第57話 疑似授乳
なんかここ最近、一日が長く感じる。先輩に呪われてから一ヶ月も経ってないと思うんだけど、軽く一年以上経っているような気がしてならない。
俺、よっぽどボーっと生きてたんだな、今まで。
あの日以来、ダイジェストで送れない人生になっちまった。音ゲーの最高難易度の譜面バリに、イベントが詰め込まれてるもん。息つく間もないとはこのことか。
「まったく、一日に二度も保健室に来るなんて」
呆れ気味な口調だが、心なしか嬉しそうだ。たかが学校の保険医といえど、医療に携わる者に違いはないだろ? 健康診断以外で生徒が訪ねてくるって、良くないことだと思うんだけど。
「女の子とディープキスしたぐらいで倒れるなんて、可愛いわね」
いや、ディープキスで倒れたというか、蜂蜜に溺れたんだよ。気のせいかもしれんけど、まだ蜂蜜の味が残ってる気がするよ。クソがっ!
「窒息はどうしようもないでしょう」
俺きっと凄い顔してたんだろうな。窒息寸前の人間がどんな表情をするのか知らんけど、写メが出回ったら憤死する自信がある。っていうか教室でハニーディープキスした時点で、精神的なダメージがデカい。
「はいはい、言い訳も可愛いわね」
なんで適当にあしらわれてんの? 俺がおかしいの? おかしいのは間違いなくアンタらだよ? アンタらっていうか、呪いが存在するこの世界そのものだよ?
「そういえば誰が俺を運んでくれたんです?」
「んー? 聖さんよ。あんな小柄な子が、ファイヤーマンズキャリーで男の子を運んでくるから、私驚いちゃったわ」
ファイヤーマンズキャリーって、アレか、プロレス技か。確かタワーブリッジの亜種みたいなヤツ。また変な噂が立ちそうでならないよ。もう今更って感じだけどな。
「それにしても最近の子は進んでるわねぇ。まさか蜂蜜を使うとは……」
嫌な進み方だなぁ! コンパス無しに航海すると後悔するって、わかんねぇのか。
「かなり特殊な進化を辿ってる気がするんですけど」
「そうねぇ、普通はバターよねぇ」
あっ、それって普通なんだ。俺の知識が浅すぎるだけなんだ。
いや、絶対おかしいって! お前らの愛が倒錯してんだよ!
「まっ、せっかくツルツルにしてもらったんだし……私もやってみようかしら」
「……何をです?」
「アハハ、ダメよ、女性の口から言わせるなんて」
何をするか知らんけど、口に出すのもはばかられるようなことをしないでくれ。
「それで……誰にするんです?」
「そりゃあ坂本君しかいないでしょう。おかげさまで私は、晴れて独り身よ?」
俺のせいで破局したような言い方は、やめていただきたい。仮にそうだとしても、生徒とアブノーマルなプレイをしないでいただきたい。
「勘弁してくださいよ、本当に」
そろそろなんらかの病気になりそうだよ、精神的な何かを患いそうだよ。逆によく今まで正気を保てたよな、俺。ひょっとすると呪いの影響だろうか?
とりあえず逃げたいけど、下手に動くと何をされるかわからんし、さてどうしたもんか。保険医が冷蔵庫を漁っているから、逃げるチャンスと言えば逃げるチャンスなんだけど……。いや、マジで何をする気なんだよ。
「ワサビ……はありえないとして……うーん、無難にバター? でも年端もいかない生徒が蜂蜜を使ってる以上、私もインパクトで勝負をしないと……」
具体的なことはまだわからんけど、食品を用いたプレイをしようとしていることは確実らしい。しかも奇をてらおうとしてらっしゃるよ。調味料使う時点で、既に奇なんだよなぁ。どうする? 冷蔵庫の蓋で顔面を挟むという、バイオレンスアクションかますか? 今なら確実に仕留められるぞ。
とりあえず白にメッセージ送っとこう。もうすぐ授業が終わる頃だろうし、気づいてくれたら助けてくれるだろう。
「あのっ、先生っ」
とりあえず時間を稼がねば! 刺激を与えないように細心の注意を払いながら、適当に時間を稼ごう。そう、今の俺は立てこもり犯に対する交渉人だ。そういうドラマとかあんまり見たことないけど、頑張ってなりきれ、人生はイマジネーションだ。
「んー? なぁに?」
テロ等準備罪を一旦中断し、こちらを振り返る。良かった、一応聞く耳はついてそうだ。理解する脳みそと、思いとどまる理性も備わっていることを望もう。
「保健室の冷蔵庫って、保冷剤ぐらいしか置いてないんじゃないですか? 普通は」
「んー、一応牛乳もあるわよ?」
牛乳? なんでそんな賞味期限の短いものが……。
「好きなんですか? 牛乳」
「アハハ! 飲む用じゃないわよ」
じゃあ何用だよ、プレイ用か? 呪いとか関係なく、プレイ用に常備してるのか?
「飲料以外の用途なんてあるんですか? 牛乳風呂にでも入るおつもりで?」
「アハハ、まさか。歯の保存に使うのよ」
「歯の保存……?」
どういうプレイだ? かなり血なまぐさいワードなんだが……。
「体育とか部活で歯が折れちゃうことあるでしょ? 牛乳につけておけば、運が良ければくっつけることができるの」
「へー! そんな効果があるんですね!」
すげぇ、普通にタメになる話だ。てっきり、アブノーマルなプレイをするためだとばかり……。
「まあ、賞味期限が近くなったら飲むけどね」
「ハハハ、まあ、もったいないですもんね」
「……あら、これ、賞味期限近いわね」
……なんだ? 嫌な予感が……。
「牛乳風呂……ふむ……」
………………。
なんだろう、最悪の連想ゲームが行われようとしている気がしてならない。
なぜ服を脱ごうとしてるんだろう、この人は。
「こーら、あんまりジロジロ見ないの」
見るよ、牛乳片手に着崩れていく女性がいたら。
あれよあれよという間に、インナー姿になってしまったが……一体何を……。
「外してみる?」
「……何をです?」
「ホックに決まってるじゃない」
なんのためらいもなく、インナーを脱ぐ保険医。インナー越しにくっきり浮かび上がっていた豊満な胸が、あらわとなった。もう既にこの先を見てるけど、それでもドキッとする自分が嫌だ。男って本当にバカ。
まあ……興奮よりも恐怖心のほうが勝っているんだけどな。
「後ろに回って外す? それとも前から外す?」
「……新手の心理テストですか?」
「そういう解釈もできるわね。人によっては、急に前から外すと嫌がるから注意よ」
そんな作法よりも、意図を教えてくれ。我、生徒ぞ? 既に脇と股の毛を剃毛させられてるから、今更乳くらい……とはならんって。
「なぜ脱ぐ必要があるんです? 牛乳をどう使うおつもりで?」
「母乳は出ないけど、擬似的なことはできるわよね?」
白ー! 早く来てくれぇー! 全力でナデナデしてあげるから! 抱っこもしてあげるから! 頬ずりもしてやるから!
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