第3話 チュートリアルダンジョン 1/3

「洞窟、みたいだな」


 ダンジョンの内装は洞窟然としていた。

 岩肌の壁は少し湿っており、地面には薄く水が張っている。壁には等間隔でロウソクが掛けられているが、どうにも薄暗い。


 静寂が空間を包み込む。

 音は皆無だ。しんと静まり返っている。

 故に……少し怖い。


「初めてのダンジョン。……緊張するな」


 スマホのライトで足元を照らし、慎重に進む。壁のロウソクだけでは光源が足りず、どうにも薄暗い。俺は夜目が効く方ではあるが、説明によればダンジョン内には魔物なんかもいるらしいので、油断はできない。


 先ほど説明欄を再度確認したが、そこには魔物に関する情報が追加されていた。どうやら魔物にもF〜SSS級の等級が振り分けられており、このチュートリアルダンジョンにはF級の魔物しか出現しないらしい。


 俺と同じ等級の魔物、だからといって油断はできない。全身にパワーがみなぎっているが、それでも俺は格闘技の経験は皆無でケンカもしたことのない高校生なのだ。いくら身体能力が高まっていても、技術が未熟なのだから……油断すれば、あっという間に敗北するだろう。


「緊張するな……。……お?」


 と、そんな時だった。ふいに数メートル先の地面が、パァッと輝きだした。白い光が眩しくてよく見えなかったが、どうやら唐突に魔法陣が地面に浮かび上がってきたようだ。



「ゴブゥゥウウウウウウウウウ!!」



 薄暗い洞窟の向こう側から養豚場のブタを思わせる、しかし何倍も醜く濁った声が轟く。魔法陣の光が消え去ったため、俺はスマホのライトを手前に照らし出した。すると、そこにその声の主が現れた。


 緑色の肌をした、5歳児ほどの身長の生き物。その頭は不釣り合いに大きく、身体は3等身程度の小ささで、バランスが悪く不恰好だ。頭は一本の毛も生えておらず、禿げている。


 顔の半分を占めるような巨大な鷲鼻と、腹部にはブツブツとした黒い斑点が剥き出し。彼の装備は貧弱で、革製の腰蓑と錆び付いたナイフ一本が腰に挿してあるだけだった。


「ゴブリン、だよな」


 ネット小説やアニメなどで、何度も拝見した魔物。陵辱をこよなく愛し、下品極まりない魔物。俺の知るその魔物は、ゴブリンだ。


 イメージ通りの、ゴブリンの姿をしている。

 イメージに合いすぎて、ちょっと怖い。

 

「ゴブゥウウウ……!!」


 目を爛々と輝かせ、ゴブリンはこちらを見つめてくる。もしかして……俺のことを犯そうとしているのか!?


 尻穴にギュッと力を込める。

 ゴブリン系の同人誌は何度もお世話になったが、自分が世話されるのは御免だ!! この戦い、絶対に勝たなければならない!!


「俺……前も後ろも未経験なんだよ!!」


 卑猥な叫びと共に、戦いは開始された。

 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ゴブゥウウウウウ!!!!」


 ゴブリンが、ナイフを片手に襲いかかってくる。錆びて刃がボロボロになっているとはいえ、命中すればダメージは避けられない。


 ゲームならまだしも、ここは現実なので……少しでも当たってしまえば、痛みに苦しんで戦いどころではなくなるだろう。できる限り、ダメージは負いたくない。


「ゴブゥウウウウ!!」

「うぅ……しんどいな」


 ゴブリンの腰蓑が、テントを形成している。

 つまり……コイツは俺の姿に、興奮しているのだ。人間には一度もモテたことなどないが、どうやら俺の肉体はゴブリンには垂涎ものらしい。……全く嬉しくないが。


 こんなところで花を散らすわけにはいかない為、反撃に切り替えたいが……チャンスが中々訪れない。ゴブリンはナイフを振り回して、攻撃のチャンスを与えてくれない。


「それにしても……身体が軽いな」


 俺の身体は、まるで羽のように軽やかだった。必死になって避ける俺の動きは決して洗練されているわけではないけど、それでもゴブリンの攻撃を驚くほど容易に回避できている。


 そして、どれほど動いても、疲れることがない。これは、きっと身体能力が何らかの力で強化されているからに違いない。


 さらにゴブリンの攻撃の速度も、まるで違って感じる。スローモーションのように極端な遅さではないが、それでも明らかに遅い。


「カウンターを打てるほどの遅さじゃないのが、どうも憎いな!!」

「ゴブゥ!! ゴブゴブゥ!!」

「わからん!! 日本語で話せ!!」


 ゴブリンは最弱の魔物というの定石は、きっと変わらないだろう。このゴブリンを見ても、そんなに強そうには感じない。子どもほどの身体には、それほど膂力も頑強も感じない。


 故に一撃、たった一撃でも与えられれば……俺に勝機はやってくる。……と、信じている。

 

「ゴブゥ……!!」

「お、バテてきたか?」


 ゴブリンは子ども程度の身長しかなく、身体も餓鬼のように痩せさばらえている。つまりスタミナに乏しく、すぐバテてしまうのだろう。


 ゴブリンはバテて、息を切らしている。

 これは……絶好のチャンスだ!!


「ゴ、ゴブゥ……」


 ゴブリンが疲労からか、その手に握るナイフを落とした。俺はその好機を──見逃さなかった。


「やぁッ!!」


 人生初となる右ストレートを、ゴブリンの顎にお見舞いする。あまりにも不格好で情けない俺の拳は、ゴブリンの顎にクリティカルヒットした。


 ガコンと、拳が骨に命中する音が聞こえる。

 グチャっと、骨が砕ける感触が拳に伝わる。

 ドサっと、断末魔もなくゴブリンはその場に倒れた。そして──ゴブリンは黒い粒子となり、死体も残さずに消え去った。


【レベルアップしました】


 脳内に響くファンファーレと機械音声。

 つまり、俺は勝利したのだ。

 まさかの……一撃で。


「……終わったな」


 初めて、魔物を殺した。

 心に去来するのは、虚無だ。

 生き物を殺したのに、何も感じていない。


 相手が魔物だから、まだ現実味を感じていないのだろうか。それとも、ただ単に俺は冷たい人間なのだろうか。理由は定かではないが──


「何にせよ……なんか嫌だな」


 少しだけ、自己嫌悪が進んだ。

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