第15話 魔王の秘密


「――師匠、見つけた!」


「ほお、よくぞ見破ったな。息を潜め気配を殺した某を見つけるとは……要因はなんだ? 足跡は残しておらんし、匂いももちろんのことだ。タウナ、おぬしはなにを見て某を見つけた?」


「うーん……私だったらここに隠れるかなって」


 地下の訓練場で、今日も師匠と鍛錬だ。岩壁に描かれたリアルな外の世界。閉鎖空間だけど、山岳地帯だ……。目だけでなく、毎日ここにくれば、もうすっかり脳も騙されていた。それが良いことかは分からないけど……私にとってここはもう、本物の山岳地帯と変わらない。


 山岳地帯に寄せているのは描いた景色だけではないので、より騙されやすくなっていた。

 ……私が単純だからってわけではないのだ。


「なるほど……某と似た思考をするようになったか……成長したじゃないか」

「そうかな……?」


 えへへ。

 すると師匠の姿が消えた。気づけば、私の足が払われ、バランスを崩す――やられた!?


「わっ!?」

「油断したな?」


 足が真上へ。だけど好都合――私は自然と笑みがこぼれていた。


 師匠は追撃をしなかった。それは師匠の油断……ではないのだろう。たぶん分かっていながらも、私みたいな可愛い弟子を取ったのが初めてだから……本能的に追撃ができなかったのかもしれない。師匠はそういう甘さが随所にあったりするから……まだまだだね。


 片手を地面について体勢を立て直す。逆立ちのまま跳ねて、距離を調整――上がっていたかかとを思い切り振り下ろした。渾身のかかと落としだ!!


 ――けど、そこはやはり師匠だった。私のかかとを腕で受け止める。


「あっ」

「いい技だ」


 真上に弾く。今度こそ私の両手が完全に地面から離れた。――空中だ。

 ぎり、と歯噛みするけど、意味はない。空中で身動きが取れず、今の私はなにをされても回避も防御もできなくて――……師匠の前でこの状態は最悪だった。


 一瞬さえあれば、師匠は私を、どう料理することもできるだろう。


「その黒衣が似合ってきたかと思えば、まだまだだな――もっと励みなさい、タウナ」


 師匠の肘が私のみぞおちに思い切り突き刺さ、「うげぇぉ!?」……女の子が出してはいけない声が漏れて、視界が回転する。


 涙で視界がぼやけてよく分からないまま、私は地面を転がって壁に激突。……かはっ、と呼吸が戻るまでしばらく時間がかかった。


 みぞおちの一撃が強烈過ぎて、地面を転がって壁に激突した時の痛みなんてまったく感じなかった……感じないだけで体は覚えているんだけど……だから起き上がれなかったのだ。


