第4話 少しでも変われたら

「お隣さんじゃねぇか!」


 と思わず叫んでしまい、赤い鼻を抑え右掌に置いていた鍵を落としてしまう。


 俺は「ごめん」と驚かせてしまった事に謝り、落ちてしまった鍵を拾い和泉さんに手渡す。


 あまり人前で声を張らない自分が二度も…


 中々ない経験でこの子に少なからず興味が沸いてしまう。


「和泉さんって1人暮らし初めて?」


 俺がそう聞くと和泉さんはコクコクと頷き、打ち始める。


『多分分からない事あると思いますので、色々教えて貰えると嬉しいです』

「分かった、お隣だからいつでも言って」


『ありがとうございます、では連絡しますね』


 連絡しますね、という言葉に少し疑問符を浮かべてると次にQRコードを見せてきた。

 最近は家族専用連絡ツールかなと思う程使用頻度の低くなってしまったあの緑のアイコンの奴である。


 友達の多い人なら多少は使うのかもしれないが、家族以外を登録していない人間からすると、これなんだっけ?と一瞬思ってしまった。


 だがしかし、今現在和泉さんが俺に見せてくれている物は紛れもなくLINEのQRコード画面だ。


「え、いいの?」


 家族以外の人を登録をするなんてもしかしたら、人生初かもしれない。さっき会ったばかりの人と連絡先を交換しようだなんて俺だったら決して言い出せないだろう。


 案外、強い人なのかもなとスマホをかざして思った。



*****



 時は流れ、お昼前。

 明後日から学校が始めるという事で仮眠を取ったのち荷物の整理をしていた。


「こんなものかな」


 持って行く物を鞄に入れ、一息ついたところでピコんと机の上に置いたスマホが鳴り、確認するとさっそく和泉さんからの連絡だった。


『お買い物に行きたいんですが、二階堂さんはどちらでされてるんですか?』


 買い物という言葉が目に入り、冷蔵庫の牛乳が切れていた事を思い出し、こう連絡した。


『最寄りのスーパーですね。もし良かったら一緒に行きますか?こっちも買い物に行こうと思っていたので』


 女の子に連絡するのなんて初めてで少し緊張していたが、


『良いんですか!?ありがとうございます!用意ができ次第そちらに向かいますね』


 と返って来て少しだけ安堵する。


「着替えるか」


 俺は部屋着から着替え、呼び鈴が鳴るまでの間お昼は何にしようかと考えているとタイミングよくチャイムが鳴り、玄関へ向かう。


 少しボロくなってきているスニーカーを履き扉を開けると、先ほどとは違う服を着た和泉さんが立っていた。


 さっきの服は白と黒を基調にしたロングスカートで大人っぽい印象を受けたのに、今は少し大き目の緑のTシャツに黒のショートパンツを履き、頭にはキャップを被っていて、こういう服も着るんだなと思ってしまう。


『それじゃあ、行きましょうか』

「え、あーそうだね」


 俺は慌てて鍵を閉めて、先を急ぐ。


 あまりリアルの人と話す機会なんてないからか、やけに緊張してしまう。


 コツコツと階段を下り、外に出て隣を見るが和泉さんの姿は無く、後ろを振り返るとゆっくりと階段を下りてきていた。


「あ、ごめん和泉さん。先に行っちゃって」


 そう言うと和泉さんは俺の前で立ち止まり、慣れからなのか手話をし始める。


 左胸に右手を当てて右胸に頷きながら動かす。


 その手話が何を意味しているのかは分からないが、多分怒られてはいないんだろうと表情から分かってしまう。


 こういう自分勝手な性格が、いつも嫌になる。


「和泉さん、俺に手話教えてくれないかな」


 だから、少しでも変われたらとそう口にするのだった。

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