第11話 魔王城でレベルアップ!…LEVEL3


「ねえ、タウナ姫」


 スージィ先生が持ってきてくれた制限された料理に手をつけようとしたら、マルミミに声をかけられた。


「なに? 悪いけど、これは分けられないよ? 先生がバランス良く用意してくれた食事メニューだから……全部を食べ切る計算で、予定が組まれているの」


 ここで誤差が出ると、後々の予定に影響が出るかもしれない……たぶん。

 だよね? とスージィ先生を見るけど、先生はもう料理に口をつけていて私を見ていなかった。


「そうじゃなくて。食べ終わったら、付き合ってほしいところがあるんだ……いいかな?」


 いいかな? と聞きながらも、拒否を許さない空気だった。

 魔王マルミミが、期待する眼差しで見つめていて――。


「……食べ終わってからね」


 私は溜息を吐いて頷いた。




 マルミミに連れてこられたのは地下室だった。


「フーセン魔国は浮いているからね……地下室でも充分に高い場所だよ」


「そう……。そう言えば、フーセン王国は……元々島なんだよね?」


 マルミミが頷く。そう、フーセン王国は島国である。大災害によって浮遊し……、よくよく考えれば、なんで浮遊しているの? と思うけど……。


 あれ? フーセン王国が浮遊したから、大災害が起こったんだっけ? だと思う。じゃないと大災害がフーセン王国を巻き込んでいるはずだし……。つまり島が浮いたことで大災害が起こったことになる。――フーセン島が浮遊したせいで……私たちは……。


 まだ分からない。

 全てをまとめて、「これが原因」というものは、実はないのかもしれないけど……。


「はい、着いたよ。ジムで体を動かした後はいつもここにくるんだ……――師匠、いるかな?」


 階段を下り、広い空間に出たと思えば……そこはまるで、山岳地帯だった。

 地下で、閉鎖空間のはずなのに……外の景色が広がっていて……。

 晴天の空だった。


「え、なにこれ……っ」

「絵だよ」


「え?」

「うん、絵」


 そういう意味での「え」じゃなかったけど……まあいっか。


 壁に近づけばよく分かる。岩壁に塗られたペンキで、山岳地帯の景色が描かれているのだ。距離を取ってしまえば本物と見分けがつかない、本物の外の景色と瓜二つである。


 ――その中で。絵の中の一部分として認識していた影が、不意に動いた。「え?」と戸惑っていると、黒い「それ」が消え、目で追うよりも早く、誰かの気配が横にあった。


「な、なっっ!?」


 変な声が出た……飛び退いた私を支えてくれたのは、マルミミだ。


「やあ師匠。ちょっと新人を連れてきたんだけど……教えてあげられるかな?」

「…………ふむ。見込みは」

「あるよ」

「ならいい。……加減はできぬが、それでもよいか?」


 赤いマフラーを首に巻いた禿頭の小柄な……老人……なのだろうか。

 老人と呼ぶには、動きが機敏で軽快だ。身体能力が高過ぎると思う。


 場所柄、どこに立っても絵になる老人は、ヒールを履いていない小柄な私と同程度には小さくて……いや、私以下かもしれない。私もかなり小さい方だと思うし……さすがにローサミィよりは大きいけどね。それもすぐに抜かされそうではあった。


「マルミミ……この人は……?」


「『忍ぶ者』だよ」


 マルミミが言うには、全盛期の頃は、最強の『忍び』だったらしい。……聞いたこともないのは当たり前だ、忍びが有名になっては全然忍んでいないからだ。


「随分と昔の話だ。今は人に技術を教えることしかできんよ。技術を説明できても、もう体が追いつかんのだよ。……忍びの『可能』を証明したいのに、老化のせいで不可能と言われるのは許せんのでな……。魔王様や若い衆に教えることで嘘を真実にしたいのだ……、おぬしも、お手隙なら付き合ってくれ」


