第60話 純異性交友
……面倒なことになりそうなのでスルーしたいけど、好奇心を抑えられない。雉も鳴かずば撃たれまいとはよく言ったものだが、きっと否が応でも鳴いちゃうもんなんだろうな。
「あの、先輩? 先輩ってただのギャンブラーですよね?」
「〝ただの〟は余計だけど、そうだな」
「盗賊ではないんですよね?」
「ハッハッハッ、初めて聞かれたよ」
本当か? 当然のように、聞かれてもおかしくないことをしてるぞ?
「おっ、開いた開いた。チョロいねぇ」
「……なぜギャンブラーが南京錠を外せるんです? 大した道具も無しに」
専用のツールを使っているならまだしも、ヘアピンとペンチだけで南京錠を外すって凄くない? 実家が鍵屋さんなのかな?
「安物の南京錠ぐらい誰でも外せるだろ。いつもなら合鍵使うんだけどな」
そうだろうか? 試したことなんてないし、そもそも南京錠を目にする機会がないんだけど。いや、待て、今なんて言った?
「合鍵持ってんですか? 学校の屋上の鍵なんて、厳重に保管されてるのでは?」
「厳重ゆえに、教師の目にも届かんのさ。普段使うこともないから、保管場所になくてもすぐにはバレないんだよ」
まさに逆転の発想と言えるだろう。考えてみりゃ、銀行員が貸金庫の中身を盗む事件も似たようなもんだよな。おそらく幹部クラスが保管しているのだろうけど、それはつまり、幹部クラスが持ち出しても一般職員が気付けないってことだもんな。なるほど、盲点だったわ。
「要するに持ち出せる機会があったから持ち出して、そのまま複製したと?」
「そーいうこと。カップラーメンが出来上がる頃には、合鍵も出来上がるぞ」
事の重大性をわかっていないのか、ペラペラと話しながら扉を開く。俺が録音してたら退学もありうるんだけど、これは信頼の証か? それともバカなのか?
まっ、引っ張られたとはいえ、扉をくぐった時点で俺も共犯者だから、チンコロはしないけどさ。
「一般家庭と同じタイプの鍵にしてる学校側の責任だわな」
責任転嫁のプロかよ。機密情報や金目の物が保管されてる部屋ならまだしも、屋上なんて大したセキュリティかけないだろ。一般生徒が出入りしなければそれでいいわけだし。
「勿論最初は自宅の鍵で試したよ。で、身分証の確認だの書類だの、そういうのがないことを確認できたから、満を持して合鍵を作ったってワケ」
「……その慎重さは尊敬に値しますが、なんのために合鍵を作ったんです? 屋上でギャンブル大会するつもりですか?」
負けたら飛び降りでもさせられるのか?
「ウチのギャンブルは、金以外もチップにできるのは知ってるよな?」
「……ええ」
金が足りない場合は、痛みや羞恥心をチップにできるとかなんとか。前回の勝負も俺が望むなら、オムツ姿をご開帳するというリスクをチップにできたらしい。絶対に嫌だけどね。
「ウチの部員が体を賭けて負けた場合、屋上を使う予定なんだよ。さすがに冬場は無理だがね」
うーむ……? 学生が体を賭けたギャンブルをする是非はさておいて、屋上でヤるというのは合理的なのか?
確かに部外者の横槍が入る可能性は限りなくゼロに近いけど、屋外だぞ? 衛星画像に載りかねんぞ? いや、載ったところで問題はないんだろうけど。
「使う予定ってことは……」
「うん、今のところ坂ちゃんぐらいしか、ウチの部員の体を弄んでないな」
負けてないから無事なのか、勝負自体行われてないのか、どっちにしろ部員は無事なんだな。それは安心……いや、待てよ、おい。
「俺がいつ誰を弄んだんです?」
「なーに言ってんだ? ハ……ハグしただろ! 一分ぐらいハグしただろ!」
……したけど? だから何よ? 呪いとか賭けとか抜きにしても、ハグぐらい珍しくないだろ? 皆が皆、俺とか白みたいなボッチだったら話は別だけど。
「で……なんです? なぜ俺を屋上に連れてきたんです? っていうか合鍵があるのなら、ピッキングなんてしなくてもいいのでは?」
「……後者から説明するが、鍵が変わったんだよ。前は南京錠じゃなくて、扉に鍵がかかっていたんだが……」
………………あっ。
一ヶ月ぐらい前のことだからうろ覚えだけど、椛が壊したんだっけ? 屋上で弁当食うために、事前に鍵を壊したとか言ってた気がする。結局一度も屋上には来てないから、壊し損なんだけど。
「わかりました。で、前者は?」
「……………………部室だと邪魔が入るかもしれんだろ?」
「あー……授業をサボってますもんね。教師にバレたら……」
「そういう問題じゃない。たとえ休み時間だろうが、放課後だろうが、えっと……不純異性……なんだ? ええっと……」
「不純異性交友ですか?」
「ああ、そうそう。不純……異性交友を見られるのはまずいだろ?」
まともな倫理観を持っている人を見ると、安心するな。所構わずムダ毛を剃り合ったり、多目的トイレを多人数トイレにするヤツばっかだからさ。
……え? 俺、この人と不純異性交友すんの? なんで?
