第17話 地下迷宮へ……


『魔王軍の壊滅……、配下……特に幹部が減ったところで、そこにマルミミがいればいつでも再建できる。わしとマルミミがいれば、ゼロからやり直すことはいつだって、何度でもできるのだからな……マルミミがいなくなることだけは避けるべきだ』


 魔王の裏切りは、露見してはならない。

 当たり前だけど、裏切り者に矛先が向くのだ。マルミミは魔王だけど、実力はそこまでではない。幹部たち数人から襲われたらひとたまりもないのだ。


 そもそも、彼は半人前だ。

 魔王マルミミは、ただ空いた席に座っただけ……。


 出発前、マルミミはこう言っていた。


「一度、綺麗にしたいんだよね……フーセン魔国も、魔王軍も。全て父上の負の遺産だ。僕の手にはとてもじゃないけど負えないし、維持する必要もないんだから……。僕はただ、昔に戻りたいんだよ。あの平和だったフーセン王国にさ」


 その理想の最大の障害が、魔王軍の幹部たちだった。


 幹部でなくとも腕自慢たちは、魔王マルミミであっても説得はできないだろう。ゆえに、敗北してもらうしかなかったのだ。


 勝った方が正しい。言葉はいらない。効力は絶大だと言えた。

 だから勇者に縋った……魔王軍に関与していない外部の人間で、最も強いとされている(噂だけど)のが、勇者だったから――。


 勇者を誘き出す餌が必要だったのは、すぐに分かった。その餌に私が選ばれたのも、私以外に適任はいないってくらいに、はまっていたのだ。


 私は勇者ギルを動かすためだけに攫われた、駒なのだ。

 そんな理由で、五十日近くも魔王城に閉じ込められて……。ただ、魔王城の設備のおかげで、ただじっと待っているお姫さまにはならなかったけど。


 お姫さまらしくないお姫さまになってしまったかもしれない……、それもこれも勇者さまが遅いせいだ。もっと早く魔王城に辿り着いてくれれば、応援できるのに……。


 今では勇者さまの想定外の実力に、助けが必要な場面が多かった。毎回、偶然によって助かってはいるけれど、これが長くは続かない……だから忍ぶ者が必要だった。


 今の勇者さまでは、物陰からのサポートがなければ幹部には勝てないだろうし……。


「タウナ姫がお膳立てさえしてあげれば、勇者だって察して、戦ってくれるんじゃないかな?」


 と、マルミミは言っていたけど。……気づかれないのが理想だ。いくら影の者とは言え、中心にいたら誤魔化せない。今、勇者さまと私が旅の半ばでばったりと出会うのは避けた方がいい……モチベーション的な意味でも。


 姫がいない魔王城に、勇者さまがいく理由はないのだから。


『……足跡、見つけたゼ?』


 久しぶりの口調だった。もしかして一周した?

 猛吹雪の中、博士は一体、なにを手がかりとして勇者の足跡を追えたのだろう……?


『どうやらあの蜘蛛女が持ち帰ったみてェだな。……場所は、積雪のさらに下――か。雪に埋もれた村……のさらに下の地下迷宮に、勇者は引きずり込まれてる』


 まるでアリジゴクのように。

 そんな彼女は蜘蛛のようであり、彼女の兄は、竜である。

 私が知るグリルが、何頭目の竜なのかは知らないけど。


 なんにせよ、勇者さまにはちょっと荷が重い相手かな……?

 って、こんなことを私が言うのもおこがましいか。


「……ローサミィと、グリルが……」


 そう言えば、最近は姿が見えないと思っていたけれど(私が鍛錬に夢中になり過ぎていたせいもある。生活のすれ違いくらいあるだろう)……まさか勇者さまを引きずり込んでいたとは。


 魔王のため、勇者さまを始末しようと動くのは幹部の役目だ。まだ幼いふたりだけど、実力は折り紙付き……特にグリルは体がいくつもある。


 竜を筆頭に、人間の知恵を持った生物がたくさん、敵として立ちはだかっていると思えば、脅威は想像以上にあるだろう。


 そんな兄に隠れて、妹のローサミィは「蜘蛛」と呼ばれていて、糸を張り巡らせる戦い方を得意としている。……設置型トラップって優秀だし、設置していなくとも、彼女の糸は便利だ。扱う技術も充分にある。


