第64話 ママ活疑惑

 呪いを受けてから、今で大体一ヶ月ぐらいか。あの頃は楓と恋人繋ぎで登校しただけで、周りからからかわれてたけど……。


「うわ、アイツらまた一緒にいるぞ」

「ホテルか? 愛のホテルに行くのか?」

「やめとけって! 関わると不幸になるぞ!」


 今では一緒にいるだけで、少年院帰りかってぐらい奇異な物を見る目にさらされるんだよな。ただのデートだと言っても信じてもらえまい。もっとも、ただのデートで終わる確率は限りなくゼロに近いから、信じないのが正解なんだろうけど。


「学校来ないでほしいよな」


 もう少し小声で言え、そういうことは。単純に俺が傷つくってのもあるけど、楓に刺激を与えないでほしい。『学校に来るなって言われてるし、もう無人島で一緒に暮らそうよ。私達の子供だけで国を作ろう』とか言い出しかねんからさ。


「なんであんなヤツがモテんだろうな」


 妬ましいなら、俺のほうから先輩に頼んでやろうか? 明日からお前もハーレムを築けるぜ?


「っていうか柊木とか熊ノ郷、性格変わったよな」


 性格が変わったというか、人が変わったというか……。などと陰口に対して脳内で

返答していたら、陰口を意に介していない楓が話しかけてきた。


「小五郎、私プリクラ撮ってみたいな」


 驚いたよ。楓の口から、普通のデートプランが出てくるなんて。といってもプリクラなんて一瞬で終わるだろうし、前菜程度に思っておいたほうがいいかもしれん。普通の人間なら徐々にギアを上げていくんだろうけど、コイツらの場合は急にトップギア入る可能性が高いし。


「あー……いいけど、結構高いんだよなぁ」


 俺って本当に迂闊だよな。無視したと思われたくないから、適当に即レスしただけなんだが、もう少し考えてから発言すべきだったよ。


「なんでプリクラの料金を知ってるの? プリクラって女の子と一緒じゃないと中に入れないどころか、プリクラコーナーに近づくだけで店員に止められるよね? 仮に近づいたとしても、料金なんていちいちチェックしないよね? どこのメスと、いつどこのプリクラを撮ったの? その時のシールは今どこにあるの? どういう写真を撮ったの? 絡み合ったの? っていうか、例のナントカ同好会の人でしょ? その人と撮ったんでしょ? よし、今から学校に戻ろうか。大丈夫だよ、別に何もしないから。ちょっと活動を見学させてもらうだけだから。え? なんでナントカ同好会とかいうクソの肥溜め、掃き溜め、吹き溜まりの人だと思うのかって? だって小五郎さぁ、私がナントカ同好会とかいう反社会的組織について調査するのを、よく思ってないでしょ? それってつまり、ナントカ同好会は小五郎のカキタレの集いってことじゃん。遊びに行ったってのは隠語でしょ? しらばっくれてんじゃねぇ! ネタは上がってんだよ! 今まで言わなかったけど、小五郎の部屋のゲームとか漫画が増えてることに気づいてんだよ! 売ったんだろ! ナントカ同好会とかいうママ活ババアの巣窟で股を開いたんだろ! この売女がぁ!」


 な、なんでプリクラの料金の話から、売春にまで話が飛躍すんだ? イメージで適当なことを言っただけなのに……。


「待ってくれ、色々と誤解だ。ほら、プリクラの筐体のカバー……外装って、モデルとかアイドルっぽい女性が使われてるじゃん? だからその分値段が高そうだなって思ったんだよ」

「……確かにキレイな人ばっかりだよね」

「あ、ああ……。詳しくは知らないけど、金かかってそうだし……」

「なんで今肯定したの? そこは『楓のほうが遥かに可愛いよ。あんなの整形と写真加工で誤魔化してるだけの有象無象、偉い人に股開いて成り上がった売女だよ』って言うところだよね? へぇ、小五郎ってああいう女性が好みなんだ? そりゃ私は普通の両親から生まれたし、化粧も整形もしてないよ? そりゃ整形美人共には勝てないよ? でもさぁ、それって世間一般の話じゃん? その辺の取るに足らない男共が私をどう評価しようと、小五郎の中では私が世界一のはずじゃん? ねぇ? なんで目移りしてんの? もしかしてワンチャンあると思ってる? 言っとくけどね、いくら小五郎が最高の男でも、ああいう売女共は金しか見てないんだよ? 女を食い漁りたいのはわかるけど、やめときなよ。私がいればそれでいいじゃん。私は小五郎さえいれば、地位も名誉も富も家族も、何もかもいらないよ? 小五郎もそうであってほしいなって願うのはダメなことなの? っていうか話そらさないでよ、今はナントカ同好会のママ活女共をどう処するかって話じゃん。ほら、学校に戻ろ? 大丈夫、小五郎はただ見てるだけでいいから。本当だったらケジメとして、小五郎自らの手でママ活ビッチ共の女性器を破壊してもらうところなんだけど、私が全てのカルマを背負うよ。大丈夫、小五郎のためなら大罪人になれるよ。私の手がどれだけ汚れようと、小五郎は手を取ってくれるでしょ? 私の体が血にまみれようと、小五郎は抱きしめてくれるでしょ?」