「ギャンブルしてませんよね? 部長さんの体を賭けたギャンブル……」
「賭けじゃないとハグの一つもしてくんねえのか? 何股もかけてるくせに」
「女遊びしてるという誤解はさておいて、ハグは不純異性交友じゃないのでは」
「……坂ちゃんは進んでるな」
アンタが周回遅れなんだよ。女性だけの村で育ったのか?
薄々感づいてたけど、この人相当初心だよな。同じギャル系にも関わらず、椛みたいに卑語を口にしないし、俺と文学少女が抱き合ってる時に動揺してたし、俺を引っ張る時に腕じゃなくて袖を引っ張ってきたし。
「理由は深く聞きませんけど、ハグがしたいんですね? それで解放してくれるんですね? じゃあいきますよ?」
「ま、待て! 早い! 離れろ! 痴漢!」
体に触れてさえいないのに痴漢呼ばわりか。少しでいいから、その恥じらいをアイツらにもわけてやってほしいよ。
「まずは手だ。手を繋ぐところからスタートだろ。頼む側でこんなこと言うのも恐縮だが、段階を踏んでくれ。車だって最初からトップギアにいれないだろ?」
うわぁ、この人まともだぁ。ギャンブル部の部長と思えないぐらいまともだぁ。どうせなら車じゃなくて、ギャンブルで例えてほしかったけど。
「じゃあお手を拝借……」
「アタシからだ! アタシから握るから動くな!」
俺のことを爆発物だと思ってない? そんな恐る恐る手を近づけなくても……。
「い、いくぞ? 興奮して襲いかかってくるなよ? アンタが喧嘩の達人なのは知ってるけど、全力で抵抗するぞ?」
手を握ったくらいで、理性を失うぐらい発情するようなヤツはいないだろ。そんなヤツは二人きりになった時点でアウトだよ。なんなら知り合った時点でアウトだよ。
っていうか喧嘩の達人じゃないし。透明先輩が暴れただけだし。
「お、大きいな。それに硬い……。形も初めて見る……」
どうしよう、アイツらのせいで卑猥な話に聞こえてしまう。ただ、手を品評してるだけなのに。
「アタシも皮下脂肪は少ないほうだが、やはり男と比べると血管の浮き出方に明確な差が出るな。差し支えがなければ、腕の血管を触ってみたいんだが……」
「まあ……構いませんが」
なんかアカデミックな観点で俺と触れ合ってない? さっきまで不純異性交友がどうのこうの言ってたのに。
「男にしては細いが、それでも並の女よりは硬いな。むっ……中々面白い感触だな」
物珍しそうに血管をプニプニする部長。触り方が優しすぎて、少しくすぐったいんだけど。
「ア、アタシ、結構いけないことしてるよな? 神聖な学び舎で、際どいことしてるよな?」
「……腕を触ってるだけに見えますが」
「おいおいおい、アタシと坂ちゃんは恋人でもなんでもないんだぞ?」
うん、なんなら友達ですらないよね。名前すら知らんから、知り合いレベルに達しているかどうかも怪しいし。
「アンタ、仲良くないクラスメイトの腕に触れるのか? 勿論、男子じゃなくて女子だぞ? 女子の腕だぞ?」
「……男子さえ無理ですね」
昔の俺でも相当無理だけど、今は絶対無理だわ。だって横をすれ違うだけで叫ばれるもん。目があっただけで『キスされる! 毛を剃られる! 誰か! 大人の人を呼んで! 猟友会を呼んで!』とか叫ばれるもん。腕なんか触ったら強姦扱いだわ。
「だろ? アタシ達は授業をサボって、屋上で腕を触り合ってんだぞ?」
「触り合ってはないですけどね」
「……待ってくれ、心の準備をするから待ってくれ。勿論アンタにも触らせるつもりだけど、もう少しだけ待ってくれ」
腕だよな? 腕を触るだけだよな? 胸じゃなくて腕だよな?
「正直な? アンタの体温だけで、こっちはもう限界なんだよ。男女で体温が違うことぐらい知ってたけど、ここまで脳内物質に影響を与えるとは思ってもいなかった」
影響与えてんの? 俺の体温がドーパミンを分泌させてんの? もはや人型ドラッグじゃん。
……ハグまでたどり着くの、だいぶ時間かかりそうだなぁ。下手をしたら今日一日
じゃ終わらないかもしれん。アイツらになんて言い訳しよ……。
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