 くの字のまま気絶しそうだったけど、なんとか持ちこたえる……以前までの私ならここで吐いて気絶していたから……ちゃんと成長しているんだなあ、と再確認できた。


 動けなかった時間は、しばらく、と言ったけど十数秒……早い方だと思う。それでも実際の戦場でこれだけの時間も倒れていたら追撃されて死んでいただろうけど。


 だから、もっと早く復帰できるようにならないと……。


「タウナの成長速度はかなり早いな。……まあ、比較がないから早いと言えるか分からんが……」


 師匠の評価は厳しかった。……嘘でも褒めてくれればいいのに……。


「……それでもマルミミよりは早いとは思うがな。あいつの場合、既に下地があったのが良かったのかもしれんが」


 マルミミよりも……。へえ、そうなんだ……。


「う、ししょ……」

「顎から垂れている涎は拭いておきなさい。一応、お姫様だろう?」


「え……。あ、そうでした……」

「忘れていたのか?」


「はい……だって……。もうこっちの生活で、慣れちゃったから……」


 忍ぶ者として。

 お姫さまの立場とは、真逆だった。

 今の私は、表舞台には立たない、「影」の存在だった。


「ふう……よしっ、師匠! まだまだいけます!」

「休憩だ」

「え。でも、私、まだいけます――」


 両拳をぐっと握ってアピールするけど、師匠は首を左右に振った。


「やる気の問題ではなく、某の問題だ。悪いがこっちも老いがある。疲れたから休ませてくれ」

「えー」

「師匠を労わりなさい、バカ弟子」


 構ってほしくて唇を尖らせるけど、師匠は相手にしてくれなかった……疲れているのは本当みたいだ。


「(生意気だが、欲望がはっきりしている分、かわいいものだ。……元々忍耐力はある方、みたいだな……わがままと愚痴ばかりで『ない』と言えばそうなのだが……。しかし、いくら文句を言っても投げ出さなかったのだから……自分から始めたことであれば堪えられるのだろう)」


「師匠が褒めてくれてる……」


「(コツを掴むまではぐるぐると同じ場所を回ってしまっている時もあったが、コツを掴んでしまえば習得が早い。文句を言ってもなんだかんだとついてくるし……マルミミとはまた違うタイプだな。あいつはこれと言った苦戦の波もなかった。だがタウナは波こそあったが、苦戦した部分もあればあっさりと習得した部分もある……結果的に成長速度はそこまで変わらな――ん?)」


 そこで、師匠が私を見た。


「…………タウナ、某の心の声を読んだのか?」

「え、口に出してましたけど」

「出してはおらん。喉で呟いただけだが……それも既に分かるようになっていたのか……?」


 師匠は驚いているみたいだけど、私からすれば「聞こえた」って感じだけど。だから特別なことはなにもしていない。気づかない内に、できないことができるようになっていたみたいだ。


「分からないけど……そうなのかも……?」

「おぬしの前では警戒しないとな……」


 師匠にそこまでさせたことに一番の成長を感じた。


「ふふ……じゃあ瞑想してようかな」


「休めと言ったんだが……」

「瞑想は休憩でしょ?」


「ただぼーっとされても、それは瞑想ではないんだが……まあいい。気楽に瞑想ができるなら、そういう認識でもいいのかもしれんな。タウナにとっては合ったやり方なのだろう」


 渋々、師匠は認めてくれた。


「……だが、肯定はせんぞ。とにかく、今日は瞑想しなくていい。個人的に自室でする分にはなにも言わんが……。そうだな……休憩しながらでいい、マルミミのところへいくといいぞ」


「マルミミのところに? なんでですか?」


「兄弟子だろう? 今は魔王として、玉座に座っているだろうな……そろそろ、今後の方針を伝えられる頃合いだろう――某から促された、と言えば、マルミミも分かるはずだ」


「…………?」


「分からなくていい。答えを見つけるためにいくなら、モチベーションになるか?」




 師匠の指示なので従わないといけない。って言ったけど、嫌なわけじゃない。訓練場は魔王城の地下なので、地上へ上がることになる。でも国自体が浮いているので、地上よりも上にいる……のに、地上へ上がると言うのはおかしな感覚だった。


 修行で出た汗を流して、師匠とお揃いの黒衣から着替える。……もうお姫さまとか囚われているとか関係なく、普段通りのラフな格好だ。さすがに寝巻ではないけど……。さすがに打ち解けた相手しかいなくとも、薄いレース生地を纏っただけの衣服で城内は歩けなかった。


 いくつかある中から、薄手のワンピースを羽織って……魔王マルミミの部屋へ向かう。


 遠い昔のように感じる、我が家のお城の赤い絨毯を思い出しながらそれを辿っていくと、鉄でできた重たい扉が見えた。

 両手で開ける必要はない。軽くノックすれば自動で開くようになっている。


「……遅かったね」

「え。いくって言ってないよね?」

「師匠から連絡があったんだけどね……あー、うん、シャワーを浴びていたのか。……いいけど」


 すぐにくると思って玉座で待ってくれていたのかもしれない。それは悪いことをしたかも……。と思ったけど、「でも、調べれば分かったことなんじゃないの?」と、マルミミの横着のせいなのでは? と、共犯者を作ることにした。だから誰も悪くはないのだ。


