第20話 vsグリル


「(クインひとりじゃ厳しそうだけど……あの騎士の子はダメそうかな……戦闘向きじゃないっぽい。荷物持ち? ……かも。これじゃあクインがひとりで戦ってるようなものだよ)」


 赤い竜のグリルが倒されたと聞いた時は、三人で協力して倒したのだと思っていたけど、この様子を見るとやっぱり勇者さまとクインのふたりが主戦力なのだろう。


 その主な戦力の片方がいないとなれば、竜一頭を倒すことは難しいか……。


「(私が、影に紛れて手助けを……)」


 魔王軍の内部から、裏切り者の存在を知られないように破壊していく。

 それが、魔王マルミミの計画だった――。


 ここにはいない勇者さまも心配だけど……このふたりのことはもっと心配だ。

 勇者さまと行動していても、勇者の称号を貰えるような実力があるわけではない。


 クインは、侍女としては優秀だけど……(今の私のような戦闘スタイルを得意としている。こういう正面から正々堂々、な戦い方は苦手……でなくとも向いてはいないだろう。戦いにくそうにしているのがよく分かる)――ひとりで竜と戦うのは厳しい戦況だろう。


 しかもグリルの人格を持つ、知恵を備えた竜なのだ。

 人間にできないことを、竜の体を使って猛威を振るってくる。


 影からの手助けは必須だ。

 幸い、グリルのためなのか、グリルが既に動いて切ってしまったのかは分からないけど、ローサミィの糸はない。その分、全員が動きやすくなっている。

 グリルの足止めよりも、自分たちが自由に動けることの方が優先されるべきだ。


「……そろそろいこう」


 穴から飛び出す。光があれば影がある……、壁面の影に紛れながら――影がなければ電球を壊して影を作る。

 下で戦闘をしていれば小さな音には気づけない。巨大な竜がど真ん中で動いていれば、上空で動いている私のことなんて気にも留めないだろう。


 きっと大丈夫……一応、荷物持ちの子の視線には気をつけている。

 視野が広ければ些細な違和感にも気づくかもしれないし……。


 壁面に張り付き、移動を繰り返しながら下の様子を窺う。

 まだ、私がいることは気づかれてなさそうだった。


 良かった、けど……それはそれで私が邪魔をすればふたりはまともに喰らうってことだけど……死角からの攻撃にも警戒しておかないと、と忠告したくなる。

 ……しないけど。そういうのは戦いの中で覚えていくものだ――私がそうだったから。


 経験していないことから人に教えられるほど、私は器用じゃない。


「……う、やりづらいなあ……」


 グリルとは打ち解けていた……、いくら彼から複製された人格とは言え……。裏からふたりを手助けし、間接的にだけど、殺すのは……やっぱり躊躇ってしまう。

 でも、こんなところでつまづいていたら、ローサミィの時はどうするのだ……彼女に手をかける時は、もっと……。


 複製されていないのだから、ローサミィの時はさらに抵抗が強くなるはずだ。


 ……たとえ、魔王軍でも。


 共に生活し、中身を知ってしまえば、「殺すこともないよね?」と思ってしまう。

 魔王軍として今後もたくさんの人を殺すつもりなら……ここで止めるべきなのは分かっているけど……でも。


 ローサミィは、だって……仕方のない殺しだったのだ。その結果、国を追放されて、必死に足掻いて魔王軍に辿り着いた。

 彼女は、魔王軍にいても、優しい女の子なのに……。



「妹さんが大事なんですね」

 と、クイン。グリルの速度が上がった気がした。

「もしかして、先ほど勇者様を連れ去った糸は、その妹さんが?」


 ローサミィの話題を出されたことで、グリルからの殺意がいっそう強くなった。

 その分、動きに隙ができた……、クインはこれを狙って……?


