第10話 魔王城でレベルアップ!…LEVEL2
二週間……既にそれだけの時間が経っていた。
急いだつもりだったが、それでもまだまだ、三分の一程度の距離しか進んでいなかった。
一年前の大災害による地形変化がかなり影響している。最短距離は山の崩落で潰れてしまい、津波によって海の範囲が広がってしまっている。地図と現実の乖離が激しいのだ。
地図は使い物にならない――なので鳥を使ったリアルタイムマッピングを利用するしかなく、これもまた手間と時間がかかるのだ。
そして最大の障害は、生物の「突然変異種」が現れたことだ。危険生物は以前から確認されていたが、害獣に関しては既に討伐済みであった。人間側が危害を加えなければ危険がない生物で「最も危険な生物」と言われていた程度で……旅をするには問題がなかったのだ。
だが、大災害のせいで(……恐らく、だが)突然変異した危険生物が現れたのだ。俗に「魔獣」と呼ばれている……。
先日、立ち寄った王国に出現したのは、古代の王者「ドラゴン」だった。
三人で協力し、なんとか討伐できたものの……三日にも及ぶ戦いだった……。
その疲れと怪我は、未だに取れていない。
「(災害で弱っているところに魔獣まで現れたら……踏んだり蹴ったりだな)」
復興がなかなか進まないのも理解できる。このままだとアカッパナー地方はフーセン魔国を残して壊滅してしまうだろう……そして、魔獣の巣窟となってしまえば、フーセン魔国は本当に、支配者となってしまう――。
タウナ姫はもちろん、フーセン魔国の進軍も止めなければ、問題は解決しない。
「……そろそろ上がるか」
「出発しますか、勇者様」
「そうだな……ふたりが動けるなら。……クインが大丈夫でも、フラッグが心配だな……」
「この犬なら、置いていっても問題ないのでは?」
クインがフラッグの頭を足で押し、湯に沈めていた……横目で見ていたギルだが、ふたりのじゃれ合いを止めることはしなかった。
これは不器用な彼女のコミュニケーションの取り方である。
ぶくぶくぶく、と、水面が揺れているが……そろそろ限界かもしれない。
「戦闘で役に立たなくても、それ以外では優秀だからな……腕がまったく立たないわけでもないし……。技術不足ではあるんだが、逃げ足には腕がある。オレとクインの二人旅だったら、早々に脱落していたって場面も多かっただろ。フラッグの存在は、思っているよりも大きいと思う」
「それは……ええ、分かっていますよ」
クインも認めてはいるようだ。不満そうだが……、フラッグがいなかった場合の旅の難易度の高さも想像できる。やはり、彼はいた方がいいのだ……。
雑用係のフラッグは、この旅には必要不可欠だった。
「分かっているからこそ――こうしていじめているんですよ」
「ほどほどにな」
「あばっ、あぶはへ!? ギぃ、ルっ、ぶさぁん!?」
「――犬、『伏せ』は?」
「じゃあ、オレはもう上がるぞ?」
年下ふたりのじゃれ合い――(少なくともクインはじゃれているつもりだ)を見届け、勇者ギルが温泉から上がった。体の水滴を拭って服を着る。湯に浸かっただけだが、気分転換にはなった……充分な休息とは言い難いが、それでも歩きっぱなしよりはマシだろう。
今頃、タウナ姫はどうしているだろうか……随分と待たせてしまっている。
それでも、彼女なら笑って受け入れてくれるだろう……きっと。
「すぐにいきます。待っててくださいよ、姫さま――」
8
「……死ぬ」
全身汗だくで、冷たい床に倒れる。
生まれて初めてだった……これが、限界を越えた筋肉痛……っ。
「ダメですよー、嘘はいけませんね、タウナ。今のアナタならこれくらいの運動量で動けないほどダウンするわけがないんですから――」
「チッ」
スージィ先生を騙すことはもう難しいみたいだ。筋肉痛にも慣れてきた頃でもある。
先生のメニューを開始して、五日だ……基礎はできていた。
「まだそういう姑息な手を使ってサボろうとするんですか? いけませんねー……メニューを倍にしてしまいましょうか」
「ちょっ、違――ちゃんとやるから!!」
「……一応、決められたメニューはこなそうとするんですよねえ……。倍にされても嫌ならやらなければいいだけなのに……そのへん、真面目なのですよねー……かわいい子」
誤魔化したりサボったりするけど、投げ出したくはない。
だってそれは……メニューを考えてくれたスージィ先生に悪いから。
……それを言うなら誤魔化しもサボりも悪いことだとは思っているんだけど……そこはこっちの自衛ということで、大目に見てくれたら嬉しいよね。
私にだって、挑む姿勢くらいは、最低限あるのだ。
「あのね、先生……サボりじゃなくて、やっぱりちょっと休憩を……。さすがにきついよ、先生……」
「んー、そっかそっか、です……このあたりが限界か……」
「かちん。そう言われるとまだまだいけるって言いたくなりますね……だから挑発しないでください」
「自覚しているのに言ってしまうんですね……。限界はこちらで決めますけど……そうですね、今のメニューでも充分に効果が出てきていますです。最初よりも見違えた感じですよ、タウナ」
スージィ先生と同じ丈のタンクトップを纏っているので、変化がよく分かる。見えているお腹、腹筋が割れているのが見えた。丁寧な先生の指導もあって、綺麗な形になっている……五日前とは、別人のようだ……限界まで絞られた肉体である。
結果が目に見えると、達成感も刺激されて顔が緩んでくる。
