第14話 経過「四十九日」
3
「…………大きな命が消えたな」
「ふむ。グリルがやられたか」
「いや、オレここにいるんだけど……」
魔王城の地下。
足を組み、描かれた青空の下、瞑想をしている三人が地上の戦いの決着に気づいた。
まだ若いグリルが気づけたのは、消えた存在があまりにも大きかったおかげだろう。人間のひとりやふたり、いなくなったところで感知できるわけもない。
ただ、ガンプとタイテイなら気づきそうではあるが。
「……あの勇者が、まさか加護を受けたグリル(竜)に勝利するとはな……少しは成長したらしい」
「いや、敗因は勇者ではない……後ろをついて回っていた荷物持ちの方だ。勇者と比べてしまえば実力に大差があるものの、しかし、我々にとっては天敵かもしれんぞ」
「?」
タイテイが眉をひそめる。
彼にとって、天敵であれ敵であれ、潰す対象であることに変わりない。加減をしても油断はしない彼からすれば、敵は敵である。天敵であるから負ける、という理由は理解できなかった。
「我々が加護を受ける条件には当てはまらない存在かもしれん……まあ、今もそうかは分からんが……」
「とにかくさ、これでオレの人格が入った竜がいなくなったわけだろ? なら、オレとしては嬉しいけどね。実験でたくさんのオレが生まれるのは、正直、気持ち悪いからな――」
「今も生まれているのであれば、たた一頭が減ったところで、変わっていないとの同じだろう……減る数が生まれる数を上回るとは思えな――まあ、言わぬが花か」
「ほぼ言ってるだろ師匠!!」
「地上に知恵を得た魔獣を解き放ち、生物の指揮を執るつもりか……? そういう実験は、奴の十八番ではあるが……」
グリルのコミュニケーション能力に期待をしているのかもしれない。
……ただ、他にももっと適した人材がいそうなものだ。
「スージィ先生の人格でもいいじゃん、と思うけど……」
「できない理由でもあるのだろう。おぬしの人格が最も使いやすいのかもしれんな」
グリルは選ばれたのだ。
そう言われて嬉しくないと言えば嘘になる、と思うのは、まだまだ彼が子供だからか。
「仕方ねえなあ……オレが手伝ってやるかー」
「っ、ふふ。ちょろいよね、お兄ちゃん」
瞑想中の背後から、妹のローサミィが顔を出した。修行の場に顔を出すのは珍しい……。一応、ここは隠された訓練場である。知っていても、これだけの人数が集まることも珍しい(普段はタイテイ、グリル、マルミミなどが被らないように利用している)。
……今日はなぜか、混雑していると分かっていながらも、みな、この場に集まっている。
目的は修行ではなく、会いたい人を求めて、か――。
「用件は……タウナか?」
「うん。師匠、囚われのお姫さまはどこにいるの?」
「マルミミと修行中だ。……そうか、忘れていたが、あの娘は囚われの身なのか」
忘れそうになるが、立場的には捕虜なのだ。魔王城の中を自由に動き回れるので、捕虜とは言えないかもしれないが……。外には出られないので、魔王城自体を大きな牢屋とすれば、ほぼ自由で、快適に過ごすこともできる捕虜と言えるのか。
苦しめるつもりがないなら、自由にさせているのは理に適っている。できるだけ長生きさせ、勇者を誘き寄せるための餌が目的であるなら、不満が出る環境に置くのは間違いだ。
ストレスで自分の舌を噛まれても困る。
ただ、過度なストレスで言えば、修行は大きな負荷として当てはまってしまうのではないか?
