第61話 春到来
血流が悪いとくすぐったがりになるらしいけど、この人はどうなんだろ。
「んっ……あっ……」
腕触ってるだけで妖艶な声を上げてるんだが、とてもじゃないがまともとは言い難いよな。なんらかの病気に罹患しているとしか思えない。もしくは全身が性感帯なのだろう。それはそれで病気だと思うけど。
「変……変な気分になるぅ……」
奇遇だな、俺もだよ。呪われる前の俺なら欲情してたかもな。
何やってんだろな、俺。本当に何やってんだろ、青空の下で。授業をサボってまでやることか? ましてや立入禁止の屋上でよ。
「顔が……顔がとろけちまう……。表情が保てねぇ」
ハグが最終目標らしいけど、腕触っただけでこれとか、絶命するんじゃないか?
しかしたまらんな、この表情。これ以上いくと下品の領域に達するので、このスケベな表情をキープしてほしい。
今更だけど、俺ってそこそこメンタル強くないか? 女性関係で地獄見てるのに、未だに性欲が残ってるんだから。普通の男なら、精神的ショックでEDになってもおかしくないと思うんだけど。
「一分、たった一分でいいから休憩をくれねえか?」
「それは構いませんが、大丈夫ですか? 呼吸が荒いですよ? きっと脈拍も」
部長さんはギャンブルにスリルを求めてるフシがあるけど、どのギャンブルよりも心が乱れてんじゃないか? やってることは、授業をサボって屋上に忍び込んだ高校生とは思えない程、健全なんだけど。ピュアすぎん? 俺こういう女性に弱いんだよなぁ。実を言うと容姿も結構好みだし。
「次は腕と腕を密着させて、徐々に絡ませようと思う。可能であればそのまま手を繋ぐつもりだ。クソッ! 考えただけで心臓がバクバクいいやがる!」
体育祭のフォークダンスをよく乗り越えられたな。仮病でも使ったのか?
「坂ちゃんがイケメンじゃなくて助かったよ。イケメンだったら現時点で五回は死んでるだろうな」
決してイケメンではないのは自覚してるけど、わざわざ言わなくていいだろ? 自分が美形だからってよぉ。
「俺としては先輩が美人で助かりましたよ。ブスと絡み合うのは辛いですから」
軽く皮肉を返しておくか。俺の読みが正しければ……。
「んなー!?」
ちょっと期待してたけど、ここまで大げさなリアクションを取るかね。ちょっとした仕返しのつもりだったんだけど、想像以上の効果を発揮したぞ。
イタリアの伊達男に全力で口説かれたのかってぐらい、羞恥に震えてるもの。こんな安っぽい褒め言葉ごときで頬を紅潮させるなんて、あまりにもコスパがいい。
「反応も可愛いですね、先輩は」
「ま、待て! 待てって!」
「今の貴女は世界中の誰よりも愛おしい」
「はわわわわ……」
自作小説のオリキャラ並に自分好みの反応をしてくれるので、ついついからかってしまう。我ながら迂闊だよなぁ。
「こ、子供は何人欲しい!? 卒業したらすぐに籍を入れるか!? それとも大学を出るまで我慢か!? もう辛抱たまらんぞ!」
ヤンデレハーレムの呪いがかかってるというのに、俺という男は本当に愚かだ。愚かオブザイヤー受賞間違いなしだよ。
落ち着け、先輩も落ち着くべきだが、まずは俺が落ち着け。まだ初期症状だ。
「ハハ、まだ名前すら知らないというのに……」
「〝リューさん〟と呼べ。アタシのことは〝リューさん〟と呼べ」
……まだ初期症状だ。比較的軽い症状だ。落ち着け、冷静になれ。
それにしても男っぽい名前だな。〝龍華〟とか〝龍子〟とかそういう名前なのだろうか? さすがに〝龍〟はないよな。
「リューさん。からかったことは謝りますけど、そっちも……」
「ああ……ついに男にリューさんと呼ばれた……。ついにアタシにも春がきた……」
陽だまりの温もりを感じてらっしゃる! あだ名で呼ばれただけなのに!
