。

 その身体には、一切傷は見受けられない。

 全くの、無傷だった。


「さすがはE級の魔物……マズいわね」

「ど、どうしよう、詩葉うたはちゃん!?」

「……合体攻撃をするわよ、雨凛あめり!!」

「そ、そうだね。……力を合わせよう!!」


 そうして2人は、それぞれ違う構えを取った。

 茶髪の女子高生の方は、普段よりも深く息を吸い、そして吐いた。その姿を見るに、相当集中をしている様子だ。


 黒髪の女子高生は、茶髪の女子高生から少し離れた場所で深呼吸を取っている。こちらも同じく、深く集中をしている様子だ。

 

「い、行くよ!!」

「うん、いつでもOKよ!!」


 そして2人は、ついに動き出した。

 

「《中級の闇纏アビス・アーマー》!!」

「う、ぐッ……!?」


 黒髪の女子高生が放った闇のエネルギーが、茶髪の女子高生の四肢にまとわりつく。闇属性の効果、侵食の影響か……茶髪の女子高生は苦しんでいる様子だ。


「だ、大丈夫!?」

「う、うん……!! 行くわよ!!」


 そして茶髪の女子高生は、駆けた。

 闇属性のエネルギーを纏っている影響か、先ほどよりも断然速く駆けだした。一瞬にして、オーガの懐に潜り込むことに成功した。


「《暗黒虎撃》」

「オガァアアアアア!!」

「《暗黒虎脚》!!」

「オガァアアアアア!!」

「《暗黒虎斬》!!」

「オガァアアアアア!!」


 闇属性を纏った連続パンチ、連続キック、連続チョップ。闇属性特有の侵食の特性を持った、強力な連続攻撃を浴びせ続ける。


「オガァアアアアアアアア!!!!」


 だがしかし、オーガは無傷。

 あらゆる攻撃が、オーガに通じない。

 2人の女子高生たちにも、疲労が溜まってきている様子だ。


「……マズいわね」

「どどど、どうしようか……!?」


 2人は疲れ果てているのか、動くことも難しそうだ。おそらく、魔力が切れかかっているのだろう。魔力が切れてしまえば、強烈な脱力感に襲われるからな。


「……そろそろ助けに行くか」


 俺は歩んだ。

 オーガの元へ。


「え、一般人!?」

「え、映画の撮影じゃないですよ!! あ、危ないので、は、は、離れてください!!」

「だ、だ、大丈夫……です」


 そして、俺は微笑んだ。

 哀れなオーガに対して。

 そして、右手を向け──


「《中級の氷槍コールド・ランス》」


 氷の槍を発射した。

 槍はオーガに向かって飛んでいき──


「オガッ──!?」


 オーガの胸を貫いた。

 悶えることもなく、オーガは黒い粒子になり消え去った。つまり──勝利だ。


【レベルアップしました】


 脳内に響くファンファーレと機械音声。

 何度聞いても、この瞬間は心地よい。

 脳汁がドバドバ出る。至福の瞬間だ。


 それにしても、E級の魔物を一撃で倒せるとは、まさか思いもしなかった。レベルが上がったとはいえ、俺もまだE級だ。それなのに一撃で倒せるとは……たまたま攻撃がクリティカルヒットしたか、あるいはあのオーガが未成熟でE級下位に属していたかのどちらかだろう。


「……アンタ、助けてくれたの?」

「あ、あ、ありがとう……」


 振り返ると、2人から感謝が述べられた。

 だがその様子は、明らかに警戒している。

 自分たちより強いプレイヤーが現れたのだから、その反応は当然だろう。俺が味方かどうかも、彼女たちはまだわからないのだから。


 とりあえず、緊張を解いてもらわないとな。

 俺が敵ではないことを、伝えないと。

 ここで戦うなんて、したくないしな。


「あ、あはは、た、助けたんだよ」


 うわずり、詰まった言葉が口から出た。

 2人は──


「とりあえず、話さない?」

「じ、じ、時間はある?」


 とりあえず、少しは警戒が解けたようだ。

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