第54話 サイン

 もうメンタルがガタガタだよ。保険医のデリケートゾーンはおろか、脇の毛まで処理させられたよ。

 しかも妙なこだわりがあるらしく、脇の毛は除毛クリームではなくカミソリで剃らされた。どういう性癖なんだよ、こいつら。


「中々才能があるわよ、坂本君」


 どうしよう、一ミリも嬉しくない。才能がないよりはいいのかもしれんけど。


「とりあえず服を着てくれません? 平日の午前中から、男女五人が全裸ってヤバすぎますよ。しかも全員ツルツルって」


 生徒と教職員が校内で剃毛プレイって、前代未聞だろ。うわ、ゴミ箱の中がドエラいことになってるよ。うっかり中を覗いたら、トラウマ必至だわ。


「そのチンチンで言われても説得力に欠けるわねぇ」


 しょうがねぇだろ、男の子なんだからさ。うっとりした顔で局部を見つめるな、さらに硬くなるから。


「前から疑問だったんだけど、小五郎ってなんですぐに服を着たがるの?」


 お前そんな疑問抱いてたの? 犬みたいな価値観で生きてんだな。


「とにかく俺はもう着るから、お前らもさっさと着ろ。特に先生」

「はいはい、最近の男の子は真面目ねぇ」


 アンタらが不真面目すぎるんだよ。教職員の乳を見れる日が来るなんて、思ってもいなかったよ。剃毛させられる日は、それ以上に想像できなかったけど。


「先生、とりあえず彼氏さんとよりを戻したほうがいいんじゃないですか? 今なら、ほら、酔っ払ってたとか、適当に言い訳が……」

「……なんで? なんでアイツとよりを戻さなきゃいけないの?」


 なんでってそりゃ、戻さない理由がないだろ? 剃毛プレイのために破局とか罪悪感が湧いてくるし。いや、俺に非はないんだけどさ。


「剃毛させてくれないし、玉も触らせてくれない。なんでそんな最低の男とよりを戻さなきゃいけないの? 好き放題させてくれる男の子ができたのに」


 最低の基準がおかしい。そして、その男の子って誰のことだよ。俺は好き放題することを許可した覚えないぞ。


「いい大人なんですからいい加減に……」

「いい加減にするのはアンタでしょうが!」


 あっ……これもしかして……。


「いい大人ぁ? 坂本君、私が脱いでも何も言わなかったじゃない。偶然にも今日はお気に入りの下着だし、胸の形や大きさもその辺の一般女性よりは優れてると自負してる。でも坂本君は『服を着ろ』とか『脱ぐな』しか言わなかったじゃない。普通の男なら私の下着姿を見た瞬間、下半身に思考回路を乗っ取られて襲いかかるわ。でもアンタもアイツと同じで、冷めた目をしてたわ。チンチン勃たせながらも、冷静を装いながら嗜めてきたわ。何よ、『真っ昼間の公園で脱ぐのはまずい!』って。意味がわからないんだけど? 男と女よ? ヤりたいと魂が叫んだ瞬間、全裸になるのが基本でしょ? 常識とか法律とかその辺の鎖は、愛の前じゃ輪ゴム同然よ。女をその気にさせるだけさせて、倫理観がどうだの公衆道徳がどうだの、ガキみてぇな言い分で逃げやがってよぉ! 女に恥をかかせるのは道徳心に背く行為じゃねえのかよ! 自分の尺度で物を語ってんじゃねぇ! 男と女が語り合いてぇなら、それはもう男性器と女性器で……」

「ストップ! 外まで聞こえますから! 教師が飛び込んできますから! 誤解されますから!」


 まずい、この女も呪い確定だ。そうでなきゃお経の説明がつかねぇ。

 クソっ、ドッシリと構えた大人の女性というイメージが一瞬で崩れ去ったよ。黒川家の呪い恐るべし。


「教師? 来るなら来いやぁ! 誤解しろやぁ!」

「わー!?」


 や、やべぇよこの人。剃毛の残骸が詰まったゴミ箱を蹴り飛ばしたぞ。床屋の床みたいに毛が散らばっちまったんだが、こんなの見られたら終わりだぞ。


「先生! 一体どうしたんですか! なぜ鍵をかけているのですか!」


 ほらぁ! 教師が来ちゃったよ! 急いで毛を片付けないと……って。


「な、何脱いでるんですか。早く着てくださいよ、教師が……」

「懲戒免職でもなんでも受け入れてやるわ。坂本君に捨てられた以上、保険医なんて続けるだけ無駄よ」


 自暴自棄になりすぎだろ。捨てるも何も拾った覚えないし。

 よく見ると楓達も脱ぎだしてるし、俺はどうすればいいんだ? 俺しか服を着ていない状況で、扉の外には異常事態を察してる教師。この状況どうすればいいんだ? 見られたらどうなるんだ?


