第62話 特別補習
当然と言えば当然なんだろうけど、屋上にいても授業終了のチャイムは聞こえるんだな。この後すぐにホームルームがあるんだけど、間に合うかな? っていうかどうしよう、教師や楓達になんて言い訳しよう。教師は色々と誤解してるというか、俺に対して色々と諦めてるから、そこまで追求はしてこないと思われる。だが楓達はどうだ? 直感と嗅覚で、女と一緒にいたことがバレるんじゃないか? っていうか、スマホの通知が凄いんだけど、絶対アイツらだよな。
「は、ハハハ……。ついに……ついに男が腰に手を回してきた……青春してるぞ」
俺にとって救いだったのは、授業一コマ分の時間を使っても大して進展しなかったことだ。まさかリューさんがここまで初心だとは思わなんだ。
それにしてもおかしいな。ヤンデレの呪いを受けたら、倫理観とか性に対する価値観がムチャクチャになるはずなんだが……。
「満員電車でもないのに男と密着なんて……父さんが知ったら気絶すっかもな……」
この人、本当に呪いを受けてるのか? お経を唱えた時点で、呪われてるってのは疑いようもない事実なんだが、それにしては清楚すぎる。白ギャルってのは、ファッションとファックのことしか頭にないはずでは? 校内の不良とかスポーツマン達をファミリー(穴兄弟)にする
「な、なぁ、坂ちゃん」
「なんです? 今すぐ戻らないと、ホームルームが……」
「匂い……大丈夫か?」
「匂い……ですか? 香水でもつけてるんです?」
俺の鼻が悪いのか知らんけど、特に何も感じないぞ? といっても、楓達なら嗅ぎ分けられるんだろうな。なんで人間が人間の匂いを嗅ぎ分けられるんだろう。そりゃ本人の匂いを直に嗅ぐなら可能かもしれんけど(俺は無理だが)、人についた匂いなんてわからんだろ? ガッツリと移るようなもんでもないだろうし。
「いや、そうじゃなくて……。ほら、アタシ今ビショビショだし……」
「……特に匂いはしませんが」
俺は女性の生態系にそこまで詳しくないんだけど、興奮しただけでそんなに大量の体液が分泌されるの? ちょっと湿るぐらいじゃないの? まあ、ビショビショって表現は、人によって度合いが異なるからなんとも言えんけど。
「マジで? パンティを鉤縄に使える程度には、ビショビショなんだけど」
……一瞬意味がわからなかったけど、アレだろ? 囚人が脱獄する時に濡れた布を塀に引っ掛けるっていうアレだろ? うん、相当濡れてるな。濡れてるっていうか漏らしてるな。
「予備の下着持ってない? 今すぐ履き替えたいんだけど」
「そんなの持ち歩くヤツはいないですよ。仮に持ってても男物ですよ」
「マジかよ。オムツの予備とか持ってないの?」
「……そもそも普通のトランクスを履いてますからね?」
ここまでくると悲しくなってくるね。俺が常日頃からオムツを履いてる変態だと思われてるなんて。いや、そりゃ普通の人間は、一度たりとも学校まで履いてこないんだけどさ。
「リューさんの友達……それこそ部員の人に連絡してみては?」
「ば、バカ!」
至極真っ当な提案をしたつもりだが、赤面したリューさんに罵倒された。いや、恥ずかしいのはわかるけど、他に方法ないじゃん? バカ呼ばわりされる筋合いは、ないんだけど?
「ようやく体液の分泌が止まったってのに、その呼び方をされたら……ああっ……んんっ……」
まだその段階なの!? 名前呼ばれただけで、愛液が漏れるレベルなの!? っていうか、そのさっきからちょくちょく起きてる……シバリング? 的な現象は、愛液漏れた時の動きだったの?
「はぁ……はぁ……これを見てくれ……」
スカートの中から取り出した紙切れを差し出すリューさん。流れで何も考えずに受け取ってしまったが、本当によかったのか? 愛液が付着してないだろうな? というか……これ、どっかで見たことあるぞ。
青色の付箋のような紙だが、先端の部分が赤くなっている。くじ引きのアタリみたいにハッキリと色が別れてるわけじゃなくて、水たまりのような変色の仕方……あ、これってもしかして……。
「……リトマス紙?」
「おっ、よく知ってんじゃん」
なんでそんなもん携帯してるの? っていうかどこで売ってんの?
「ええっと……なんで持ってるかはさておいて、青が赤に変色した場合は酸性でしたよね? 確かそうですよ。〝青信号は歩く〟っていう語呂合わせで、アルカリ性の変化を覚えてますから……逆は酸性でしょう」
「ハハハ、意外と勉強できるんだな」
馬鹿にしてんのか? 日本の現役高校生だぞ?
