第4章
第16話 勇者さまを探して
1
勇者の足跡はアカッパナー地方の北東で消えたらしい……。
雪についたであろう足跡は当然、人が通ったという痕跡もない。なぜなら痕跡があったとしても時間が経てば全て積もった雪で上書きされてしまうからだ。
足跡はつけたそばから消えていく。振り返れば自分がどこからやってきたのか、記憶だけでは確かなことが分からない。……タウナ姫は退路を断たれたも同然だった。
勘で戻ってもいいけれど……確実に迷うだろう……その自信がある。
勇者に続いて遭難する――ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。
「ふう、ふう、ふう――……気温はマイナス……だけど、ぜんぜん寒くない……」
纏う黒衣は、今は白くなっている。普段、その衣服が黒いのは物陰に溶け込めるように、だ。今は白い雪の中である。溶け込むのであれば、やはり同色であるべきだ。
薄い生地に見えるが、防寒性能はばっちりだった。
同色の白いマフラーで口元を覆っているが、仕方なく露出してしまう肌も当然ある。僅かな隙間から冷気が入り込み、全身が冷えてしまうことも珍しくない。
だが、タウナ姫は健康そのものの体温を維持できている……。衣服の内側は常に平均体温と同等か、それ以上の体温で保たれており……タウナ姫にとってはよく分からない科学技術だ。
中央地方からやってきたと自称している「グース博士」……彼、いや彼女? とは、まだ一度も会ったことがない。
魔王城にいるとは聞いているが……どの部屋にもいないのだ。城内地図に表示されている部屋にはいないようだから、隠し部屋にいるのだろう。
忍ぶ者、ガンプのように普段は姿を見せない人なのかもしれない。
彼(彼女?)の所在は、魔王マルミミでも掴めていなかった。
マルミミはこう言っていた――
「連絡が取れるなら顔を出す出さないはこだわらないよ。こうして中央地方の国で独占されて続けてきた科学力を、惜しげもなく利用できるなら、『彼女』の技術力はありがたいからね」
「彼女? じゃあ……女の子なの?」
「さあね。噂によれば性転換しているとも言われているし、老人なのか子供なのかも分からない。どれも正解かもしれないし……ひとりかどうかも怪しいものだ。すれ違えば女性、振り向けば老人、声をかければ少年少女。写真を撮れば獣の姿……は言い過ぎかもしれないけど。そう言われるくらいには正体不明なんだ。ただ……僕が知る限りでは、活発そうな女の子だったよ。だから彼女って呼んでいるんだけど……」
映像のコマ送りのように変化している中、偶然、その一コマを見ただけの可能性が高い。
「彼女が姿を変えているのか、僕たちの目になにかを仕込んでいるのか……分からないけど」
それもまた、未知の科学力である。
2
『――おうおうおーう、困ってンなら、手伝ってやってもいいゼ、プリンセスさんよォ』
防寒対策として深く被ったフードの内側から声がした。……え、誰? 仕込まれていたスピーカー……かな? 正体不明の博士から提供された防寒着だ、中に盗聴器やスピーカーのひとつやふたつ、仕掛けられていてもおかしくはない。
声は、女の子だった、けど……口調は男っぽい。というか乱暴者だ。私が普通に生きていれば出会わなかったであろう性格の人だろう。
女の子の声……ではあるけど、いくらでも変えられる声を信用するのも、勘違いの原因になるだろう。聞こえている声は疑うべきだった。
でも、伝えてくれる情報は鵜呑みにしても問題はなさそうだ。
「じゃあ手伝ってくださいよ。報酬は奮発して……マルミミが払ってくれると思うので」
『人使いの荒いプリンセスじゃん』
「……嫌なんですか?」
『そりゃ嫌だろ……生意気だし、気が強いプリンセスには親切したくねェって、思うだろ……あーあー、そうやって喧嘩腰でくるならその服、今すぐ分解して、裸で遭難させてやってもいいんだゼ?』
「私が悪かったですからここでそれだけはやめてください……っ!」
洒落にならない。やってみなさいよ、と言えば、本当に裸で猛吹雪の中に放り出される予感がした。ここは念のために下手に出ることにした……。脅しが実現不可能ならそれでいいのだ……万が一、服を奪われてしまえば……勇者さま探しどころではなくなる。
それに。
勇者さまを陰からサポートし、魔王軍壊滅に手を貸すこともできなくなる――。
「……博士」
『博士……いいじゃん、それ、良い響きじゃん?』
「あなたが呼べと言ったんでしょうが……っ!」
通称グース博士……らしいけど。もちろん本名ではないと思う。見た目が定まっていないのに名前だけ正しいというのもおかしな話だ。
嘘で固めた博士は、なにひとつ真実を語っていなかった。
「ところで博士。あなたもマルミミ側……でいいんですよね? 少なくとも敵……ではなさそうですけど。加担する気もなく中立を取りたがっているようにも見えます」
魔王マルミミの思惑が漏れるのは致命的だ。その上で、正体を明かさない博士は、裏でなにをしているか分からない……、信用できるの?
できないとなれば、博士は明確な敵となる。その時、不利益を被るのはこっち側だ。だからマルミミは「博士は信用できるよ」としか言えなかったのかもしれない……。
確定させなければ不利益もまだ分からないままなのだ。
博士に協力を要請する気がなかったとしても、博士側が独自に調べてマルミミの思惑に気づいた可能性もある。……であれば、弱味を握られる前にこっちから明かしてしまった方が主導権が奪われにくいと考えた?
胡散臭いこの博士を、思惑の内側に引き入れるなんてハイリスクなことをする理由はそれくらいしか思い浮かばなかった。
『今はプリンセス側でいいぞ。オレ「たち」は面白い方につくからな』
気になるところはたくさんあるけれど、特に気になったのが、ここだ。
「……たち……?」
『ひとりかと思ったか? オレが複数人いたところで、なぜ疑問を抱く?』
「…………」
『優秀な人材は増やせばいい。一から新人を育てるより、ベテランを増殖させた方お手軽で確実に結果を出せる――とは思わんかね?』
秀才だけを狙って増やす。結果だけを求めているなら適した方法かもしれないけど――結果以外がなおざりになると思う。それを良しとするかどうかは、私が決めることじゃないか。
すると、気が付けば、やや、博士の口調が変化してきている。博士は複数人いるのではなくて、いくつもの性格がひとつの場所に溜まっているのかもしれない……グリルとは逆だ。
同じ人格を別の個体に入れて増やすのではなくて、別の人格を同じところに集めている……博士はそれを切り替えている……?
変化は時間と共に、グラデーションのように変化していた。
「……味方、でいいんですね? そう思っておきますよ?」
『好きにしたらいいじゃん。少なくとも、ここでマルミミの計画を敵対者に明かすのは面白くない。だったらわしは黙っておくさ――魔王軍の壊滅か……それでわしにデメリットがあるわけでもなし……じゃんよぉ』
「……二重人格どころじゃないね……」
『さて、何重なるのだろうなあ……プリンセス?』
――視界は相変わらず真っ白だ。猛吹雪の中、積雪が膝まできている。
視野が狭くなるのも仕方がなかった。
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