 えっと……。

 これはどうすれば……。一応、マルミミに聞いてみる。


「もちろん、無理強いはしないよ。師匠――ガンプ師匠も余生の楽しみとして教えている部分もあるだろうからね……タウナ姫の気が向いた時だけでいいんだ。……スージィのメニューは体を作ることがメインだ。師匠のは……強さを身に着けるメニューになる。だからタウナ姫が想像している『修行』かな。勇者がやってくるまでまだまだ時間がかかるだろうし……暇な時にでも付き合ってあげてよ」


 頑丈な体を作り、強くなるための技術を身に着ける……。私に損はないと思うけど……でも、まるでマルミミは、姫である私を戦場に出られるように改造しているようにも見えて……。


「どういうつもりなの?」

「企みが、ないわけじゃないけど……ただ、僕たちの手駒になれって言うつもりはないよ。言われてもタウナ姫なら突っぱねるでしょ? だから意味のない企みだと思ってる」

「だったら…………どうして……」


「タウナ姫が楽しそうに運動してるから……流れで? 強くなっても困ることはないだろうし、勧めるだけ勧めてみようかなって思ってね……嫌なら断ってもいいから」

「…………」


 そう言われると続けたくなるのが私だってこと、そろそろマルミミも気づいてるよね?


「勇者がくるまでの息抜きだと思ってさ」

「……スージィ先生のメニューでもひぃひぃ言ってる私なのに? もっときつい修行とか、無理でしょ」

「そうかな? ただじっと座ってるだけ、なんて修行もあるし……まあ、タウナ姫は数分と持たないと思うけど」


 なにそれ。


「…………うるさい、できるし」

「じゃあ初日は体験修行だね。……面倒見てあげてよ、師匠」


「ああ、分かった」


 とんとん拍子で進んでしまった……体験修行なら、いいけどね……。

 ついていけなければやめればいい。逃げられないわけじゃないのだから。


「ねえ、マルミミ……師匠のこと、倒しちゃってもいいんだよね?」

「いや、戦わないからね?」


 気が早かったかもしれない。


「でも、そういう好戦的なところは伸びやすいのかも?」なんて口に出したマルミミはなにかを考えながら、きっと無自覚だろう……にぃ、と笑っていた。「意外と向いているのかもね――」


「ねえ、マルミミ――」


「……もしかしたら勇者よりも……いや、でも女の子だし……」


 お姫さま、という先入観が、やっぱりマルミミにもあるみたいだ。


 守られる立場にいる。私はそれでも楽だから文句はないけど、人によっては長年のイメージで損をしている女の子もいる。他地方ではそのイメージを覆そうとがんばって主張しているお姫さまもいるみたいだけど、根付いたイメージというのは、なかなか払拭できないみたいなのだ。


 覆せないなら受け入れた方が楽だと思うけど……――ともかく。


「師匠、まずはなにをするの?」

「そうだの……では、じっとしていなさい」

「え、うん……――え?」


 師匠は容赦がなかった。私、お姫さまなんだけど!? なんて主張が師匠の行動を変えるとは思えなかった。完全に無視されている――止まらない。気づけば私は師匠に持ち上げられていて、そして、投げられた。放物線ではなく、一直線に――――。


 描かれた背景に紛れて見えていた本物の景色……外へ繋がる大穴から、投げ捨てられた――命綱は……もちろん、ない。


「え。はっ、ちょ――え、えっっ!?!?」


 魔王城からの脱出、は、できているけど………………この後はどうするの?


 真下は海だから落ちても大丈夫っ、とは思えない。落下した時の衝撃は、高さを考えればかなりのものになるだろう。当たり所にもよるし、体を頑丈に作っているとは言っても、海に落ちて無傷とは考えられない……そのまま、死ぬ可能性だって――。


 だって、高さを考えれば普通の地面に落下しているのと変わらないとか聞いたことがある!

 雲の上の高さから海へ落下して無事でいられる? ――死ぬでしょ!!


 咄嗟にバタバタと、両手を広げて鳥みたいに羽ばたいてみるけど、当然、落下速度は落ちない。どんどん、加速していっている――。


 まずいっ、このままだと……ッッ。


 そこで私は、死を、見、た。


 私の悲鳴は、自分でも聞き取れなかった。



10


 落下するタウナ姫の悲鳴が、この時、遠く離れた勇者ギルにも聞こえたとか、聞こえなかったとか……。

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