第55話 想像責任

 未曾有の大事件だったが、聖家の力により何もなかったことになった。警察にさえ通じる権力者だから、まあ教師ぐらい容易いよな。いや、本当に何者なんだろう。


「さて、坂本小五郎君。私に何か言うことはないですか? 楽しそうなイベントに一人だけハブられた私に言うことは? 無毛同盟で唯一ハブられた私に言うことは?」


 めっちゃ仲間外れにされた件を突いてくるよ、この権力者のおチビちゃん。無毛同盟ってなんだよ。


「まぁまぁ、白ちゃん。ある意味ラッキーだったよ? 薄汚い出歯亀共にお尻を見られずに済んだんだから」


 呪い受けてから楓の口悪くなったよなぁ。出歯亀ってお前。というかなんで被害者ヅラしてんの? 別に教師達も見たくて見たわけじゃないと思うぞ? いや、見たいか見たくないかだったら、前者だろうけどさ。


「第一ねぇ、私をハブったくせに、私に助力を求められる神経がわかんないわ」


 それはそう。ちなみに委員長の案だよ。


「かてーこと言うなよ。先週の件を水に流してやったんだから、おあいこだろ」

「ふん……。水に流すも何も、やましいことなんてないわよ」


 馴れ馴れしく肩を組む椛に対して白は、意外と満更でもない顔をしている。友達が少ないから、こんなヤツらでも仲良くできて嬉しいんだろうな。

 それと、やましいことはあったよ。別にコイツらにいちいち断りをいれる義理も義務もないから、そういう意味ではやましいことなんてないのかもしれんけど。


「それにしても保険医まで加わるなんて、大変ね」


 白は比較的まともだから助かる。比較対象が酷すぎるから、大体の人間がまともの範疇に入るだろうけど。


「大変というか変態というか……」


 あの人これからどうなるんだろ。白のおかげでクビにならずに済んだけど、もう学校に居場所ねえだろ。彼氏さんとの仲も心配だし。


「でも興奮したでしょ? このスケベ」


 やっぱまともじゃねえわ、コイツも。感性がおかしい。


「いやお前、脇毛処理はトラウマもんだぞ……」


 なんで処理せずに職場にきてんだよ。いや、薄着じゃないからそういう日もあるかもしれんけど、あれはその……数ヶ月単位で剃ってねえぞ。


「念の為に聞くけどよ、これからはアタシ達のも剃ってくれんだよな?」


 〝念の為〟の使い方がおかしい。剃らせる前提かよ、勘弁してくれ。下だけでも辛いのに。

 まあ、それはさておき……。


「アイツとうとう保健室のセンセーにまで手を出したらしいぞ」

「おい、聞こえるぞ。ムダ毛処理班の班長に」


 なんで学校中の噂になってんの? 例の現場、地獄絵図は教師にしか見られてないわけだし、噂が広まることはないと思うんだけど。


「おいお前ら、それをどこで……」


 コミュ障だが勇気を出して、見知らぬ生徒達に問いただすことにした。噂の出所を確かめねば、対策のしようがないからな。


「毛狩り隊の隊長が声をかけてきたぞ!」

「狩られる! 逃げるぞ!」

「ま、待てよっ!」


 制止するも、コンマ一秒さえ止まってくれなかった。セリフだけ聞けば冗談っぽいけど、あの顔と声はマジだった。確実に危険人物に話しかけられた時のそれだった。

 なんだよ、毛狩り隊って。仮に毛狩り隊だとしても俺は隊長じゃねえ。徴兵制度によって嫌々、戦わされてる被害者だよ。


「こごろー、男子から嫌われてるんだねぇ」

「お前らのせいじゃい!」


 あっ、やべっ。憐憫の情を向けてきた楓に対し、積もり積もった怒りが……。


「私達のせい? 聞き間違いかな? 今、私達のせいで天涯孤独の便所飯野郎に成り下がったって言ったのかな? 小五郎が見境なく、試食気分で校内の美女達を手当たり次第に食い漁ってるから、それに嫉妬した弱者男性達に嫌われてるんでしょ? 自分が毒牙にかけた被害者女性達に対して、よくもそんなことが言えたもんだね。そうやってすぐ人のせいにするのやめたほうがいいよ? 私は中学生の頃、小五郎に捨てられたショックでありとあらゆる括約筋がユルユルになって、ひどい時はくしゃみをしただけで自動的に排便される体になっちゃったんだよ? 花粉症の時期なんか、鼻水やら尿やら、穴という穴から汚物が出る体になったんだよ? でもそのことで小五郎を責めたりしてないじゃん。私を見習えとまでは言わないけど、もういい年なんだから他責思考をやめなよ。そんなんだと、赤ちゃんができちゃった時に困るよ? 自分は悪くないだの、責任を取る必要がないだの、喚き散らして無理矢理堕ろさせるんでしょ? いやー! やめてぇ! 私の赤ちゃんを奪わないで! 私達の愛の結晶を不良債権扱いしないで! この世に生を受けた以上、幸せになる権利があるの! 育てるためのお金がないなら、銀行強盗でもヤクの密輸でも、なんでもするから育てさせて! 産ませて! 私、絶対に産むから! 小五郎と殴り合ってでも産むから!」


