第9話 魔王城でレベルアップ!
6
「初日なので軽めにするですよ」と言った金髪のインストラクター……スージィ先生は嘘吐きだった。みっちり三時間、こってりと絞られた。普段運動をしないこともあって、全身が悲鳴を上げている……運動後に大浴場で肩まで浸かれば、そのまま眠ってしまいそうだった。
気づけば水中にいた。溺れかけたところで引き上げられる……スージィ先生だ。
「初日だから仕方ない疲労感ですねー。明日からはちゃんとお手柔らかにしますです。今日の感じを見ていれば、タウナの個人メニューも作りやすいですからね」
「え、じゃあがんばってやり切らなくても良かったんじゃ……」
限界なんてとっくのとうに越えていた。だけどこれを基本にされたら……毎日、この限界を越えなくてはいけなくなる。手を抜いておけば良かったな……とちょっと後悔。まあ、鬼のようなスージィ先生の指導に手を抜けるのか? と言われたらたぶん無理だろうけど。
「軽く、にしておきますから」
「先生の『軽く』は信用できないんですけど……」
先生からすれば軽いのかもしれないけど、私からすれば無茶ぶりだ。
隣で湯に浸かっているスージィ先生は、殺人的なメニューをこなしているだけあって、体は充分に鍛え抜かれている。腹筋、すっご……っ。女性の色気も持ちながらカッコいい人だ。思わず見惚れていると、先生とばちっと目が合った。
「がんばればタウナもこうなれますよ?」
「……私は、無理ですよ。着飾った時は高いヒールで誤魔化してますけど、低身長だし、詰め物を取れば胸だってぺったんこだし……。鍛えてもアンバランスになる気がします……」
スージィ先生の素体があってこそ映える筋肉だと思う。
「アタシも、元はタウナのようにちんちくりんだったです」
「……ちんちくりん?」
「はい。美しいから『かけ離れた』存在でしたね。よくもまあこれで外を歩けたものですよ……とっても恥ずかしかったことをしていた、なんて今では後悔です」
「………………え?」
面と向かってこの人は私に悪口を言っている……? 言った側に自覚がなければ悪口にはならないのだろうか。あれ、これは怒っちゃダメなやつ……? 私の器が小さい……?
怒るタイミングって、見逃す以前にあったのかな……。
「でもですよ、体を鍛えて、栄養があるものをたくさん食べて、決めたメニューをひたすらこなしていたら……成長と共に気づけばこんな体になっていました。努力は結果を裏切りません。練られたメニューは嘘を吐きませんですから」
「それは……だって先生だからでしょう?」
「もちろん個人差はありますけど、そんなことを言い出したらなにもできませんです」
「まだまだ成長途中のタウナなら、メニュー次第で化けることも充分にあり得ますよー」と言ってはくれているけど……、お城にいた時も栄養には気を遣われていた。『鍛える』ことは満足にはしていなかったから……しても、一日一時間程度の散歩くらいだ。
それだと、栄養は摂れても筋肉はつかない。
良くも悪くも、ドール王国での生活では、私は過保護に育てられたのだ。
「逃げ出したくなったら出ていっても構いませんです。強制しているわけではないですからね――体を鍛えることは趣味であるべきで、楽しくなければ続きませんのです」
「…………」
「タウナが望む限りはサポートしますが、嫌になって出ていっても追いかけ回したりはしませんですよ。……寂しいですが、タウナの選択を尊重します」
「先生……」
寂しいですが、と言った時の先生の『無理して見せた笑み』を見せられたら、逃げ出すなんてこと、できるわけがなかった。
「だから……少しだけ、続けてみませんか……?」
初日に厳しくし過ぎてしまったことを反省しているのかもしれない。
今日一日で嫌になり、やめてしまう私を、どうにかして引き留めたくて……。嫌なら逃げていい、と促しておいて、スージィ先生は私を抱え込もうとしている。というか既にがっしりと捕まっているようなものだった……逃げられない。
顔が近い。
このまま食べられてしまいそうなくらい、近い距離だった。
「アタシが、手取り足取り、教えますよ……?」
スージィ先生の色香に、体温がぐっと上昇した……。
先生の柔らかさに包まれてなんでも言うことを聞いてしまいそうなったけど、なんとか踏ん張って先生の手を払う……と言っても、優しく、だ。
そっと先生の手を押して遠ざけた。
「あ……」
私に拒絶されたと勘違いして下を向くスージィ先生……違いますから。
「やりますよ」
泣きそうな顔は卑怯だ。こんなの――やります、としか、言えないでしょうが!
「……どうせ退屈でしたし、こんな機会でもなければ体を鍛えようだなんて思いませんでしたし……それに、ちんちくりん? 私の見た目で外を歩くのは恥ずかしいとか――上等ですよ。ババキバキに腹筋、割ってやりますからねえ!!」
「タウナ……っ」
ぱっ、と表情が明るくなったスージィ先生。
私に詰め寄ってきて、ぎゅっと両手を握り締められた。
「だ、だからお願いしますよ、ちゃんと無理のない程度のメニューを作ってくださいね!?」
私のやる気に触発されて、無茶なメニューを作られても困るので釘を刺す……刺したつもりだったけど……。
「――任せてくださいです!!」
…………心配だ。
7
勇者ギルがタウナ姫奪還のために旅に出てから二週間が経った頃――。
ギル、そして騎士団の後輩であるフラッグ、タウナ姫の侍女であるクインの三人は、天然温泉を見つけて湯に浸かっていた。
ここでのんびりしている場合ではないと分かってはいても、休まずに進んでもいざという時に動けなくなってしまう……、それでは急いでも意味がない。
タウナ姫に会えればいい、というのなら急ぐことに集中すればいいのだが、魔王軍の精鋭を倒し、救出することを考えれば休息は必須だ。
「ふう……回復、回復っす……ギルさん、クイン様は入らないんすかね」
「ん? まあ……そりゃ入らないだろうな。オレらがいなければ話は別だけど、覗くと思われているなら警戒して当然じゃないか?」
「覗くわけないんすけどね」
「そうなのか? オレは覗く気だけど」
「……本気っすか? 確かに見た目は良いと思いますけど、ばれた時が――」
クインの極細剣は外傷なく内部を射抜く。しかも刃の薄さと、彼女が得意とする速さで制裁を加えられたら、回避ができない。こんな道半ばで脱落するのは避けたいのだ……同じ志を持った仲間である。裏切り行為はあり得ない。
「ハイリスクっすけど……」
「でも、ハイリターンだろ?」
「へえ。勇者様もスケベなんですねえ」
と、すぐ近くだった。声が聞こえ、隣を見れば、足だけを湯に浸けるクインがいた。
湯気で見えにくいが、一度認識すれば湯気があってもクインがそこにいることが分かる。
「……クイン。いいのか? 全身、浸からなくても……」
「ええ。あたしの肌は姫様以外に見せる気がありませんから」
「(……あれ? でも、クイン様、おれたちのことを覗いて……というか入ってきてるよな……?)」
覗くどころではなかった。
「犬。あたしは姫様直属の侍女よ、ひざまずきなさいよ」
「ここでっすか!? 溺れるんですけど! 見た目の割りに結構深いんですよ!?」
「だから言ってるの」
「殺す気っすか!?」
隣でやかましく言い合いをするふたりの会話を聞きながら、勇者ギルは空を見上げる。
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