「嬉しそうですね、タウナ……それにしても、こうも短期間で結果が出るとは思いませんでしたです……センスや才能の世界ではないんですけどね……。環境に合わせて変化しやすい体質なのかもしれないのですね」
らしいけど……それって、逆に言えば怠惰な生活を送ればあっという間に元に戻ってしまうということでもある。ドレスを纏えばお姫さま、体を鍛えれば色気を感じさせないように変化するあたり、根っからの素体って感じだ。
どんな色にもなれる――ドール王国の姫は、カメレオンなのかも。
「タウナ、食事にしましょう……いつも通りに制限した食事です」
「はぁーい」
お腹は空いていないけど、体作りのためには食べなければならない。嫌でも食べる、というのが体に染みついてしまっているため、スージィ先生の背中を思考停止でついていく――ぼーっとしていたら知らない部屋へ連れ込まれそうだ。
魔王城の食堂には、魔王マルミミがいた。
「おっと。お疲れ様……タウナ姫……調子はどうかな?」
「良さそうに見える?」
「見えるよ。君、楽しそうじゃないか」
「…………」
さすがに先生と同じ薄着では歩き回れないから、肌を隠せる衣服を纏っている……その上からでも、マルミミは私の絞られた体が分かったようだ。
「今まで『体を鍛える』なんてこと、したことがなかったんじゃないかな? だから体を動かすことに楽しさを見出した――とかね」
「楽しいのは認めるよ。スージィ先生のおかげだけど」
「タウナがデレましたよ! 先生は嬉しいのですよーっ!!」
「あぁもうくっつかないでください!! せっかくシャワーで軽く汗を流したのに、また汗だくになるでしょうが!!」
元から体温が高いスージィ先生に抱き着かれると、他の人よりも倍も温かく感じるのだ……もはや熱い、と感じてしまうくらいには。
マルミミの対面の席に腰を下ろす。魔王城にはたくさんの人がいる……フーセン魔国にいた人々はもちろん、他国からの「はぐれ者たち」を合わせれば、お昼時でなくとも食堂が混雑しているのは普通のことだ。一応、軍人と一般人で利用できる施設や対応に差はあるけど……。
混雑しているけど、マルミミがいるテーブルには他の客がいなかった。気を遣っているのか、それともこんな見た目でも魔王さまだし、距離を取るべき、というルールでもあるのかもしれない。
それは法律ではなく、暗黙の了解として。
「魔王なんだから自室で食べればいいのに……」
「部屋だとひとりでしょ? でもここなら同じテーブルでなくとも周りの会話が聞こえてくるからね……それが落ち着くんだよ」
「ふーん……まあ、マルミミの自由だからいいけど……あ、座っちゃったけど、いいよね? 望んでぼっちになってるわけじゃないよね?」
「うん。どうぞご自由に。あと、僕はぼっちじゃないし。そう見えているだけで――」
「そう見えているならそういうことなんだけどね」
苦笑するマルミミだった。
見えている情報しか、周りは認識することができない……だからマルミミがぼっちに見えているなら周りはマルミミを「ぼっち」と判断してしまうはずだ。それがいい、と言う人もいるだろうけど。
「今はタウナ姫がいるから――ぼっちじゃないね」
「そうね。私に依存しないようにね」
寂しくなって呼び出されても困るから。
遠回しにそう伝えてみたけど……伝わってるのかな?
何はともあれ、注文はスージィ先生に任せて、私は席に座ったまま料理を待つ。
すると、ナプキンで口を拭ったマルミミが口を開いた。
「数日前、勇者がダイス王国に訪れたらしいよ。そこで魔獣を討伐したらしい」
「魔獣……」
騎士団から報告は聞いていたけど……まだ実際に見たことはなかった。
赤い竜なら魔王城にいるけど……人の言葉を喋る、人格を植え付けられた(らしい)竜だ。理性がある彼よりも、外の魔獣はもっと凶暴なのだろう。
……国の外、小さな村などはあっという間に滅ぼされているとも聞いている。
「この城までくるには崩落した山を迂回しないといけないから……さらにリング王国を越えて……食糧の補給をするならさらに北に上がってケンダマ王国に寄るだろうね。南のルートも考えられるけど、海が陸を飲み込んでいるから……どちらにせよ時間はまだまだかかりそうだ」
ちなみに、出発点のドール王国が西、ここフーセン魔国が東となる。アカッパナー地方は世界地図で言えば南東に位置していて……中央地方からの支援がなければ生活もかなり制限されてしまう、田舎の地方なのだった。
そう考えれば、フーセン魔国の脅威も薄まって感じるけど、中央地方が私たちの「助けてほしい」の声で動くかと言えば……、素直に頷くわけもないとは思う。やっぱり、それなりの対価がないと動くわけがないのだ。
他国の強さに頼るとしても、アカッパナー地方にはなにもなさ過ぎる。
そのため、外部の援助を期待して待つのは時間の無駄とも言えた。
「(そう言えば、ここに集まってるはぐれ者って、中央地方の出身が多いよね……。これだけ追放者がいると、どれだけ実力主義で、危険因子を排除しているのかがよく分かる……)」
優秀な人材だけを抱え込んでいるなら、世界の中心というだけであって、生活が進化している……。きっと、運動をして体を鍛えるやり方は、中央地方からすれば古いのかもしれない。
スイッチひとつ押して体格を自由自在に変えられるのかもしれない……まるでロボットのように。
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