第2章

第5話 勇者と旅立ちの仲間


 魔王軍により壊滅的な大打撃を受けたドール王国。

 王族直属の侍女たち、加えて騎士団も負傷者多数だった。


 急襲してきた敵は黒い大男だけでなく、幼い少女もいたようだ。少女の方には、騎士たちも「なにをされたのか分からない」と言ったらしい。幼い少女に目を向け過ぎており、まさか彼女が敵であるとは、誰もが想像しなかったのだ。


 国が危機になれば積極的に動くべき騎士団も、今や壊滅状態である。

 ……だが、身を隠していた臆病者は、幸いにも動くことができた。



「ギルさん!」

「……? お前、は……」

「騎士団の下っ端です! おれのことなんてどうでもいいですから、早く手当てを――」


 城の中庭で倒れていたギルを発見した手負いの騎士が、ギルを騎士団の訓練場まで運んだのだ。怪我人はそこに集められ、医師が順番に傷の処置をおこなっているが……数が多過ぎるため、数十人の医師では手が追いつかない。

 そのため、医師ほど腕はないが、それでも知識がある者が怪我の手当てをしているのだ。


 ギルの場合、大怪我をしているが、まだ耐性がある。傷の度合いが酷いとしても、慣れもあるため、後回しにされやすい……ギル本人は、それでいいと納得もしている。血が出ただけで、そのショックで命を落としてしまう一般人もいるのだ。比べれば、ギルはまだがまんできる。よほど酷ければ、優先してくれと言う元気もないはずだ……文句が言えるのは元気な証拠だった。


 訓練場の芝生の上で安静のため横になっているギルの元へ駆けつけたのは、名も顔も知らない騎士だった。ギルが薄情なわけではない……声をかけてくれた彼とは面識がなかったのだから当然だ。騎士団に騎士が何人いると思っている……、ひとりひとりを覚えられるわけではない。好成績を出せば覚えていたかもしれないが、彼はそういうわけでもないようだ。


 成績が良くないからこそ、皮肉にも生き残れたのだろう。

 下っ端騎士の手が伸び、ギルはその手を軽くはたいた。


「待て、オレの怪我はいい……別の人の手当てを頼む。オレは、すぐにでも連れ去られた姫さまを助けにいかないと――」


「そんな怪我じゃ無理っすよ! さっき、魔王城へ飛んでいく赤い竜を見たんす……姫さまは攫われただけです……殺すつもりならすぐにでも殺していたはずなんすよ! 攫ったのであれば生かす理由があるはずですから――今は治療と、体力の回復に努めてください。万全な状態で救出に向かった方がいいっすよね? ……だって、勇者であるギルさんが早々に脱落したら、誰があの人を助けにいくって言うんすか!!」


 魔王軍の急襲を体験したフラッシュバックなのか、その騎士は震えていた。

 彼の怯える姿に、ギルも冷静さを取り戻したようだ。


「……そうだな……今は、体の怪我をどうにか――」


 起き上がろうとして、全身に痛みが突き抜け、たまらず倒れるギル。大男からの斧の直撃は防いだものの、真っ二つになっていないだけで全身に衝撃が届いている。骨が折れていなくとも、ヒビくらいは入っていそうなものだ。


「あー……クソ、立てねえ……」

「移動するならおれが手伝いますよ。多少の乗り心地の悪さは大目に見てくださいよ?」


 人手不足なら仕方がない。


 ――……あの大男。自身を負かした敵を思い出す。武器は斧、高い身体能力を活かし、鉄壁の防御に頼ったごり押しの戦い方だったが……基本的には騎士の技術だった。

 もしかしたら、以前は騎士だったのかもしれない……。


「……まさかな」


 ギルが知る『英雄』が、魔王軍にいるはずもないだろう。



 休養に三日もかかってしまった。いや、復活するには早い方だろう。

 もっと言えば、万全ではない……それでも、立ち上がらなければならない理由がある。攫われたタウナ姫……、彼女の安否が心配だ。これ以上の引き伸ばしは、実際に姫様がどうこうよりも、ギルの心が堪えられなかった。


 勇者でこの有様だ。体を鍛えているわけでもない国王と王女は、未だにベッドに寝転び、起き上がることもできていなかった。……王女に至っては意識も戻っていないのだ。


「国王様」

「ギルか……すまない。授賞式の直後に、こんなことになってしまって……」

「国王様のせいではないですよ」


 こんなこと、誰にも予想できない。あの授賞式の直後に襲うことに意味があるとは思えないから……やはり偶然なのだろう。


 だとすると、どうしてタウナ姫を攫ったのか……その目的は? どうしてこのタイミングなのか。さらに言えば一年前、なぜフーセン王国は「魔国」となり、魔王城としてアカッパナー地方に君臨し始めたのか……分からないことだらけだ。


