第2話 ダンジョン・サバイブ

「……マジか。ラノベじゃん」


 人糞とアンモニアの臭いが漂う便所の個室の中、俺は1人ボソボソと呟いた。先ほどインストールした【ダンジョン・サバイブ】を開き、思わず感想が漏れてしまったのだ。


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【名 前】:霊田志苑たまだしおん

【ランク】:F

【スキル】:身体強化 Lv1

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 ダンジョン・サバイブを開いた時に現れた通知を全て消すと、そこには画面いっぱいに俺のステータスが表示されていた。ゲームかラノベを彷彿とさせる、シンプルなステータスが。


「お、こんなところに説明欄があるな」


 画面の右端には三本線があり、そこをタップすると説明欄が表示された。ランクやスキル、そして何よりもこのアプリ自体の説明が記載されている。


・ランク:プレイヤーの強さを可視化したもの。F〜SSS級まで存在する。

・スキル:超常的な力の通称。

・ダンジョン:プレイヤーのみが入れる、異次元空間の通称。内部には魔物やアイテムが存在する。

・このアプリについて:████。


「……肝心なことはよくわからないな」


 ランクやスキルはイメージ通りだが、肝心のアプリについての説明が黒塗りで何も情報が得られない。何とも説明不足な説明欄だ。UIもそれほど優れてないし、問い合わせ欄があればクレームを入れているところだった。


 つまり俺はダンジョンに挑むことができ、尚且つスキルという不思議な能力を手に入れることができたというわけだろうか。ラノベ好きな俺にとって、この摩訶不思議な現状を飲み込むのは容易いことだ。


「……このアプリをインストールしてから、ずっと身体に力がみなぎっているんだよな」


 全身に溢れる万能感のパワー。

 予想はついているが、念のためスキルを確認する。とりあえず、【身体強化】を長押ししてみると──


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スキル:身体強化

ランク:F級

説 明:身体能力を上昇させるスキル

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「……まんまだな」


 名称通り、捻りのない説明だ。

 だがこれ以上なく、わかりやすいな。


 全身から、まるでプロレスラーにでもなったかのような、凄まじいパワーを感じる。どれほど強くなったかはわからないが、とにかく俺は身体能力が著しく向上したのだろう。


「欲を言えば。もっと魔法っぽいスキルや、厨二感ある若干難解なスキルが良かったけど……いや、これ以上を求めるのは贅沢か。スキルを得られただけ、感謝すべきだな。」


 俺はラノベ大好きな15歳なので、こういったスキルやダンジョンといった単語が大好きなのだ。これまでは物語の中だけで堪能していたのだが、それがリアルになって自分の身に降り注ぐなんて。こんな光栄なこと、俺の人生でもう二度とないだろう。


 さらにスキルの隣に記載されている、『Lv1』の文字。これはつまりダンジョンに潜む魔物を倒せば、ゲームのようにレベルが上がるということだろう。マジでゲームみたいで……ドキがムネムネだ。


「ラノベやネット小説だと、他のプレイヤーのヒロインと仲良くなって恋仲になるのが定番だけど……残念なことに俺が最初のプレイヤーらしいんだよな。つまり他にプレイしている人は、現状いないっぽいんだよな」


 他のプレイヤーがいずれ増えることを、今は祈るしかない。そこに美少女なプレイヤーがいるかどうかは、全くの別問題なのだが。いやそもそも……コミュ障な俺が他プレイヤーと、マトモに会話ができる可能性は低いのだが。


 現実を考えると……気分が暗くなる。

 今はコミュ障で会話もロクにできないが、きっと美少女プレイヤーと出会えば覚醒するハズだ。途端に饒舌になって、たちまち恋仲になれるハズだ。そう信じよう。


「コミュ障設定の主人公たちもヒロインとの会話時は饒舌だし、俺だって覚醒するハズだ。うん、そう信じよう」


 希望的観測を抱き、握り飯を食い終わる。

 うん、おいしい。いつもよりも。


「それにしても、現状俺しかプレイヤーがいないってことは……一歩リードできるってことだよな。今のうちにレベルを上げて、他プレイヤーに先んじて強くなれるってことだよな」


 俺のスキルはどう考えても、主人公側ではなくモブ側のスキルだ。『F級スキル』なんて説明だったので、そこの推理だけは自信がある。……自分で言っていて、少し悲しくなってくるな。


 チートスキルでも何でもないのだから、一歩リードしているこの状況を有効活用した方がいいだろう。つまり他プレイヤーが現れる前に、先んじてレベル上げをしておいた方がいいだろう。


「それに単純に、ダンジョンってものに挑んでみたいしな。これまでラノベやゲームでは何度も見たり挑んできたが、現実で挑めるなんて……夢みたいだしな」


 そんな呟きと共に、俺はアプリを色々と触ってみた。そして画面を長押しした時、【チュートリアルダンジョンに挑む】というボタンが画面に出現した。


「さっそく……と、ここではマズいか」


 ダンジョンがどんなものかはわからないが、仮にダンジョンへの入り口が想像よりも大きかった場合……便所の個室の中で発動させてはマズいだろう。俺の家は貧乏なので、仮に便所の施設が壊れてしまえば……修繕費は払えない。


「とりあえず……屋上に移動するか」


 昼休憩が終わるまで、残り5分。

 残りわずかなので、他の生徒も退散しているだろう。そう信じて、俺は屋上へと向かった。


 ……次の授業は、サボることになってしまうな。だがダンジョンに挑めるという、憧れはどうしても止められない。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 俺の読み通り、屋上には誰もいなかった。

 

「さて……では、さっそく挑むか!!」


 【チュートリアルダンジョンに挑む】を押下する。すると──


 ゴゴゴゴゴッ……。


 俺のすぐそばの地面から、ロダンの『地獄の門』を彷彿とさせるブロンズ門が出現した。荘厳な雰囲気を醸し出しているが、その大きさは意外と小さく、高さは2メートルほどしかない。


「お、おぉ……!!」


 そして、門扉は開かれた。

 内部は夜の闇を集めたかのように、真っ暗だ。そして冥界のように、冷たい風が門の奥から漂ってくる。不気味な雰囲気だ。


 神々しくもどこか恐ろしい雰囲気に呑まれ、少したじろいでしまう。この門扉の奥に夢みたダンジョンがあることはわかっているのだが、突入には少しばかりの勇気が必要だ。


「……ふぅ」


 深呼吸、1つ。

 ここで逃げ出す、なんて選択肢はあり得ない。

 授業をサボり、わざわざこの場にいるのだ。

 そして何よりも、夢みたダンジョンが目の前にあるのだ。恐れる理由こそあれど、逃げる理由はどこにもない。


 深呼吸、2つ。

 ようやく、心が落ち着いてきた。

 相変わらず恐怖心は鮮明だが、同時に好奇心もいっそう沸き溢れてきた。まるで幼児のように、心臓が昂ってきた。


「……挑むか」


 いくばくかの恐怖心、多大な好奇心。

 相反する感情を胸に、俺はダンジョンへ挑んだ。

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