 私も体験したけど、首を吊ってしまえば、ローサミィの力でも簡単に絞め落とすことができる……、一度でも捕まってしまえば、逃げられない。


「この下にいるの?」

『掘っていこうとか考えてるのか? やめときな、アンタの指が使い物にならなくなるゼ、プリンセス――』

「でも埋まってるんでしょ? じゃあ掘るしかないじゃん……っ」


『しかないわけじゃないが……蓋がある。指示してやるからそこだけ掘ってみろ。闇雲に探して見つかるようなものじゃねェよ。雪で隠れることを見越して、地下への蓋は無防備にしているみたいだからな――元々、ここは猛吹雪でなくとも豪雪地帯ではあったわけだゼ』


 へえ……ためになる話だった。

 大災害以前から、吹雪ほどではないけど、年中気温は低く雪も多く降っていたようだ。白く積もるわけではないけど、地面が滑りやすくはなっていた。他国のことをそう詳しく知らない私からすれば、そういうお勉強は新鮮で楽しい。


『勉強しねえの?』

「『して』、それを『覚えている』のは、また違うよ」

『意味ねェな』


 博士は飽きれていた……博士からすればそうだろうね。


『……旅人の多くは地下道を使うことが多い。……ローサミィは勇者がこの道を使うことを踏んで罠を張っていた……ようだのう。あの子も賢くなったもんだ――』


 まるで孫の成長を喜ぶようだった。実際、年齢差はそれくらいなのかもしれない……博士の実年齢にもよるけど。今の人格だったら、その感想は似合ってはいる。その言葉が出たということは、やっぱり本物は老人で、少女ではない……? いや。


 自分を老人と思い込んでいる少女かもしれない。――って、複雑過ぎるでしょ。

 でも、だとしたら本人さえも分からない答えなのかもしれない。

 どれだけ掘っても届かないところに、既に答えは埋まってしまっていて……?

 真実がこのまま明かされないこともあり得そうだ。


「蓋、蓋、蓋――あ、あった……これだよね?」


 足下の雪をかきわけて探っていくと、鉄の蓋があった。取っ手があるので持ち上げやすい。スムーズに、地下への穴が開かれた。


 先が暗い……と思っていたけど、電球がたくさんあったので、想像よりもかなり明るい地下道だ。少しは薄暗くあってほしかったけど――と、一応、忍ぶ者の目線で不満が出てしまった。多少やりにくいけど、活動に支障が出るわけじゃなさそうだ。


 白い衣服を黒衣に変化させる。気温の変化で変わるらしい……これが科学力らしいのだ。だけどまだまだ改良途中らしくて、白か黒か、しか選べない。たまに不調で、中途半端な変化で止まってしまう場合もあるらしいので、背中あたりは注意深く確認しておかないとならない。


「背中も黒一色……うん、成功だね」


 白い部分は残っていなかったので一安心だ。


『プリンセス……通信を切るぞ、探知されたら困るからな』


「グリルに見つかる? それともローサミィ? ふたりとも野生の勘で、とか?」


『かもしれない。ローサミィは独自の感知の仕方があるとは思うが……注意していたのに通信機器でばれるのはもったいないだろう? だから切る――ここから先は手助けできんが、もうひとりでも大丈夫だろう?』


「最初から手伝ってとは頼んでないけど……」

『手伝っていなければ、未だに雪の上で迷っていたのではないかね?』


 それは……あり得る。

 いずれ見つけていたとは思うけど、今のように短時間で見つけられたわけではないはずだ。


「それは……ありがとだけど……」

『この先はひとりだ、がんばりたまえよ、プリンセス――』


 もしも勇者さまが捕まっているのなら、彼を助け、陰から補助をして、ローサミィとグリルを倒す……それが魔王マルミミからのお願いだった。


 でも……、立場的には敵なんだけど、魔王城で一緒に過ごしていれば情も移る。私が手を出さないとしても、グリルはともかくローサミィを目の前にして、まだ幼いあの子が勇者さまに倒されるところを、私は見て見ぬフリができるだろうか……?