 調べようにも、情報が足りなさ過ぎる。

 なにが真実なのかも分からない。


「……聞いているよ、タウナが攫われたようだな」

「はい。……それでお願いがあるのですが、国王様」


 全身に包帯を巻き、滲んだ赤黒い血がその白い包帯を濡らしてしまっていた。身じろぎひとつもできない国王は、動かないはずの体を無理やり起こした。全身に激痛の電流が走っているはずだが、国王の表情が歪むだけで、その動きが止まることはなかった。


 無理をしたことで悲鳴を上げる体。

 みしみし、という内側の破壊音が、ギルにも聞こえてきそうだった。


「国王様!」

「私のことはいい……それよりも、言ってみろ。私からもお前に命令がある――勇者、ギルよ」

「……はい、分かっています。オレが――このオレがッ、タウナ姫さまを、奪還します」


「うむ。分かっているなら、言うことはほとんどないようなものだ。だが、それでも形式的な命令はするぞ。勇者ギル――我が娘、タウナを、魔王から取り返してこい。お前が必要だと思ったものは全て持っていって構わん……私の権限で、許可を出しておく」


「分かりました、国王様」


「目的はタウナの奪還だ。魔王の討伐ではない。……無理をするなよ……一国の軍を率いてやっと対抗できる戦力差だ。……奴らが『単独』でいる場合、お前でも撃破できるかもしれないが、『集団』だった場合は難しい戦いだ。先走るなよ。――タウナの奪還後、こちらの戦力も整え、フーセン魔国を落とす……他地方の大国の戦力がやってくるのを待て」


 ギルが頷いた。魔王討伐を視野に入れると救えるものも救えなくなる。今回はまず、タウナ姫を優先することが命令だ。深入りをするべきではない、というのは、ギルも分かっていた。


「分かってます……大丈夫です」


 それでも不安を顔に出した国王に、ギルは小さく呟いた。


「ええ、本当に」


 タウナだけを奪還できるならそれに越したことはないが……救出する過程で魔王の討伐が必要とあれば、その障害は、壊して進むしかないだろう。



 国王の自室から退出したギルは、物陰に隠れていた騎士を見つけた。

 頭に赤いバンダナを巻いた、下っ端の騎士である。


「お前、さっきの……」

「はいっ、下っ端騎士のフラッグと言います!!」


 まだ幼く、ギルよりも年下だ。騎士団には在籍しているものの、まだ入隊したばかりの見習いだろう……、戦闘に入り、学んだことがきちんと実践できるかどうかは……難しいか。


 だが、臆病であることで命を拾った騎士だ。無能、であると切り捨てるにはまだ惜しい。

 騎士でなければ、彼の性格には使い道がある。


「聞き耳を立てていたのか……」

「あっ、いえ――」

「で? 重要任務についてくる気か?」

「……っ、ついていっても、いいんすか?」

「やっぱり聞いてるじゃないか」


 指摘されて、「あっ」と怯えた少年・フラッグ。ギルは彼の盗み聞きを咎めているわけではない。生への執着。人の顔色を窺って行動する彼の場合、「盗む」ことには適性がある。


「いいけど。けどな、お前が戦う必要はない……できることだけをすればいいんだからな?」

「はいっ、荷物持ちでも買い物でも留守番でも、なんでもするっすよ!!」

「お前、なんで騎士団に入ったの?」


 入隊できてはいるのだから、それなりに実力はあるのだろうけど。


「あたしもついていきますよ……文句は言わせませんから」


 ふたりの会話に口を挟んだのは、少女だ――タウナ姫に最も近い侍女である。


「……侍女……?」

「クインと申します。覚えておいてくださいね、騎士団の……下っ端くん」


 メイド服の下は、他の者と変わらず包帯を巻いていた。歩き方にまだぎこちなさがあるため、当然、万全ではないのだろうけど……それを指摘しても彼女は否定するだけだ。安静にした方がいい……そんなの当たり前で、誰もがそう思っている。彼女だって……自覚しているのだ。


 それでも立ち上がる理由がある。

 戦う、理由が、胸にある。


「武器は極細剣。外傷なく、相手を射抜くことができます」


 彼女が鞘から抜いた剣は、薄く、向こう側が透けて見える剣だった。紙を持つよりも軽い剣は、騎士には扱えないような繊細な技術を必要とする。さらに精密さも必要だ。男性に扱うことはまず無理だろう……彼女にしか扱えない。


「……怪我、酷いんじゃないのか?」


 騎士見習いのフラッグが思わず聞いた。聞かれ飽きた質問だったが、クインは溜息だけで怒ることはなかった。……苛立ちはあったが、顔に出しても口には出さない。根本的なところで、彼は心配してくれている、というのが分かったからだ。