 堅い鱗の間に隙間が生まれ、これならクインの刃が差し込める。


「オレに勝てないからって、妹を狙うのかよ……、それが勇者パーティのすることか!?」


「手段を選んでいる内はまだ余裕がある方です。こちらがそちらをなめている時は、あなたと正々堂々と戦うでしょうけど……残念ながらこちらが劣勢です。そしてギリギリですね……、そんな状況で手段を選んでいれば死ぬのはこちらですから……なりふり構っていられませんよ。あなたの強さを認め、脅威に感じているからこそ、勝つために手段は選びません!」


 妹を盾にしてでも。

 クインは、勝利を求めた。


「……そこまで追い詰められてんのか……」


 理解はした、と。

 それでも、だからって「ここを通す」とは言わないグリルだ。


「こっちは妹を守るために、色々と『犠牲に』してんだよ……逃がすわけねえだろ」

「――ですよね」



「…………」


 グリルの今の発言から、色々と察してしまった……。

 当たってない部分もあるだろうけど、私の思い込みかもしれないけど、だけど……自分の人格を提供して、魔王軍に自分と妹の居場所を作ったのではないか――……兄として。


 自分はどうなってもいいからローサミィだけは助けてほしい……と。それをグリルから持ち掛けたのか、博士が交換条件として提示したのかは分からない。真実は、もう闇の中だ……。


 ふたりに聞いて素直に教えてくれるわけもないし……、博士ならやりそうだった。

 そして、その提案を受け入れることも、グリルは良しとするだろう。


 まだ若いふたりが魔王軍にいて、しかも幹部の位置にいるのは、そういう理由があるのだとすれば納得できる。


 実験体になってでも、グリルは妹のローサミィを……守りたかったのだ。


 それを聞いてしまえば、ますます…………ローサミィを、殺しにくくなった……。


 たとえ、影から手助けをするだけで実際に手を下さないとしても、ローサミィが死ぬ理由の一端を担ったのが私自身となれば、罪悪感は残り続ける。


 忘れるつもりなんてなかったけれど……。


「……ローサミィのことは、マルミミに相談かな……」


 ひとまず後回しだ。今は苦戦しているクインを手助けしながらグリルを撃破することに集中しよう。

 真下の竜はグリルの人格を持っているだけで元々は魔獣だ。ローサミィほど殺すことに抵抗はないし、竜に限らず魔獣ならば害がなくとも討伐対象だ。


 今後、脅威になるかもしれないなら……

『かもしれない』でも対処しなければならない相手だ。


「よし……やろう」

 ――懐に忍ばせておいたクナイを取り出す。

 師匠から貰ったもので――この武器は師匠が魔王軍に紹介したものらしい。

 私は見たことがなかった武器である。


 影に紛れてその存在を周知させなかった武器がもっと他にもあるだろうと予想できる。けど、師匠はまだまだ隠し玉があるみたいだけど、私には教えてくれなかった……まだ扱うには早いのかもしれない。


 ただクナイだけは、扱っている内に手に馴染んできた。他の武器が重たく取り回しづらいと感じるくらいには、私の中では手と足のように動かせる武器だ。


 ちなみに、平べったい武器の「手裏剣」、地面にばら撒き相手の追跡の足を阻害する「まきびし」がある……ただ、まだ私には扱いづらい武器だった。


 まきびしに関しては扱うだけなら簡単だけど、自分で仕掛けた罠に自分が引っ掛かるという自爆もあり得る。

 ……不安があるなら仕掛けない方がいいだろう。なにがどのタイミングで牙を剥いてくるか分からないのだから。


 間違って退路を断ってしまえば――最悪だ。


「…………」


 息を潜めて――そこ!

 クナイを投げ、グリルの鱗の隙間に噛ませた。


 鱗と鱗の隙間が開いたり狭まったりしているのは分かっていた。タイミングを見て、開いたところでクナイを噛ませる……そうすれば、鱗は開いたままになる。


 攻撃をしたわけではないので、グリルは体の一部に違和感を感じていても、痛みがないのであれば重要視しないだろう。私だって傷を作るために投げたわけではないのだ。


 ――隙間が閉じないようにしただけ。たったそれだけのことだけど――。


 でも、ひとつの歯車が狂えば、少なからず、周りに影響を与える。

 ひとつの怪我で全身が万全には動かなくなるように……。


 噛み合わなくなった鱗は、僅かだが、全ての鱗に影響を与えた。

 普通の剣であれば、刃はまだ入らないはずだけど……だけど。


 クインの薄い刃なら、潜り込める。


「………? さっき、よりも――」


 クインが気づいた。でも、訝しんだ彼女はもしかして……罠かと疑ってる?


 気持ちは分かるけど……今の状況でそこに疑問を感じるほど余裕があるわけじゃないよね?


 棒に振るには惜しいチャンスのはずだ。


 その一瞬の躊躇。

 すると荷物持ちの騎士が、クインが動けなくなったと勘違いしたのか、震える声で叫んだ。



「――こっちだっ、お前の獲物はここにいるぞォッッ!!」

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