「じゃあ、これはわかるか? 尿検査とかでよく使うヤツだけど」
……なんだこれ? 短冊に数字のついた色紙が貼り付いてるんだけど、これは初めて見るぞ。
「これはpH試験紙だ」
「……ペーハーですか? 酸性とかアルカリ性の……強さ? 的なのを計る」
「まあ、その解釈で大体合ってる」
おそらく真ん中の数字書いてない紙の色で、計測するんだろうな。えっと、数字が低いほうが酸性だった気がするから……うん、結構キツい酸性だな。
「……あの、それなりの酸性を計測したってのはわかるんですけど……一体何を?」
「言わせんなって。潤滑油だよ、潤滑油」
……出てきた場所から大体察してたけど、絶対愛液だな。どうしよ、先端部分を少しだけ触ってしまったんだけど……今すぐ手を洗いたい。ハンドソープが空になるぐらい使って、手を洗いたいんだけど。
「あの、酸性だからなんなんです? 雑菌とか細菌対策で膣内が酸性でもおかしくはないと思うんですけど」
生物学とかその辺の知識が薄いから、なんとも言えないところだけど。っていうかなんの話をしてんの? 授業をサボったから補習してんの? サボったのは国語なんだけど。っていうか我々が一番受けなきゃいけないのは道徳だと思うんだが。
「値だよ、値」
……アタイ? いや、値か。一瞬、一人称かと思った。雑なキャラ変かと思った。
「あのな、男性経験が豊富なほどアルカリ性に近づくんだよ。加齢でも近づくんだろうけどさ」
「……加齢で近づくのはなんとなくわかります。おそらくなんらかの働きが鈍るんでしょうね」
「アタシの潤滑油はかなり強めの酸性だ。この意味がわかるか?」
バトル漫画の強キャラっぽい物言いだが、やってることはただの処女アピール、もしくは若さアピールだ。え、何? 処女だとアピールしたいがために、わざわざこんな回りくどいことしたの? こんな実生活で絶対に使えない物を用意してまで。
「リューさんが処女だってのは、振る舞いだけでわかりますが……」
「んっ……そ……そうか……。女たらしには……バレるもんなんだな……」
あの、分泌やめてもらっていいですか? 名前を呼んだだけなんですけど。別に女たらしじゃないし。女たらしだとしても、愛液たらしよりはマシだし。
「アタシの言いたいこと、わかるか?」
わかんねぇよ。性病のリスクが極めて低いってことぐらいしか。
「あの、いいから教室に戻りません? とっくに下校の時間ですけど……」
「なんでこの流れで逃げる? いや、違うか……この流れだからこそ、坂ちゃんは尻尾を巻いて逃げようとしてるんだ。ギャンブラーには二種類いる。ハイリスクハイリターンであればあるほど燃えるタイプと、リターンがリスクを上回らない限り勝負しないタイプ。坂ちゃんは間違いなく後者さ。処女を食えるというハイリターンを前にしても、処女のphを限りなくアルカリ性に近づけるまでヤりつづけなきゃいけないというハイリスクが怖くて、踏み出せないんだ。そりゃそうだよな。坂ちゃんからすれば、いずれ必ず飽きる女とED覚悟でヤり続けるより、男性器に負担をかけすぎない程度に色んな女を食ったほうがいいもんな……。ざけんじゃねぇぞ! 毒を喰らわば皿まで! 処女を喰らわば腹上死まで! 処女を捧げることの重大さ、並々ならぬ覚悟の量、それらを理解してねぇのか? いや、理解した上で逃げてんだよ。女が人生ベットしようが、それにコールする義務はないもんな。いや、それは違うか。アンタら男の中じゃ、チップの価値が違うんだよ。ウサギとカメって寓話あんだろ? 一般的な解釈としては、弱者が努力し続ければ、強者の怠慢をつけるっていう、夢がある話だろうけどよ……実際は違うんだよ。強者であるウサギは、ハナからレースなんてしてないんだ。要するにカメ、弱者の独り相撲ってわけ。弱者が全身全霊で挑んだところで、気づいてすらもらえないんだ。アンタからすりゃ、自慰しようとしたらオナホを無償提供されたってとこだな。で、そのオナホが有料だってのを後から知って、使用をやめたって感じ。なあ、アタシは人間だぞ? 人間として生まれて、人間として育ったんだ。自分なりに懸命に生きてきたんだ。世間的にどういう評価かはさておいて、自分なりにまっすぐ生きてきたんだ。その結果がこれか? 呼吸をするようにフェロモン巻き散らかしてる男の毒牙にかかり、これまでの全て……いや、それだけじゃないな、これからの全ても含め、アンタに捧げる覚悟を決めた。いや、決めさせられたってのが正しいか? とにかく、己の全てをベットするハメになったんだ。それなのに、オナホ扱いかよ。全てを賭けても、人扱いすらされないのかよ。ハハハ、アタシってなんのために生まれたんだろうな。もういいや、考えるのも面倒だ。おあつらえ向きと言うべきか、ちょうど屋上だもんな。なあ、こんなこと頼むのは厚かましいかもしれねえけど、せめて祈ってくれないか? 三十秒後、アタシが人の形状を保ったままあの世にいけることをさ。おっと、止めてもムダだぜ? 内心では飛び降りることを願いながらも、建前で止めにかかるだろうけど、そんなことしてもムダだよ。アンタの罪は絶対に消えないし、アタシの意志も曲がんねぇ。五千兆円積まれようが、家族を人質に取られようが、アタシは飛び降りる。どこの世界のどんな権力者であろうと、アタシの投身自殺を止められる者は……」
「リューさん! デート! 次の休日、デートしましょう!」
「中止ー! 飛び降り中止ー!」
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