「完治ではありませんけど、ほぼ治っていますから……それは、勇者様も同じでしょう?」

「…………まあ、完治していなくとも、万全に近い動きはできる。任務中に完治すると思うぞ」

「あたしも同意見です。それに、多少頑丈にできていますから……――あたしは、侍女です」


 侍女とは盾だ。騎士が矛であるなら、侍女は王族の盾となる存在だ――攻撃を受け止めることを前提としている。多少、痛みには耐性があった。


 全身の骨が折れていたとしても、数日で回復するように体が作られている。肉体損傷の回復は人よりもやはり少し早い。


「慣れていますからね」


 その言葉の裏を読み取り、「ひぃ!?」と怯えたフラッグだった。


「ダメ、と言われてもついていきますから……いえ、あたしの後ろを、勇者様がついてくるような形になってしまうかもしれませんね」

「…………止めても無駄か、クイン」


「はい。諦めてください。……あたしが、姫様を守れなかったのですから……責任を持って、この手で奪還します。たとえ任務違反で国を追放されても……この役目だけは、途中で手を引くことはできませんから!!」


「分かった……いいぞ、ついてこい」


 ギルが、彼女の肩にそっと手を置いた。


「お前がいるなら心強い。他の侍女たちにはオレから言っておく――必要なものは全て持っていっても構わないと国王様が言ったんだ……じゃあ遠慮なく持っていくさ」


「はい……ありがとうございます。……あと、名前は呼ばないでください」

「なんで……。いや――じゃあ、なんと呼べばいい?」

「侍女、で結構ですから。あたしは――今は、あなたの武器となりますので」


 横で見ていたフラッグが、便乗して「じゃあおれの武器にもなってくれるの?」――と。


「あなたは『クイン様』と呼びなさい」


 冷たい視線に射抜かれ、低姿勢で頷くフラッグだった。

 ちなみに、フラッグよりもクインの方が年下である。


「あの浮いてる魔王城までは、国をいくつか通る必要があるよな……長い旅になる」


「しかも一年前の大災害によって地形も変わっていますから……なにが起こるか分かりません。既にあたしたちが知るアカッパナー地方ではなくなっていますし……地図も信用できません。準備は入念にした方がいいですね」


「分かってるさ……――おい見習い!」


 フラッグが、「はいっ」と背筋を伸ばした。


「準備は任せる――オレは、体を温めてくるから」

「え、怪我をしているのに……まさか模擬戦を!?」

「鈍った体を打っておかないと、実戦で動けなくなるからな……軽くだから大丈夫だ」


 これ以上、怪我を増やすわけにはいかないことを、彼も自覚している……無茶はしない。

 彼の戦闘服の下も他の騎士と同様に赤い包帯だらけだが、それでも彼は剣を握り締めて移動してしまった。……向かう先は訓練場……のはずだ。倒れた騎士たちが集まっている場所でもあるが、一体どこで鈍った体を打つのだろうか。


 残されたフラッグは、旅に必要なものをリストアップし……、しかし資源不足のこの国で、果たして旅をするのに充分な準備が整えられるのか……。


「あたしが準備をしますよ」

「え。でも、どうやって……」


「貧民層には渡らない資源が王族には渡っているのです。理由を話せば貴族から徴収することもできます。……コネさえあれば、集めるのは簡単ですので」

「あー……」


 フラッグは自分の役目が奪われた気がして、がくっと落ち込んだ。このままふたりの旅についていっても、足手まといになるだけなのではないか?


「ふたりよりも三人の目ですよ。いるだけで助かる部分だってあるかもしれません」

「……クイン様……」

「まあ、食費が増えるのは痛手ですけど。なので死に目に遭っても助けませんからね?」


 役立たずは置いていく――ということだ。

 それは冗談、ではなく、場合によっては容赦なく選択することもある。


「きっ、気を付けます!!」

「では、早速、準備に取り掛かりましょうか――」



 ギルが顔を出したのは、騎士団・総隊長の部屋だった。

 長い髪の男性は、巻いている包帯の数が少ない。怪我も最小限だったらしいが……それは彼を危険視した襲撃者が、総隊長を地下へ閉じ込めたからだ。

 怪我が少ないのは、脱出を試みている時間が長かったから。ようやく脱出できた頃には全てが終わっていた――総隊長としては、消化不良な結末だった。


「総隊長……軽くでいいので、模擬戦、お願いできますか?」

「……ああ、いいよ、やろうか。君が、旅立つ前に――」


 まるで今までの会話を聞いていたように、これからギルがすることを分かっているような口ぶりだった。

 ……総隊長は、ギルの目を見て、全てを察したのだ。彼はなにも知らない……なにも。


 訓練場の中でも狭い空き地に移動したふたり。他の場所は怪我人と死体で埋まっているため、空いている場所を探せばここしかなかったのだ……本気で戦うわけではない。狭いという条件は、力を出し過ぎないちょうどいい手枷になるだろう。


「気が済むまで、構わないよ」

「はい」


 細い体の線をしている騎士団・総隊長が、剣を抜いた。

 ギルもまた、剣を抜き、臨戦態勢を取る。


「とは言ったけどね、打ち合うだけだ。命のやり取りはしない――いいね?」

「もちろんです――お願いしますッッ!!」


 衝突する甲高い音が響いた。


 ……勇者の旅立ちまで、あと少し。

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