 待ってくれよ、今のって完全に誘導尋問じゃん。

 とにかく楓を止めないと、ボドゲ同好会の皆さんがヤバい。だってコイツは、俺を探す片手間でヤクザ事務所を潰した女だぞ?


「だから誤解だって。俺はボドゲ部の人らとそういう関係じゃないから」

「……どういう関係? お金はどこから湧いてきたの?」

「……これ内緒なんだけどさ、ボドゲ部って教師の目を盗んで、ギャンブルをしてんだよ。そこの客として遊びに行って、そこでお金を手に入れたってわけ」

「………………ふーん。嘘は言ってないみたいだね」


 お? わかってくれたか? これで惨劇は……。


「本当のことを言ってるってのはわかる。嘘発見器にかけるまでもないよ」

「あ、ああ。ありがとう」

「お金に関してはね」


 ………………え?


「椛ちゃんから聞いたよ? ナントカ同好会の女とキスしたらしいじゃん? 下着を見せてもらったらしいじゃん?」


 あっ……。


「ねぇ、なんで嘘ついたの? 『そういう関係じゃない』って言ったじゃん。じゃあどういう関係なの? 路チューする仲って何? しかも早朝にこっそりと家を出て逢引してたんでしょ?」


 とうとう一時しのぎのツケが回ってきた。俺はただ、あのそばかす女の奇行を止めたかっただけなのに……。


「ギャンブルで勝った金でゲームを買いに行ったら、たまたま出会ったんだよ。で、リベンジマッチを申し込まれたんだけど、向こうは金がないからって理由でキスを賭けてきて……」

「なんで早朝から買いに行ったの? ゲーム屋さんって早朝から開いてるの?」

「だって土日は楓達が遊びに来るだろ? だから先に用事を済ませておこうかと」

「なんで? 一緒に買いに行ったらいいじゃん」

「ゲーム屋なんて退屈だろ? 楓がゲームするところあんまり見たことないし」

「小五郎と一緒なら札幌の時計台だろうが、B級映画鑑賞だろうが、草野球の観戦だろうが、なんでも楽しいよ? なんで私を誘ってくれなかったの? はい、答えは簡単です! 私がいると、心置きなく他の売女を食い漁ることができないからです! 逢引の言い訳に私を使うなよ」


 どうしよう、何一つ嘘をついてないのに楓が止まらない。っていうか、札幌の時計台をその二つと並べてやるなよ。札幌民に失礼だろ。


「百歩譲ってその言い分を信じるとして、なんでそのギャンブルを受けたの? キスとか下着とか、本来だったら小五郎がお金を貰う側じゃん? どっちに転んでも向こうが得するんだったら、賭けとして成立してないよ」


 いや、基本的に男が払う側だろ。男女平等と言いつつも、性的な価値は女性が上だというのが現実だし。

 と言っても、楓は間違ってないんだよな。呪いの影響で、コイツらにとっては俺の価値のほうが上なんだよな。クソ、売る気がないのに相場がどんどん上がっていくのマジで迷惑なんだけど。


「あの、本当に誤解なんだ。向こうはギャンブラーとしての誇りがあるらしくて、受けざるを得なくなったんだって」

「カスの誇りを守るために唇を許したの? アハハ、とんだ博愛主義だね。おい、適当なこと抜かしてんじゃねえぞ。ゲテモノを食いたくなっただけだろうが! 良いように言ってんじゃねえ!」


 胃が痛い……。そりゃ性的な欲求がなかったと言えば嘘になるけど、本当に半強制的だったんだよ。俺がギャンブルを受けないと、その場で自慰するって脅してきたから、尊厳を守るために仕方なく受けたんだって。勝負を避けることが可能であれば、避けてたよ。


「……まあいいや」


 急に怒りが冷めたらしく、再びゲーセンに向かって歩みを進める楓。

 俺は知ってるぞ。俺は助かってない。この冷め方は、とんでもないことをする前触れだよ。今の『まあいいや』は『それ以上に凄いことをするから、まあいいや』って意味に違いない。

 俺は一体何をやらされるんだ? 楓がスマホで〝プリクラ 監視カメラ 通報〟というワードで検索してるんだけど、一体何をする気なんだ? 聖家という最強の免罪符があるとはいえ、さすがにもう警察沙汰は……。

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