第63話 行動制限
デートは土曜日で、本日は月曜日。たった一日とは思えないほどの濃密さだが、それはもういい。問題なのは、土曜日まで生きられるかということだ。
もっと言うなら、今日生きて家まで帰れるのか?
「さて小五郎、授業をサボってどこに行ってたのかな? いや、場所は別にどこでもいいんだけどね」
問い詰められること自体は想定内だ。俺にとって嬉しい誤算は、委員長や椛がいないことだな。俺が教室に戻る頃には、なぜか帰路についていた。理由が気になるところだが、今はとりあえずこの状況を脱さねば。
「誰と何をしてたか……だろ? 聞きたいのは」
「わぁ、よくわかったね。私のことはなんでもわかるってこと?」
そんぐらい誰でもわかるだろと心の中で毒づきながら、首を縦に振る。下手に刺激すると読経が始まるだろうし、余計なことは言うまい。
「だったら私がブチ切れてることもわかるよね? 洗いざらいゲロっちまえよ」
身の毛がよだつとはこのことだろか。今の楓の目は、殺人鬼のそれだったぞ。殺人鬼なんて実際に会ったことないけど、こういう目をしていると確信が持てる。
「お前が想像してる通り、女子生徒だよ」
誤魔化してもどうせバレるので、思い切って真実を打ち明けることにした。下手に嘘をつけば、勘ぐりを入れられた挙げ句に妄想で暴走されるからな。
「ふーん……。誰? 白ちゃん……じゃないよね、この匂いは」
手を全力で伸ばしてようやく届く距離だけど、よくわかるな。いや、近距離でも普通は無理なんだけど。
それにしても、やはり女性の匂いを嗅ぎ分けることができるのか。男女で嗅ぎ分けるだけならまだしも、個人まで特定できるとは……。これも呪いの効力か? まさか自前の能力じゃないよな?
「ああ、実は俺も本名を知らないんだ。本人は〝リューさん〟と呼ぶように言ってきたけど、それが本名なのかあだ名なのか……」
「本名さえ知らない女と密着したの? 匂いの付き方……匂い分布からして、隣に座りあった状態で腕を絡めたみたいだけど」
匂い分布という不気味なワードはさておいて、コイツは猟犬以上かもしれん。監視カメラで見られてたって言われたほうが、まだ納得できるぞ。
「えっとな、ボードゲーム部の部長で、前に遊びに行ったことが……」
これは言っても大丈夫な情報だよな? どうせバレるだろうし。
「本名さえ知らない人のところに遊びに行ったの?」
「あ、ああ……なんか……廊下でたまたま誘われたんだ。きっと誰でも良かったんだろうぜ」
今のは明確な嘘だが、どう出る? 俺の嘘はどれぐらいの精度で読める? これに関しては、バレてもさほどダメージがないと踏んでのことだが……。
「ふーん。全然聞いたことない部活だし、部員が欲しかったのかもね。部員さえ増えれば、当然部費も増えるだろうし」
……バレてない? それともブラフか? 俺を泳がせようとしてるのか、それとも俺の精神が安定してるからバレなかったのか、あるいは……。
「部費以前の問題だな。おそらく人数不足のせいだろうけど、同好会止まりだし」
これは半分嘘ってところだな。部活と認められるのに必要な人数が何人なのか知らないけど、仮に基準を満たしていても同好会から昇格させないと思う。正式な部活になっちまったら、本当にやりたいこと……ギャンブルがしづらくなるだろうし。
「へぇ、同好会ねぇ……。で、入ったの? そのナントカって同好会に」
「いや、入ってない。普通の部活みたいに就職で有利になるわけでないだろうし、無駄に時間を食うのは勘弁だ」
別に嘘はついていない。全ての理由を話していないだけだ。
事前に質問を予測してなかったらバカ正直に答えてたろうぜ。『女子生徒しかいないから、入りづらい』とな。
だってその答えって、一見するとグッドコミュニケーションじゃん。他の女にうつつを抜かす気はないとアピールできるわけだし。
