第59話 変態育成計画
俺が思うに女性に対する価値観ってのは、学生時代に落とし物を拾ってあげた時の反応で決まると思う。
女子が落とした消しゴムを拾ってあげた時に嫌な顔をされたり、『触らないで』みたいな辛辣な言葉を浴びせられた男子は、結構長い間ひねくれるんじゃないかな。
「あげる! 返さなくていいから!」
マジでひねくれそう! 人が親切にハンカチを拾ってあげたのに、なんで嫌悪感丸出しなの? どういう教育受けてんの?
「いや、それは困る……」
「やめて! 近寄らないで! いやー!」
おかしいな……俺はコイツが落としたハンカチを差し出してるだけなのに、まるで棒に刺した犬のフンを向けられてるかのようなリアクションを……。
「ちょっと! やめなさいよ!」
「そうよ! 先生を呼ぶわよ!」
俺が蛮行に及んでいるように見えたのか、別の女子達が俺を責め立てる。何この構図? 俺が何をしたっていうんだ? なんで名前も知らないブス共に変質者扱いされにゃならんのだ? 呼ばれた教師は何をどうすればいいんだよ。
「……受け取らないなら捨てるぞ? このハンカチ……」
「アンタに剃らせる毛なんてないわよ!」
ダメだ、会話が噛み合わない。間に出来の悪い翻訳ソフトをかませてる気分だ。
「言っとくけどアンタのムダ毛を剃るのも勘弁よ!」
「安心してくれ、そんな趣味はないから」
というかそもそも、ムダ毛がほとんど残ってない。アイツらがよってたかって除毛クリームを塗りたくってきたから、俺の体は不毛の大地だよ。まつ毛や眉毛がムダ毛判定じゃなかったのが幸いだな。
「とにかく近寄らないで! 私の口の中で知育菓子を楽しまないで!」
すんげぇパワーワードだな。改めて自分の行いのヤバさを思い知ったよ。
「アンタにパンツをズラされるのも嫌だし、ベロチューされるのも嫌よ。オムツを交換する気もないわ」
仕方のないことかもしれんけど、納得いかんなぁ。まるで俺が望んで行ったかのような物言いをされるってのは。
……これ以上食い下がっても良いことないし、黙って引き下がるか……。言い返したい気持ちは押し殺そう。
「ひっ!?」
「脱がされる! パンティを脱がされる!」
ただ引き返すってだけでこの扱いかよ。黙って道を開けろよ。濡れ衣着せながら逃げるなって。
「あっちの方面はトイレね」
「きっとトイレで凄いプレイをする気よ」
「あんなのと共用のトイレを使う男子達が可愛そうね」
「いえ、男子トイレを使うとは限らないわ」
「えー! ヤダー! サイテー!」
聞こえない聞こえない。なんにも聞こえない。
俺は絶対にめげねぇからな! 万人に蔑まされようと、後ろ指を差されようと、中指を立てられようと、学校に通い続けるからな! お前らの幸福追求権を侵害してでも皆勤賞狙ってやるからな!
「よー坂ちゃん、久しぶりに会って早々だが、アタシともいっちょ危険なプレイをしてみねぇか?」
ダメだ、めげそう。もう学校辞めたい。
一度会ったきりの人だけど、よく覚えてるよ。この人はアレだ、ボードゲーム部もといギャンブル部の部長だよ。
「……それは漫画とかでよく見る、命がけのギャンブルですか?」
「は? 男と女だぞ? だったらその……わかるだろ? な?」
なんで言い淀むのかわからんけど、この先輩も呪いの影響受けてるってことでいいよな? おかしいな、この人とは一回絡んだっきりだし、その時もほとんど会話してないはずなんだが。
「勘弁してくださいよ、先輩。別に俺は特殊性癖なんて持ってないですよ」
「……?」
なんだその顔は。どこに引っかかる要素がある?
無駄だとは思うけど、一応釈明しておくか。
「前にも言ったかもしれないですけどね、先輩。俺はアイツらに無理矢理やらされてるんですよ。いわゆるアブノーマルなプレイを」
「……あー」
「先輩?」
なんだ? 今の生返事は? 納得した時に出る声だったけど、俺の発言に納得したというよりも、なんらかの疑問が自己解決した時に漏れ出た声っぽかったぞ?