 ツ、ツッコミが追いつかねぇ。話の飛躍が予想外すぎるし、くしゃみしただけで漏らす体質ってのも衝撃すぎるし、っていうか今すぐ黙ってくれ。同級生を妊娠させたと誤解されるじゃねえか。


「い、いや、そういう話はしてないだろ? ただ、周りの生徒から距離を置かれているってだけの話で……」

「それで? それが一体どうしたっていうの? 人にレッテルを貼ることでしか生きがいを感じられない、可哀想な人達が勝手に誤解して、勝手に距離をおいてるだけの話じゃん。人を色眼鏡で見るような差別主義者達はこっちから願い下げだし、それを私のせいにする意味もわからない。お願いだから、分かる言葉で喋って。それよりも今は赤ちゃんの話だよ。昨日、ツルツルになったお股を、お互いの性欲の赴くままに擦り合わせたでしょ? その時、ありとあらゆる脳内物質が体中をかけめぐって、想像妊娠しちゃったんだよ。想像妊娠の次は何? うん、そうだね、想像出産だね。でも小五郎は、想像中絶したいんでしょ? 言っとくけど、中絶ってそんな簡単なもんじゃないんだからね? 想像中絶をしたら、想像頭痛とか、想像PTSDを患う恐れがあるんだからね? 簡単に言わないで。男の子はいいよね。身ごもる時も、産む時も堕ろす時も、一切リスクがないんだから。良いご身分だよなぁ! 苦しんでる妻のことなど露知らず、むしろチャンスと言わんばかりにフラフラと他の女のもとを行ったり来たりで、本当に良いご身分だよなぁ! ちゃんと寄り添ってよ! ヤることヤった時点で、最後まで付き合う義務があんだよ! 妊婦の前でタバコを吸ったり、家事やらせたり、好き勝手振る舞うんじゃねえ! 幸福も不幸もわかちあってこそじゃないのかよ! ヤることヤるくせに、やるべきことをやらねえなんてスジが違うだろうがよ! そういうヤツに限って『この国では、男は親権を取れない。終わってる』とかほざくんだよ! 妻に愛想を尽かされるような男が、子どもを育てられると思ってんのか! 育児舐めてんじゃねぇ! そんなに舐めるのが好きなら、私のおマ……」

「ストップ! ストップ!」

「うるさい! 想像責任を取れ!」


 身に覚えのないことで延々と責めてくる楓の口を強引に塞ぐ。お前、そういうところだぞ。俺が他の生徒に避けられるのは、そういうところだぞ。

 なんだよ、想像出産って。おままごとだろ、それは。

 っていうか俺別にタバコなんか吸ってないし、ヤることヤってないし……。


「小五郎ちゃん、わかってあげましょうよ」


 心の中でお経にツッコミを入れていたら、委員長が諭してきた。

 多分理不尽なことを言われると思うけど、一応聞き返そう。


「……何を?」

「妊婦さんってのは色々と不安になるのよ」


 いや、それはそうかもしれんけど、楓は妊婦じゃねえから。自分で想像妊娠って言ってるし。


「私も小五郎ちゃんを産む前は、イライラすることが多かったわ。勿論、産む時も辛かったわ。でも、貴方の産声を聞いた瞬間、全てが報われたわ。喉元すぎればじゃないけど、それまでの苦痛さえも心地よいものに思えたわ」


 架空の過去をしみじみと思い返し、うっすらと涙を浮かべている。何が怖いって、この人多分本気なんだよ。本気で俺を産んだと思い込んでるんだよ。


「小五郎、口を塞ぐのは手じゃないでしょ? 目には目を、唇には唇をって言葉知らないの?」


 存じ上げないです、そんな法典は。〝目には目を〟の意味も変わってくるだろ。

 あれ、そういえばなんか大事なことを忘れてるような気がする。なんでこのタイミングで思い出しそうなのかわからんけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る