 誰も悪くないし、みんな悪い。

 私も悪いけど……マルミミも悪い。


「マルミミも悪いよ?」

「責めてないよ?」

「目が責めてるんだよ……っ!」


 口に出していなくとも、目は口ほどに……だ。


「思っていても言わないよ。僕は君じゃないんだから」

「もうそのチクチクとした言い方が怒ってる証拠なんだけどさ……」


 このままだと不毛な言い合いが続くだけになりそうだ。マルミミも、それに気づいてくれた。

 さっさと話題を変えてしまおう――本題に入る。


「師匠から『いけば分かる』って言われたんだけど……なに、なんなの?」


「ああ、そうだったね……そろそろ、伝えておくべき頃合いだと思ったんだよ。師匠お墨付きの強さを手に入れたみたいだね。君にとってはまだまだ発展途上なのかもしれないけど、あとは実戦を積むしかないと思うよ? 身内だけでの修行には、限界があるからね……」


 それは私も感じていたことだ。楽しいだけで続けていたらどんどんと成長していった……けど、ここから先を求めるとなると、今のままでは限界が近い。なにか、変化がないと――。


「だから地下にこもって鍛錬するよりも、外に出た方がいい……君はもう囚われの姫じゃない。僕の配下であり、魔王軍、軍隊長ガンプの弟子だからね。僕の指示に従う義務がある」


 義務がある……ある? ないと思うけど……。


 でも、あってもなくても関係ない。忘れそうになるけど、私は部外者で、マルミミは魔王なのだ。囚われの姫だから命は奪われないと保証されているようなものだけど、マルミミの気分次第で、私はすぐに殺されてもおかしくない状況にいる。今の私の状況はマルミミが許してくれたおかげだから……彼のお願いを無下にすれば、私はここで殺されてもおかしくはない。


 指示の内容次第ではあるけど……私にできることなら、指示を受けたらがんばるけどさ。

 ……それに。


 マルミミからのお願いを断るのは、断りづらいのではなく、断ればなんだか負けた気になるので断りたくない、というのが本音だった。


 私の中で、マルミミは兄弟子というよりは人間的に弟、って感じもする……弟がお願いしてくれば、お姉ちゃんは断りたくないのだ。


「おほん。……私に任せてよ」

「なんで自信満々に胸を張っているのか分からないけど……やる気があるなら嬉しいよ」

「マルミミの配下ではないけどね。でも……マルミミがどうしてもと言うなら聞いてあげる――私が」

「じゃあそれでいいよ」


 ……なんか軽い。

 呆れた様子なのがまた……ちょっとムカつくけど、許してあげることにした。

 マルミミにだってそういう気分の時もある。一応、彼は魔王なのだから、彼を立てるべきだ。

 この場には私とマルミミしかいないけど。誰に見せているのだって話だ。


「……マルミミってさ、玉座に座っても魔王って感じしないよね」

「自覚してる。僕に王の風格はないんだよ――だからお願いがあるんだ、タウナ姫」

「ん? だから……?」


 気になったけど、ここは頷いておく。マルミミは、どんなお願いをするつもりなのか……。

 ごくり、唾を飲み込む。

 その音が、全身の隅々まで響き渡った気がした。


 なにを言われるの……? たぶんマルミミからすれば、「ちょっと買ってきてほしいものがあるんだけど」くらいな感覚なのかもしれないが…………場が、緊張していた。


 向き合って、魔王からあらたまってお願いされると、ここまで緊張するの……?


 ――風格、あるじゃん。



「タウナ姫――――僕と一緒に、魔王軍を壊滅させようか」



「……………………………………………………………………………………はあ?」

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