「悪い悪い、ちょっと考え事しててな」
人に話しかけておいて考え事だぁ? といったふうに普通なら気分を害するところだろうけど、俺は気にしないよ。だって俺の周りには人の話を聞かないヤツしかいないもん。謝ってくれるだけ良い人よ。
「気にしないでください。それより、俺はノーマルですから」
「女の口の中で知育菓子作ったのにか?」
プレイが特殊すぎて、反論できねぇ。いかなる事情があってもアブノーマル確定だもん。世界を救ったという実績を持っていたとしても、変態確定だもん。
「だからアレは脅されて……」
「あんな小さい女に脅されたって?」
もうやめませんか? 性別とか体格だけで判断するのは。
常に男性が加害者っていう風潮はやめましょうよ。報告上がってないだけで、性的暴行とかDVって男性の被害者も結構いると思うよ?
「いや、小さくても強いですよ? その辺の男よりよっぽど馬鹿力ですし」
おそらく修行の成果なんだろうな。アレで解呪師としての能力が向上するとは思えないけど、フィジカルは間違いなく向上するだろう。実を言うと俺はまだダメージを引きずってる。精神的なダメージが大きくて、あんまり気にしてなかったけど。
「だとしてもあんな変態プレイを強要できるほどの力はないだろ?」
「いや、本当に力が強くて……しかも我が強くて、実家も太くて……」
よくよく考えてみたら、呪いが存在しなかった場合、白が一番恐ろしいんだな。楓達は呪いでタガが外れない限り、手に負えない暴走はしないだろうし。
「それでも普通は断るだろ。つまりオメーは、女に癇癪を起こされたり、関係が気まずいものになったりすることを恐れてんだよ」
この先輩は口調こそチンピラだが、それなりに聡明かもしれん。俺が嫌々プレイを行っていることは勿論、その理由まで的確に言い当ててるもん。さっきの女子達は取り付く島もなかったのに。
「おっしゃるとおりです……。アイツら、少しおかしくなってるだけで、根は良いヤツらなんです……」
そうだよ、呪いの影響受けてない白は擁護しづらいけど、楓達は元々はまともなんだよ。呪いの前から異常性があったといえばあったみたいだけど、一人で処理してたわけじゃん? 俺に恥部を見せないように努力してたわけじゃん? でも今は呪いのせいで、文字通り恥部を見せてきてるってだけの話で。
「フーン……。まあ、オメーはそういう男だろーな」
俺の何を知っているというのだろうか。以前のギャンブル、チンチロリンを通じて全てを知った気になってるのか? この人と直接対決したわけじゃないんだけどな。
「まー、仕方なくってのはわかったんだけどよぉ……」
「けど……?」
「正直どーなん? 興奮した?」
色んな意味で難しい質問が飛んできたな。結論をどっちに持っていくのが正解なのかもわからんし、建前抜きの本心もよくわからん。ここは下手に駆け引きせず、思ったままのことを口にするか。
「興奮と拒絶が同時にきましたね」
「ふむ……? 要するに、美少女とキスすること自体には興奮したけど、衆人環視という環境や、キスの深さなどに拒絶反応が出たと?」
すげぇ、足りない言葉を的確に補完してくれる。これがギャンブルで磨かれた洞察力、論理的思考能力か。
「そうですね、密室でお互いに裸になること自体は嬉しいですけど、毛の剃り合いが発生すると、途端に恐怖心が湧いてくると言いますか……」
「なるほどな。健全なプレイは望むところだけど、変態プレイは美少女相手でも勘弁してほしいってことな」
そう、まさにそれなんだよ。下半身丸出しで対面座位の体勢になるところまでは、男として幸せだ。だけどそんな多幸感は、駅前の多目的トイレに五人で入っているという異常な状況、そのまま排便されるという異常なプレイ、それらの前じゃあっさりと吹き飛ぶよ。
状況が特殊すぎて俺の心情が想像しづらいって? じゃあリアルな例えを出してみよう。電車とか街中で露出の高い美女がいたら目と心を奪われるだろ? でもそのお姉さんは実は酔っぱらいで、突然マーライオンのごとく吐瀉物を撒き散らすんだ。そしたらお前らはどうなる? 性的興奮なんて一気にぶっ飛ぶだろ? つまりそういうことだ。俺は露出の高い服以上に性的興奮を与えられ、吐瀉物以上にヤバい物を見せられた。ただそれだけの話だ。
「なーんか、ガッカリだなぁ。坂ちゃんってそうなんだ……」
え、なんで落胆してんの? 俺の心情を的確に察知した上で、なんで俺の評価が下がるんだ? どんなプレイでも興奮できる変態でいてほしいのか? 自分の理想を押し付けるってのは珍しくないけど、その理想自体が珍しいわ。
「例えばの話だけどよ、何をされても訴えない女がいるとするじゃん?」
「……まあ、世界中探せばいるかもしれませんね」
「その女を密室に連れ込んで、脱がせようが警察沙汰にはならないとするじゃん?」
「……はい」
話が全然見えてこねぇ。ギャンブル経験が不足してるからか?
