第23話 本性は悪魔的


 前兆なく、気づけば、ごろ、と落ちていた……完全に不意を突かれた。

 脳が、状況を理解できなかった……。

 幸い、落ちた首は勇者さまのではない。


 ――……であれば、残っているのは……黒猫だ。


 ローサミィが抱えていた黒猫の首が、あまりにも唐突に、地面に落ちた。

 ……複製、とは言え、兄だ。グリルの言い分は、厳しいわけでなければ兄として優しい言葉だったはずだ……にもかかわらず、妹のローサミィは……その愛情を無視して、兄を殺した……。


 あっさりと…………躊躇もなく!!


「ふう、これでうるさいのが消えた……いや、でもまだまだあちこちにいるんだよねえ……。複製体、めんどくさいなあ……」


 首がなくなった黒猫の体を、ローサミィはぽいっと捨てた。捨てたと思われてもおかしくないくらいに、横へ軽く放り投げたのだ。


 そこに罪悪感なんてものはないのだろう……でなければできない行動だ。

 地面に転がる黒猫を見ても、ローサミィは興味を示さない。


 愛情の欠片もなかった。憎悪も……きっとないのだろう。

 興味がないということは、そういうことだ。


「なん、で…………ローサミィ……?」


 分からない。感情が読み取れない。前髪で瞳が隠れているから、ではなく……。それでも感情が豊かだからこそ、行動と表情が合わないのだ。


 兄を殺して、笑ってる……?

 それでも兄への愛情はしっかりとある分、不気味に見えてくる……。


 ローサミィは、一体……、もしかして私とグリルは、大きな勘違いをしていたのかもしれない……。


「えっと、ローサミィ……? お父さまを、仕方なく殺した、って言っていたけど……」


「うん、仕方なかったよ? だって殺さないとこっちが殺されていたんだから――ダメだったかな? もしかして、殺すくらいなら殺されればいいのにって思う人?」


「違う! けど……、じゃあどうして今、笑って…………」


 殺したから笑っていた、とも限らないわけだけど……タイミング的にそうとしか考えらえない。

 予想外の答え合わせがほしかったけれど、ローサミィの答えは予想通りだった。


「その時から、なんだよね……知っちゃったの。だからある意味では、それまでのアタシは死んじゃったのかもしれないね。……アタシは生まれ変わって……今のアタシは、とても楽しいの――!」


 恍惚の表情でそう言われてしまえば、良かったね、と普通は思うだろうけど……内容が内容なだけに、喜べないし、応援もできない。


 ローサミィは、一度の行動で味を占めてしまったのだ。


 ――人殺しに、興味を持った。


「お父さんを殺して、こんな楽しいこと、やめられないなって思ったの。だから魔王軍に拾ってもらって……ここは数ある中で最高の場所だったんだよ――ここだけは、お兄ちゃんに感謝しないとだね」


 ――ありがとうお兄ちゃん。


 そう言ったローサミィは、死体を見つめていた。

 切断し、落ちた頭部の方を見て言っているのは、異常の中でも正常な方なのか……。


 じゃあ、彼女はまともなのだろうか……、そんなわけないか。

 死体に目を向けている時点で異常だろう。

 そもそも身内を殺せてしまうところも、やっぱりまともじゃない。


「あ、……悪魔……」


 ぽろ、とこぼれた言葉。

 無意識だったのだ――正直な、私の本音。


「そ。悪魔だよ? だってアタシ、魔王軍だし」


 ローサミィはまだ幼い子供で、魔王マルミミの作戦に巻き込んだとしても、どうにか殺さないで済むようにしたいと考えていた数分前までの自分をぶん殴ってやりたい。早く正気に戻って!


