第5話 チュートリアルダンジョン 3/3

「キシャァ……!!」


 そこにいたのは、大蛇だった。

 紫色の鱗を滑らせて、大木のような太い胴体を動かしている。長さは推定、20メートルはありそうだ。大怪獣だな。


 二股に分かれた舌をチロチロと出すたびに、ステーキナイフのように鋭く長い牙がチラチラと顔を出す。あんな牙で噛まれたら、間違いなく死ぬだろう。


「不思議と恐怖心は……薄いな」


 最初のゴブリン戦の時からそうだったが、魔物との戦闘時に俺は恐怖心を抱いたことがなかった。アプリの影響で精神に何かしらの影響が出ているのか、あるいは単に自分で思っている以上に俺は肝が据わっているのか。


 理由は定かではないが、何にせよ悪いことではない。ビビっていないということは、つまり正常に戦えるということなのだから。これまで通り堂々と、過度に緊張せずに戦えるということなのだから。


「キシャァアアアア!!」


 轟く大蛇に呼応するように、剣を構える。

 そして──


「さぁ──終わらせるぞ!!」


 俺は駆け出した。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ギシャァアアアアアアアアア!!!!」


 大蛇の攻撃は、俺の想像を遥かに超えていた。鞭のようにしならせた巨体は、当たってしまえば確実に骨が折れる。ナイフのような牙には毒が含まれており、噛まれたら即座に終了だ。


 そんな大蛇の猛攻を、俺は必死に避ける。

 大蛇は巨体故に動きが緩慢で、これまでに死闘を乗り越えてきた俺にとって避けることは存外容易い。だがしかし、巨体故に攻撃範囲が広く、一瞬の判断ミスが命取りになる。


「ギシャァアアアアアアアアア!!!!」

「やぁあああああああああああ!!!!」

「ギシャァアアアアアアアアア!!!!」

「たぁあああああああああああ!!!!」

「ギシャァアアアアアアアアア!!!!」

「どりゃぁあああああああああ!!!!」


 オマケに鱗は頑強であり、道中のザコとは違って斬撃が中々通じにくい。少しずつ鱗が傷ついていることから察するに、完全にノーダメージではなさそうだが。


 攻撃力も防御力も、全てが高水準だ。

 動きが緩慢なことだけが弱点だが、だからといって勝算は見えない。このまま斬撃を放ち続ければ、先に俺のスタミナが尽きることになってしまうだろう。


「こんなことなら……剣道を習っておけばよかった!! クソ、手が痺れる!!」


 これまで何度か魔物を剣で屠ってきたが、それまでは木の棒も振るったことのなかった俺にとって、まともな剣筋の斬撃を放つことなど不可能だ。いくら身体能力が上昇しようとも、技術がないために斬撃の軌道はブレブレでお粗末な出来栄えとなってしまう。そんなものでは鉄のように頑強な、この大蛇の鱗を断つことなど不可能だ。


 だが剣を捨てて、徒手空拳で挑む……なんてバカみたいなことはさすがにできない。昔読んだ漫画の主人公は大蛇を絞めて殺していたが、今の俺の膂力でそれをするには、パワーが足りないだろう。それにプロレスも習ったことがないので、効果的なチョークを放てる自信がない。


「これまで何も格闘技をせず、のうのうと生きてきた自分を呪いたいな。帰ったら、近所の格闘技ジムに入団しよう」


 ない物をねだっても、どうしようもない。

 自分の手札でしか、戦えないんだから。

 この状況を打破する術を、考えねば。


「ギシャァアアアアアアアアア!!!!」

「ぐッ……!!」

「ギシャァアアアアアアアアア!!!!」

「きッ……!!」

「ギシャァアアアアアアアアア!!!!」

「ぬぐッ……!!」

「ギシャァアアアアアアアアア!!!!」

「くきッ……!!」


 大蛇の猛攻を必死に避け、周りの様子を伺う。周囲の環境、そして大蛇の特徴。様々なものに注目し、勝利に繋がりそうなものを探す。


 この部屋は、体育館4つ分ほどの広さだ。

 壁には鉄扉にもあったヒエログリフと象形文字を合わせたような、見たことのない未知の文字がビッシリと彫られている。天井には照明器具が見当たらないのに、何故か部屋全体が明るい。特徴はそれくらいで、家具も道具も見当たらない。


 そして大蛇の特徴だが、20メートルはあるくらいで、見た目的には普通のヘビとなんら変わらない。強いて一般ヘビとの相違点を上げるならば……紫色の鱗は光を感謝して、どことなく妖艶な雰囲気を醸し出していることくらいだろう。その手の特殊性癖の方からすれば、垂涎もののエッチさだろう。


「……ん、一般的なヘビと変わらない?」


 昔、漫画で読んだことがある。

 蛇は“ピット器官”と呼ばれるものを用いて、周囲を感知しているのだという話を。熱源に反応するレーダーのように、目で見るよりもずっと鮮明に周囲を感知できるという話を。


 つまり、そのピット器官を破壊できれば、俺にも勝機がある。……と言いたいところだが、そう簡単な話ではない。なんたって俺は、そのピット器官がヘビのどこに備わっているかを知らないのだから。なんの漫画で知ったかも覚えていないくらい、知識がうろ覚えなのだから。


「……いや、そんなことしなくとも眼球を破壊すればいいか。どんな生物にとっても、眼球は急所って理科の先生も言ってたしな」


 中学時代のクセの強い先生の言葉を、運良く思い出した。先生は「脊椎動物の眼球は脳と直結しているから、眼球を貫通すれば大ダメージを与えられる。もしクマとかに襲われたら、眼球に目突きをするんだぞ」と語っていた。


 流石に大蛇に目突きをすることはできそうにないが、この剣を投擲すれば……眼球を貫けそうだ。今の俺の膂力であれば、大蛇の頭部にまで剣を投げられるだろう。


「……だが、問題は2つだな」


 1つ目は、大蛇は眼球までも鱗に覆われているという点だ。蛇には瞼がないため、眼球を透明な鱗で覆っている。剣を眼球まで投擲できたとしても、その鱗を突破できるかは……わからない。


 2つ目は、大蛇が常に動き回っているという点だ。俺は昔からキャッチボールが不得意で、相手のミットにボールを投げることがどうにも苦手だった。動かない相手への命中率も低いのだから、動き回る相手に命中させるのは不可能に近い。


「……不可能を覆さないと、ここで死ぬことになるよな。覚悟を決めるしか、もうないな」


 外れてしまえば、もう次はないだろう。

 無防備になった俺を、大蛇が見逃すとは思えない。そう、チャンスは一度きりだ。


 ため息。1つ。2つ。3つ。覚悟を決める。

 手汗をズボンで拭う。剣の柄を握り締める。

 やがて槍投げの選手のように、剣を構えた。

 そして──


「だらぁああああああああああああ!!!!」


 自分でも出したことのないくらいの怒号で、投擲を行う。光のような速度で、剣は飛んでいき──


「ギャッ──」


 剣は──

 ──大蛇の眼球を穿った。


「ギャァ……」


 糸が切れたかのように、大蛇はその場に倒れた。そしてその肉体は、これまでの魔物と同様に粒子に変換されていく。


【レベルアップしました】


 脳内に響くファンファーレと機械音声。

 大蛇が死んだことで出現した、『地獄の門』を彷彿とさせるブロンズ門。それらが意味するのは──


「俺の……勝利だ!!」


 緊張の糸が切れ、俺は膝から崩れ落ちた。

 そして天に向かって、ガッツポーズをした。

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