第5話 こういうのもいいな
「和泉さん、俺に手話教えてくれないかな」
そう言って二階堂さんは私の目をじっと見る。
あぁ、やっぱり他の人とは違う。
声の出ない私と積極的に接しようしてくれるなんて。
背が高くて目付きも悪かったから怖い人かなって思ったけど、話せば分かる。
この人が優しい人だって。
私はスマホのメモアプリに『いいよ』と打って、右手の小指を立てて自分の顎に二回当てる。
画面を見せると「ありがとう」と安心したような笑みを浮かべ、その表情が私の中にある何かを弱い力で突ついた気がして、笑った顔は少しぎこちなかったけど初めて怖いとは感じなかった。
「これって良いよって手話?」
二階堂さんは私と同じ仕草を、顎に小指を当てて疑問符を浮かべて顔を傾けていた。
それを見てふふっと笑ってしまう。
『合ってるけど、ちょっと違います。顔は…』
そう打っていると、スマホの右側から影が掛かって視線だけを右に向けると私のスマホを覗き込む二階堂さんの横顔が近くに映る。
目を細めて、小さな文字を追う。
彼を知らない人からすれば睨まれていると感じるかもしれないその目で次の私の言葉を待っている。
目に掛かるくらい伸びた前髪。
男の子にしては長いまつ毛。
綺麗で澄んだ瞳。
つい手の動きを止めて、彼を見てしまう。
暫く見ていると「和泉さん?」とこちらを見た二階堂さんと目が合って…
私は視線を手に持ったスマホに移し、急いで『顔は』の続きを打つ。
「『顔は大切な要素。表情でも意味が変わってしまうから』へぇ、面白いね手話」
そう言った二階堂さんは「もっと教えてよ」と楽しそうに聞いてくる。
だから私はまた、小指を顎に二回当てた。
*****
「え、同い年なの!?」
『ビックリです』
「そう思うならもうちょっと表情に出してよ」
俺がそう言うと和泉さんは少し笑って、打ち始めた。
今は和泉さんと軽く雑談をしながら、最寄りのスーパーまで歩いている。
軽く日常で使う挨拶を簡単に教えて貰ったが、中々に暗記ゲーだ。
日々勉強しないと覚えられる気がしない。
日常的に使えば覚えるのだろうか。
『二階堂さんは何年生なんですか?』
「二年だけど……あのさ、同い年ならもうちょっと柔らかい感じでもいいんじゃない?もう友達、みたいなもんだし」
俺は初めての友達で少し照れくさいが、そう言うと和泉さんは少し長めに画面を見詰める。
そして、
『せやな』と可愛い丸文字に変更されていた。
「いや、フォントの話じゃなくて!あとなんで関西弁!?」
ツッコミを入れると、にししっと歯を見せて悪戯っぽく笑い『じゃあ友達だから、さん付け禁止ね。私も二階堂君って呼ぶから』
見せ終ると、また声を出さずに笑い出す。
その姿がとても自然体に見えて、こういうのもいいなと思ってしまう。
俺は前を向いて歩く。
隣を見ると一生懸命何かを打つ和泉さんの姿があり、風に仰がれチラッと見えた耳には何もハマっていなかった。
そう言えば、普通に聞こえるよな。
「和泉って――」
俺は手話をする理由を聞こうした所で、後ろから早い速度で走って来ている自転車が見え自然と体が動く。
「ちっ、邪魔なんだよ…」
咄嗟に和泉の肩を掴んで車道側のこちらに寄せれたが、自転車に乗っていた男からの声が微かではあったが聞こえて来る。
狭い道でスピードを出すなよと、言ってやりたかったがもう遠くに居て言うのを諦めた。
「大丈夫?ぶつかってない?」
念のためにとそう聞くと、手を動かす。
少し曲げた右手で左胸に当てて、右胸へ。
次は胸の辺りに左手の甲を上向きにして、右手で手刀を作り一回トンっと左手の甲を叩いて上げる。
それは『大丈夫、ありがとう』という意味で、俺は安堵の息を吐く。
「良かった。スーパーまであと少しだから、歩きスマホは程々にな」
そう言って俺はゆっくり歩き始める。
少しすると、隣を『話したいけどさっきの事があるから言い返せない』と言いたげな表情をした和泉が歩く。
こうしてスーパーまでの道を静かに進んだ。
早く手話覚えないとな、こう言う事がまた起こらないとは言い切れないのだから。
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