 ……こんな悪魔を野放しにしていたら、いずれ多くの人間に迷惑をかけてしまう……たとえ彼女が魔王軍でなくとも、殺すべき悪人だ。


 でも、まだやり直しができるかもしれない…………だけど。

 既にこのレベルに達しているのなら、矯正しても、いつでもすぐに曲がってしまうだろう。

 ローサミィが元の道へと戻れることは、きっと、もうないのだ。


 マルミミは知っていたのだろうか……いや、たぶん知らないはずだ。ローサミィを含めて「フーセン魔国」自体を白紙にするつもりなのだ……。


 ひとりひとりの詳細を把握して、「いる」、「いらない」を仕分けしているわけではなかった。


 全てを理解すると、マルミミのまとめて排除するという作戦は、正解だったのだ。

 グリルは「いる」? だろうか……。性格的には、いてほしいけど……彼は殺しに手を染め過ぎている。いくら理由があるとは言っても、自分だけが逃げることを、彼自身が一番「良し」としないだろう。


 結局。


 この兄妹は最初から、救われる道は、なかったのだ――。


「……ローサミィ」

「なにかな?」


「あなたはここで、死ぬべきだよ」

「じゃあ――殺してみれば?」


 無数の糸が――その矛先が、私に向いた気がした。


「魔王軍は裏切りを許さないの。お姫さまを仲間として扱うかどうかだけど……まあ、一時的に、ではあるけど、仲間でいいと思うけどね。だから……仲間の反逆は裏切りになるよ。魔王さまには悪いけど、裏切り者はルールに則って、始末しちゃうね」


 周囲の糸を操作した結果、勇者さまを拘束していた糸が緩んだようだ。

 宙吊り状態から落ちた勇者さまは、地面に伏せたままだった……。


 死んではいないけど、長時間の窒息時間から、意識がまだ戻っていないらしい。目が開かれているけど虚ろなその中身。薄っすらと起きている意識で、現状を理解できるはずもなかった。


 つまり、私のことは見られていない。


 たとえ見られていても、正体まではばれないだろう……。


 黒衣を纏った私といつもの私が繋がるわけがないのだから。


「殺せるなら誰でもいいの。だから…………お姫さまでもね」

「…………」


 ――勇者さま……悪いですけど、あなたの見せ場を……もらいますね!



 影に潜む黒衣。


 忍ぶ者が、今だけは――


 光を浴びて、敵を討つ!!



10


 張り巡らされている糸。私だってそれを利用することができる。

 ローサミィが糸を足場にして跳ねるように移動していくように、私も彼女についていった。もしも誰かが外から見ていれば、私たちは空中を素早く移動しているようにしか見えないだろう。


 ローサミィの方が少し速い……のは、体重の軽さもあると思う。やっぱり自分で仕掛けたものであるし、ぴんと張ったことで生まれるバネを上手く使ったからでもある。

 ローサミィは器用に移動して――消えた!? 後ろ。あっという間に私の背後を取っていた。


「お姫さま、上手だね。でも、アタシほどじゃないよ」


「っっ」

 背後はまずい――すぐに足場を変えて……、あれ?

「……へ?」


 ぐん、と真下へ引っ張られる。どうして? と思えば簡単なことだった……重力だ。体重をかけた糸が不意にたわんで、足場として機能しなくなった……それから、落下が始まる。


「アタシが仕掛けたものだし……アタシが切ることもできるって分からなかったの?」


 ローサミィの戦い方は見たことがある。ぴんと張った糸を切ることで鞭のようにしならせて、狙った場所を細い糸で攻撃する――丈夫な糸は人の肌を簡単に切ってしまうのだ。


 首を狙えば、ごとりと首が切断されるほどの威力で――


「っ!!」


 飛んできた糸をクナイで受け止めるが、全ては防げない。空中にいるのだから……回避も完全にできるわけではなかった。防ぎ切れなかった糸の一部が、私に襲い掛かってくる。


 ばちぃ! と糸が頬に当たった。

 まるで電流が走ったみたいで……、そのまま地面に落下する。


 下に糸が張ってなくて良かったと安堵するけど……つまり周囲は糸だらけなのだ。

 受け身を取って、ごろんと横へ転がる。追撃を警戒したけど、ローサミィは仕掛けてこない。


 一瞬の、ぴりっ、とした頬の痛みが私の足を止めた。

 手の甲で拭うと……血は出ていないけど、痛みと痒みは消えていない。


「上手く避けたみたいだね」


「…………」

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