「脱がせようが、キスしようが、アソコにアレを挿れても捕まらないし、悪評が流れることも一切ないんだ」
「……はい」
どうでもいいけど、なんでド直球なワードを避けるんだろう。代名詞を使って具体的な行為を説明されると、逆に生々しいんだけど。
「ぶっちゃけヤるだろ? 相手が美少女で、尚且つ本気で嫌がってないとしたら」
「……行為に同意してくれるわけではないけど、否定もしないってことですよね?」
「そーそー、それならヤるだろ?」
「……まあ、そりゃ男ですから」
何が言いたいんだろう。とんでもないことを言う時の前触れというか、前置きだというのはなんとなくわかるんだけど。
「じゃあ、そいつが隙あらば股間を掴んでくるとしたら?」
「……それなら手を出さないですね」
「……別に拒絶してるわけじゃなくて、ただの試練だとしてもか? 覚悟を試してるだけだとしてもか?」
「それでも嫌ですね」
「なんでだ? 自分より力の劣る美少女だぞ? 細心の注意さえ払えば、良い思いできるんだぞ?」
「回避しながら行為に至るのって多分難しいし、しくじった時のリスクが高すぎて」
本当になんなんだろうね、この質問。一つわかるのは、落胆されるであろう回答をしてしまったということぐらいだ。
「その美少女は握力十五キロぐらいだ。万が一のことがあっても痛いだけだ」
「それでも嫌ですって」
「ある程度のダメージを与えるたびに離してくれるとしてもか?」
「嫌ですって。一切掴んでこないって条件がないと嫌です」
何この下卑た心理テスト。おそらくギャンブル適性と性欲を同時にチェックしてるんだよな? リターンが大きいなら多少のリスクを背負えるかっていう。
「ガッカリだよ、オメーにゃ」
ほら、落胆されたよ。勝手に期待して、勝手に落胆しないでくれよ。
「誰に聞いても同じような回答が返ってくるかと」
「だからガッカリなんだよ。坂ちゃんはハジケたヤツだと思ってたんだけどなぁ」
「……そうですか。じゃあ、そろそろチャイムが鳴るんで……」
言っとくけど、これはいつもの一時しのぎじゃないからな? 休み時間なんて十分しかないんだから、仕方ないじゃん。ただでさえ目立ってるんだから、授業に遅れて注目浴びるとか勘弁よ。『きっといかがわしいことをしていたから、授業に遅刻したんだ。また誰かの毛を剃ってたんだ』とか言われかねんし。
「ダメだ、ダメだ。一緒にサボるぞ」
袖をクイクイと引っ張り、上級生として最悪の提案をかます先輩。
「嫌ですよ、ただでさえ教師に目をつけられてるのに」
もはや授業サボるくらい可愛いもんだけどな、保険医のムダ毛処理してたことに比べたら。でもだからってサボっていいことにはならんだろ。『既に百万ぐらい借金を背負ってるから、追加で十万借りても平気』とはならんだろ? いや、結構いそうだけど、決して正常な思考ではないじゃん?
「ガタガタ抜かすな。オメーはもっとハジケることを覚えろ。強制されずとも自らの意思で、女のムダ毛処理をする男になれ」
どんな意識改革だよ。変態を育成して国家転覆でも狙ってんのか?
あっ、チャイムが……。
「さっ、急いで屋上いくべっ」
「だから……」
「袖掴まれるのと、局部を掴まれるの、どっちがいいんだ? 私は別にどっちでもいいんだぞ? 指先で掴むと、より痛いんだろ? 私はなんでも知ってるぞ」
……本当にめげそう。変態プレイを強要してくる女に、変態だと蔑んでくる女、そして新たに現れた〝変態として目覚めさせようとしてくる女〟。未だに女性恐怖症になってない俺は、中々の大物かもしれない。
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