第19話 ローサミィのクモノス
5
細い糸に引っ張られ、抵抗しても勢いを止めることはできずに通路を飛んでいくギル。
彼がいきついた場所は、広々とした空間だった――ここは、まるで蜂の巣の中のようだった。
周囲の壁には無数の穴があり、その先に来た道と同じような細い通路が続いているのだろう。
空間の真ん中には少女が立っていた。
十歳ほどの……、前髪で瞳を隠した少女である。
「っ、痛っ!」
雑に地面へ叩きつけられたギルはすぐさま体勢を立て直して、剣で糸を切ろうとするが……なかなか切れない。
ぴんと張った糸は細いが、頑丈なものだろう。すると、首に巻き付いていた糸が緩んだ。切れはしないものの……耐久力は想像以上ではないようだ。
緩んだ一瞬の隙を狙ってギルが拘束から抜け出す。
「それ、アタシが解いたんだよ? 勘違いしないで!」
「……なんで子供が、こんなところにいるんだよ……?」
「ここはアタシの管轄だもん。いて当然だよ。子供だからってバカにしてる? れっきとした『魔王軍幹部』なんだけど」
「……君が幹部? 魔王軍にいるだけなら納得だけど……幹部はないんじゃないかな……さすがに騙される嘘じゃないよ。それとも……子供に頼るほど魔王軍は人手不足なのか?」
言いながら、ギルは周囲を観察している。本気で彼女のことを疑っているわけではない……会話で探っているのだ。
怒らせれば冷静さを欠くはず……つまり、ボロが出る。それを狙ったのだが……糸を操るローサミィは、勇者の思惑を見抜いていたようだ。
「残念だけど、カッとなったりしないよ? ここはアタシの巣だもん……罠だってたくさん仕掛けてるし、この場所だったら相手が勇者でも絶対に負けない自信があるの」
ローサミィが歩くと、なぜか彼女が浮き上がっていくように見えている……まるで見えない階段を上がるように、ギルの真上、広がる空間を移動していた。
――糸、だ。
つまり張り巡らされた細く頑丈な糸の上に乗って、歩いている……剣では切れない糸が周囲を埋めているのであれば、迂闊には動けない。
よく観察しなければ見えない糸に、自分からぶつかっていくようなものだ。触れれば当然、柔らかい肌が負けるだろう。
もしも強い力で糸に向かって投げられていれば……、ギルの体が切断されていてもおかしくはなかった。
動きが制限されている……いや、それを理由に逃げるのはやめだ。相手は曲がりなりにも魔王軍の幹部……見た目は子供でも、糸を使った強さは間違いないだろう。
出会い頭ならともかく、罠を仕掛け、万全の準備で迎え撃たれたら……子供とは言え脅威である。糸で行動が制限されていなくとも、勝てないかもしれない――。
「ここと…………ここもか」
剣を振り、近くの糸の位置を確かめる。確認をし出したらきりがないが、大体でいいから予想はしておきたい。
多少、糸で切れても構わないと思って行動しなければ、ギルはこの場から一歩も動けないことになってしまう。
「……面倒な舞台だな」
「卑怯?」
いいや? とギルがこぼした。
これが勝つための作戦なのだとすれば、文句を言うわけにはいかない。
ギルは審判がいて、ルールが存在する試合をしているわけではないのだ……これは戦争だ。
殺し合い。年齢差は、関係ない。
魔王軍幹部と名乗った以上は、勇者ギルの討伐対象となる。
少女だから躊躇う、なんて……そんな失礼な態度は取れない。
「認めるよ――君はオレが、」
「認める? 誰が、誰を?」
ぐい、とローサミィが腕を引いた。糸を、強く引っ張ったのだ。すると、どこからか「ブチッ」と聞こえ、細い糸が鞭のようにしなり、ギルの頬を叩いた。――まったく見えなかった。
すぱ、と頬が切れる。予測不能な方向から飛んでくるのは、見えない鋭利な刃と同じだ。
それがこの空間一帯を埋めている……。少女はその糸の全てを把握し、操ることができる……完全に、ギルにとっては不利な戦場だった。
「どうして上から言うんだろうね。子供だから――女の子だから? 認める、だなんて言葉を吐ける時点で自分が上だって思ってるってことだよね?」
ブチ、と音。
「(――どこからくる!?!?)」
鞭のようにしなって、ギルを襲う糸――今度は足下だった。
服の上からでも関係ない。しなった糸により、ふくらはぎがすぱっと切れた。
反射的に足を引いていなければ、そのまま片足が切断されていた……。
ギリギリの攻防である。
「避けても……そこも糸だよ?」
「っ!!」
ぐ、と背中に感じる抵抗感。今、ギルが寄りかかっているのは糸なのだ。
――飛んでくる!!
しなった糸がギルを襲うが、その一撃を、ギルは剣で防いでいた。ローサミィは「……へえ」と感心した様子で……。防げたのは偶然だった……なんて顔は出さないようにする。
そろそろ糸の動きにも見慣れてきた、というギルの脅威を、彼女にも教えなければ――。
「慣れたの? じゃあ数を増やそっか」
「……は?」
「糸はまだまだ、たくさんあるんだからねっ」
――ギルの背後から。
無数の糸が、襲い掛かる。
6
「あ……っ、うん? 見つけたけど……勇者さまじゃないか」
しばらく歩くと、上下に広い空間に出ることができた。ってことは私は今、中間地点にいるのだろう。……ここまで歩いてきた通路よりはもちろん横にも広い。だけど竜が翼を広げたらそれでいっぱいいっぱいの広さだった……紫色の竜――グリルからしたら手狭な空間だろうね。
漏れる気配に気を付けながら下を覗くと……そこは水場だった。
ちゃぷちゃぷ、と水を踏む音がするから……そう深い泉ではなさそうだ。
ただ浅いとなると、飛び降りてクッションに使うことはできないか……。
「あれは……クインと、あとひとりは……騎士団の子かな?」
クインは当然分かるけど……。騎士の人は、さすがに騎士団の隅々まで団員を把握しているわけではない。会ったことは……、向こうは知っているだろうけど私は知らない。騎士団の中でも偉い人しか顔を合わせたことはないと思うから――……ごめん、と心の中で謝っておく。
私のために命を懸けているのに、顔を覚えられていないとなるときっとショックだろう。
だからって知っているフリをする方が、もしかしたら彼を傷つけてしまうかもしれないし……。
「(会わなくて正解だったね)」
まあ、会ったところで今の私が「あの姫」だとばれることはないだろうけど。
水場では、クインと騎士の子がグリルと戦っていた――勇者さまは、ここにはいないみたいだ。
「ちょこまかと……鬱陶しいな……ッ、これだから小さい敵はやりにくいんだ――!」
「あなたが大きいだけですけどね」
クインが竜の背中に飛び乗り、颯爽と走った。堅い鱗の隙間を狙って剣を突き立て、薄い刃を差し込もうとするけれど……やっぱり弾かれてしまう。
相手に刃を意識させない隙を作るしかなさそうだ。
「……また、グリル……」
グリルの人格が入った生物が多数存在している……その数の上限は、たぶん私の想像よりも倍以上も多いのだろう。グース博士の実験だとは聞いたことがあるけど……一体、どれだけの数の生物に、グリルの人格が入っているのだろうか……。
世界中の竜に、既にグリルの人格が入っていると考えてもいい……?
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