「お姫さま、楽しそうに修行するよね……」
「元々運動神経は良いのだろう。ただ、これまでは立場があり、親の意向もあって伸び伸びとはできなかった――これまでの溜まりに溜まった不満がここで発散されているのかもしれん。修行を苦痛と捉えず自分らしくいられる場と考えているなら、向いているのかもな」
伸び伸びと修行をすれば飲み込みも早い……成長もするだろう。言われたことを黙って淡々とやるのと、前向きに意味を考えてやるのではやはり違う。後者の方が伸びが大きいのだ。
「……あんなにも好戦的な姫を見たのは、初めてだ」
長い歴史を振り返れば数人くらいはいそうなものだが……、実際、大昔にはいたようだ。ただ、そういう姫は最初から武闘派だった。戦場にも嬉々として出ていっていたようだ。
だがタウナ姫は違う。お飾りの姫から、体作りと実戦での鍛錬を積み、実力をつけた姫はこれまでに見たことがない。
……もしかしたら。
「……囚われの姫を救おうと旅をしている勇者よりも、あの子は強くなってしまうかもしれんな」
4
修行を開始して一ヵ月が経った。
タウナ姫が攫われて、既に四十九日が経過している。
勇者の足跡はアカッパナー地方の北部、ケンダマ王国の付近から動きがなかった。大災害による環境変化による吹雪地帯で、遭難をしているかもしれなかった。――消息不明、と判断されてから半月ほど……雪に埋もれ、亡くなっている可能性も考える必要がある。
「……想定外だよね」
そう呟いたのは魔王マルミミだった。
「なにがですー?」
仰向けになって両手でダンベルを持ち上げていると、覗き込んできたのはスージィだ。彼女はマルミミが持ち上げたダンベルを支え、補助をしてくれている……マルミミからすれば補助は必要ないのだが、寂しがっている彼女を見れば、いらないとは言えなかった。
スージィが過保護なほどに面倒を見ていたタウナ姫が、今日はきていなかった。体作りがほとんどできている今、ジムよりも気持ちが別のところへいってしまっている。それが悪いことではないと分かってはいても、指導者としては寂しさが残るのだ。
最近では、タウナ姫は地下の訓練場に多く足を運んでいる。そのため、なかなかジムに顔を出してはくれなくなっていた。そのせいでスージィは寂しさに加え、苛立ちと嫉妬心……諸々を含んだ喜怒哀楽がマルミミにぶつけられているわけだ。
「いや……勇者ってさ、もっと強いと思っていたから……まさか雪国目前で遭難するとは思わないじゃないか」
遭難した、とはまだ決まったわけではないが、彼らの足跡を追えば、どんなアプローチをしても雪に埋まって死亡している、としか、結果が出てこない。
遺体が発見されていないとしても、あの積もった雪の中から探し出せというのも難しい話だ。……見つからないだけで、十中八九、死亡していると誰もが判断する。
「同年代だし、僕のライバルになると思っていたんだけどね……」
「マルミミのライバル? ぷっ、無理無理ですよ、加護を受けたマルミミに、勝てるどころか張り合える人物なんてこの世界にいませんですよーっ」
もちろん、敵に限定しているが。
「…………かもね」
その不可能を跳ね返してくれると思ったからこそ、選ばれた彼は「勇者」と呼ばれていると思っていたのだが……。期待外れだったかもしれない。
マルミミが、過度な期待をしていただけか。
「(竜の方のグリルに苦戦している時点で、期待は薄かったけど……)」
スージィから渡された水分で喉を潤す。体内に失った分の水分を補給して、次はルームランナーに乗った。低速で歩きながら、マルミミは今後の計画を練る。
勇者不在であれば、目的達成のための障害もひとつ消えた。魔王軍はアカッパナー地方を始めとし、世界を支配することが目的――――では、ない。それは表向きだ。魔王軍はたったひとりを除いて、世界の支配と統治を目的として動いているのだが……例外がいる。
そう、魔王だ。
魔王マルミミは、世界の支配を望んではいなかった。
先代の魔王……マルミミの父はもちろん、そういう野望があったのだろうが……。その後を引き継いだマルミミもそうであるとは限らない。親子であろうと、考え方も理想も違うのだから……。
「……そろそろ、動き始めようか」
ルームランナーの速度を上げる。
マルミミが、少しだけ、小走りになった。
魔王となったマルミミの、現在の目的は――――。
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