「は、ハハ。最近俺の周りの女子が変に積極的ですし、冗談でも子供とか入籍とかそういう話はやめてほしいですね。リューさんにその気がないとわかってても……」
「冗談だって? アタシがブラフ張ってるって言うのか? いや、違うな。アンタはさっきの情熱的なプロポーズをなかったことにしようとしてるんだ。その場の流れでヤるだけヤって捨てようと画策して口説いたが、ヤる前から結婚まで話が進んだから損切りしようってんだ。後一歩で先着一名様の処女穴にありつけるというのに、タダじゃなくなったから泣く泣く諦めようってんだろ? 麻雀で言うならカンするだけして、相手のリーチがきたから降りるってところだな。ここまで乱すだけ乱して今更日和ってんじゃねぇぞ! ジタバタしてねぇでオメーのリーチ棒を出せや! もう降りれねぇとこまで来てんだよ! 今まで同性のダチにしか許してなかった呼び方を許した時点で、オメーはもう夫なんだよ! オメーにリューさんって呼ばれた時点で、アタシはもうビショビショなんだよ! 濡らしたら責任取るのがスジだろ? 飲食店でドジな姉ちゃんが水をぶっかけてきて、そのまま立ち去ったらどうだ? 一族郎党皆殺し確定だろ? 赤面した姉ちゃんに濡れた股間を拭かせて絶頂するだろ? それが濡らされた側に許された特権、濡らした側の義務だ。ざけんじゃねぇよ! アタシ以外の女に股間を拭かせてんじゃねえ! この性獣が! オメーはアタシにだけ欲情してりゃいいんだよ! アタシ以外にリーチ棒を触らせてんじゃねぇぞ! このアバズレが! へし折られてぇのか! 第一、女のウェイトレスがいる店に行ってんじゃねえよ! 金さえあれば喋れる女なんて、実質キャバ嬢だろうが! 人を弄んでおいてキャバクラ通いしてんじゃねえよ! キャバクラは浮気じゃないってのか? 男っていつもそうだよな。そういうヤツに限って、ホストに通ったり、合コンに行ったりすることを許さねぇんだよ。ざけんな! オメーがいるのにホストクラブとか合コンに行くわけねえだろ! アタシがオメーに何をしたってんだよ! いつ嘘をついたって言うんだよ! なんでアタシを疑うんだよ! 異性をたぶらかすペテン師はオメーのほうだってのによぉ!」
まずい、もう読経する段階まで来ちまってる。しかも楓と同じタイプだよ。キャバクラ通いしてるという妄想が公式設定になっちまってるよ。っていうかリーチ棒ってなんだよ。いや、わかるけど……。
「大体オメーは警戒心も想像力もまるで足りてねぇんだよ。なんで姉ちゃんに全幅の信頼を寄せて股間を拭かせてんだよ。その姉ちゃんが暗殺者だったらどうする? オメーは止めどない性欲に身を任せて、自らの急所をさらけ出してんだぜ? 男っていうのは、本当に不便な生き物だよな。快楽を得るための部位が、少し掴まれただけで悶絶するレベルの急所になってんだからよ。まあ急所なのは女も一緒だけど、暗殺者相手に無警戒なんてことは絶対にしねー。とにかく二度とするな。そんな情けない理由でオメーの生殖能力が失われるのはアタシにとって不利益だし、オメーにとってもそうだろ? っていうかそもそも浮気だろうが! アタシ以外の女に触らせてんじゃねえよ!」
ウェイトレスが暗殺者ってのは想像力が豊かとかそういう話じゃないと思う。間違いなく糖質だよ。浮気扱いされる筋合いもないし、それ以前に拭かせた過去は存在しないからな? 楓もそうだけど、妄想で怒鳴られる側の気持ち考えてくれよ。俺はどう動けばいいんだよ。
「拭かせてませんし、拭かせるつもりもないです。水をかけられたとしても、タオルだけ貰って自分で拭きますよ。と言いますかウェイトレスはキャバ嬢じゃないです」
「……女をヤリ捨てしようとした男の言葉なんて聞く耳を持たねー」
プイッと顔を背ける先輩だが、読経の後じゃ愛おしく思えない。そんな度胸ねえ。
「ヤリ捨てする気なんてないですし、そもそもヤる気が……」
「肌を重ね合った上に、特別な呼び方をしたんだぞ? この流れでヤらなかったら、それこそスジ通ってねえだろ? っていうか肌を重ね合った時点で、既にヤってるようなもんだからな?」
お互いに腕を触っただけなんだけど? たったそれだけの行為を、肌を重ね合わせると表現するのは、誇張というレベルじゃないぞ。まとめサイトでもそこまでタチ悪くないだろ。
「オメーは逃げる気満々らしいが、残念ながらアタシは完全に腹をくくったぞ? 今から腕を絡めるけど、逃げんなよ? そのまま恋人繋ぎしてやるから覚悟しろよ」
脅し方があまりにも可愛すぎるだろ。この人とは是非、呪いがない状態で知り合いたかったよ。でも皮肉なことに、呪いがなければ出会えなかったんだよな。
……手を触るところから始めて、腕を触り、そして腕を絡めて手を繋ぐ。着実に段階を踏んでいってるけど、どこで止まるんだろうな? 私、とても怖いです。
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