でも、それはそういう解釈をされた場合に限る。『お前ら女子に囲まれる日々、正直辛いわ』といったふうに、遠回しなクレームだと取られる懸念がある。ブチ切れて読経されるだけならまだいいけど、クレーム解消のために椛達を排除しにかかる可能性がある。ヤンデレ同士で結束するから、致命的な危害を加え合うことはないというのも俺の推測にすぎんし、どっちにしろヤンデレじゃない白は確実に狙われる。
うまくアピールが成功したとしても、好感度が爆上がりしてさらなる泥沼に陥る恐れがある。
「じゃあ就職に有利だったら入るの?」
「いや、それはない。部活に入ってないだけで落としてくる企業なんて、こっちから願い下げだし」
否、ボドゲ同好会が就職に有利なら入部している。もっとも、ヤンデレの呪いさえなければの話だが。
ちなみに願い下げの件に関しては真実だ。我ながら程よい塩梅で、真実と嘘を混ぜられてると思う。
「ふんふん、私と小五郎の時間が部活で邪魔されることはなくなったと」
邪魔させてぇ! 男だけの部活に入って邪魔させてぇ! でも今の俺は男子生徒からも避けられてるし、なんだったら教師からも避けられてる。そもそもの話、女子マネージャーがいたら面倒なことになる。
「……でも楓はテニスがあるんじゃ?」
っていうかもう時間じゃない? サボってまで俺を問い詰めるなんて……いや、これまでを思えば部活サボるぐらい普通のことか。
「勿論もうやめる予定だよ」
……呪いのせいでついに退部を決意か。俺に非はないんだけど、申し訳ないな。というか俺に進路を合わせなければ、強豪校に行く予定だったんだよなコイツ。これに関しては俺の非なのか? 当時は呪いがかかってなかったわけだし。いや、勝手に惚れたコイツが悪い気が……。
「まっ、そんなことはどうでもいいんだよ」
「……」
そうだよな、コイツが話したいのってこんなことじゃないよな。そう……。
「なんでそのナントカって同好会の人と小五郎は腕を絡めあったの? っていうかなんで遊びに行ったの?」
結局これだよなぁ。女性と絡んだ理由、その女性のデータ、その他諸々が知りたいから部活サボってるんだもんな。
「なんでって……勧誘だろうよ。直接そういうワードを使ってはこなかったけど、部長自ら声をかけてきたわけだし」
出任せだけど、強ち嘘ってわけでもない。俺が入部の意思を見せれば歓迎ムードになるだろうし。
「ハニートラップってこと?」
「可能性としては高い。腕を絡める以上のことはしてこなかったってことは、そこまで勧誘に熱心ってことはないだろうし、しつこく付きまとわれることもないかな」
最後のは嘘だけど、それ以外は真実だから問題ない。ちょうどいい配分さ。
「フーン……。とりあえず私なりに情報収集するよ。処するかどうかはその後で決めることにする」
解放してくれる流れになったのはありがたいけど、直接リューさんと楓が接触するのはまずい気がする。
リューさんはバカじゃないし直感が鋭いから、楓相手にペラペラとデートの話をしたりはしないだろう。だがそれでも、接触を避けられるならそれが一番良い。
「情報収集って、急ぎの用事か?」
「そりゃ早いに越したことはないよ。不穏な分子がいたら、小五郎を想っての行為に集中できなくなるし」
行為については触れないでおこう。あらかた予想はできるし、下手につつくと俺も行為に参加させられかねない。なんで友達と喋るだけで、ここまで頭を使わなきゃいけないんだろうな。デスゲームでもないのに腹のさぐりあいなんて……いや、ある意味デスゲームよりもデスゲームだけど。
「そっか……。楓が部活に行かないなら放課後デートに誘おうと思ってたんだけど、急用があるなら無理強いは」
「先延ばし! 調査は先延ばし! 私は生粋の日本人だから先延ばしする!」
上手くいったのはいいけど、動きを封じるコストが重いなぁ。複数人同時に止めることもできないし。
……これ下手したら、今後の平日は全部放課後デートに持っていかれるのでは?
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