「…………」


 でも、あの子だって魔王軍の幹部だ。


 ――はぐれ者で、戦士だ。


 だからこそフーセン魔国に辿り着いた。……父親を殺して、追放された少女――。

 望んで殺したわけではない、とは言え……同情の余地もある……それでも。


 あの子が勇者さまと、己の正義に従って戦うと言うのなら、同じ刃が私にも向けられることを覚悟していなければならない。


 その結末として、あの子が死ぬことも――。


「魔王軍の壊滅ってことは、そういうことなんだよね……」


 瀕死であれば再び動き出してしまう。敵を逃せば裏切った魔王マルミミの命も危ない。そのため、手を出すのであれば徹底しなければならないのだ。


 二度と、相手が起き上がってこれないように――。

 今回の裏切りは、そういう道だ。


 陰から、とは言え……私が選んだのはもしかして、身の丈以上の大役なのでは……?

 今更だったけど。

 その場にいるだけで成立していたお姫さまでは、もうない。


 ――もう、ただのプリンセスではないのだから。




 明るい地下道を進む。できるだけ影になっている部分を進んでいるけど……向こうから人がやってくれば間違いなく気づかれるはずだ。ばれなかったらこっちがびっくりする。


 極力、足音は消している……気配だって同じように。

 それでも、目の前に立っていれば、「見えなかった」なんて奇跡は期待できない。


「うわぁ……」


 思わず声が漏れた。

 気配を消しているのに声を出すのは……呆れてしまうくらいの悪手だった。


 でも、声を出してしまうのも無理ない。だって……目の前。

 蜘蛛の糸よりもさらに細く、注意深く見ていなければ分からない糸が張られていた。

 足を引っ掛けるようなものじゃない。

 これに体が引っ掛かった場合、抵抗もなく切れてしまうものだろう。


 切れた時の力のかかり具合で、侵入者を感知する……そしてかかった獲物のその規模を伝えているのだ。間違いない……ローサミィのやり方だ。


 可愛い顔して仕掛けるトラップは入り組んでいるものだった。


「上にも下にも……これ、どうしようかな……」


 引き返す? いや、道を変えたところでローサミィがいる部屋に繋がる道には全てこれが仕掛けられているはずだ。だったら引き返したところで意味はないはず……。どうせどの道からいってもこのトラップに当たってしまうのだから。


 忍ぶ者としては……そうでなくとも、引っ掛かりたくはない。できるだけ痕跡は残したくないのだ。……どうせ目撃者は倒すのだから、と敵にばかり目を向けているのもまだ甘い。勇者さまだけじゃない、私が裏で暗躍していた、という痕跡は絶対に残したくないのだから。


 この糸は回避したい……けど、どうやって?


「痛いからやりたくないんだけど……うーん…………、仕方ないか」


 少し躊躇ってから――ゴキ、と、音を鳴らす。慣れていないからやっぱり痛い。

 まだ痛いね……使い慣れるまではまだまだ時間と回数がかかりそうだった。


 外に音が漏れないように意識していても、やっぱり無音は難しかった……仕方ない痕跡かな? 関節を外す音は、意識していなければもっと響いていたはずだ。

 各関節を外して体をぐにゃぐにゃにする。軟体生物のように、通路の地面を這う。


 目の前、通路に敷き詰められていた糸の集合地帯を通り抜ける――安全地帯まで到達した後は、今度は外した骨をはめ直して……元通りに戻してから立ち上がった。

 ――これで回避成功だ。


「ふう……。これでたぶん、ばれてないとは思うけど……」


 音……が、糸を揺らしていたら分からない。

 まあ、ばれていたら……その時はその時だ。未来の自分に任せるしかない。


「……さて、勇者さまは……どこ?」


 攫われたお姫さまを放置して寄り道している騎士さまの背中を叩いて、急かさないと。


 このまま勇者さまに任せていたら、あと一年ほどは待たされるのではないか……、冗談ではなく、魔王軍の層の厚さを考えればそれでもまだ早い方だった。


 さすがに私も、待てる限界があるからね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る