「落ち着いてくださいって! 懲戒免職で済まないレベルですよ!」

「女を捨てようとしている男の話なんて聞こえないわ」

「……捨てませんから着てください、服を」


 マジで頼むよ、外にいる教師が強めにノックしてるから。早く対応しないと、マスターキーで中に入ってくるぞ。


「じゃあ捨てないって証拠を見せてちょうだい」


 いや、どうしろと? 見せられるもんなのか?


「契約書でも書けって言うんですか?」

「惜しいわね、名前を書くってところまでは正解よ」


 ………………?

 どういうことだ? 油性のマジックペンを渡されたんだが、どうすればいいんだ?


「坂本君の名前を書いてちょうだい。フルネームでね」

「ええっと、どこにです?」

「ここに決まってるでしょう」


 ……指差すところ間違ってない? 俺の目には女性器を指しているように見えるんだけど。


「いや、さすがに……」

「そう……」


 あっ、なんか息を吸い出したぞ。俺にはわかる、これは大声でヤバいことを叫ぶ前触れだ。


「書きます! 書きますから、大人しくしてください!」

「聞き分けの良い男の子は好きよ」


 そうか、俺は聞き分けのない女が嫌いだよ。お前らだぞ、お前ら全員に言ってるんだぞ。


「小五郎、私達は別に書かなくてもいいよぉ。そんなのなくたって、信じてるから」


 ありがとう、愛してる。女性器に名前を書かなくてもいいってのは当たり前のことなんだけど、神対応に思えるよ。

 ……ん? 何? 今の音は。


「なっ、何をしている?」


 突如ドアが開き、ドアの前に立っていた教師たちが唖然としている。

 そりゃそうだよな。全裸の女性が四人と、女性器にマジックペンを向けている男子生徒。脳みそフリーズするよな。

 くそっ、透明先輩にハメられたか? どうする? 言い逃れ不可だろ、これ。


「先生方、貴方達は何も見ていない。いいですね? じゃあ、早くドアを閉めて立ち去ってください。ここは保健室ですので」


 保健室だからなんなんだよ。なんで毅然としていられるんだよ。この状況でクールぶっても無意味だから!


「い、いや、しかしだな……」


 こっちはやたらと狼狽えてるし。いや、気持ちはわかるよ? 目のやり場に困るもんな。


「センセー? アタシらが叫んだら、センセー達パツ一でお縄だよ? ってかマジで叫びたいんだけど? 小五郎以外の男に裸見られるとか、マジ最悪だし」


 本音だろうなぁ、これに関しては。基本は乙女だもん、この人。乙女がしちゃいけないことを、これでもかってほどしてるけど。


「い、いいから服を着なさい!」


 それはそう。

 保険医もちょっとは隠す努力をしろ。お前ら三人も、背中側なら見られてもいいと言わんばかりに堂々としてるけど、尻見えてるからな? 男性に見せちゃいけない部位だからな?


「小五郎、後で埋め合わせしてね? あんなオッさん達にお尻見られるなんて、泣きそうだよ」


 なんで俺が損失補填しなきゃいけないの? 俺が脱がせたわけじゃないのに。


「さてと、坂本君」

「なんですか? さっさと服を着てください」

「早く私の女性器に名前を書いてくれるかしら?」


 あの儀式、続行するの!? 雨天決行ってレベルじゃねえぞ!


「せ、先生! 生徒と何をしているんですか! 恥を知ってください!」

「女の裸をガン見しながら何を言ってるのかしら? 貴方がたの表情や仕草を見てるだけで、心臓の鼓動がここまで聞こえてきますわ。貴方達こそ恥を知りなさい! 下心を隠してから物を言いなさい!」


 盗人猛々しいなぁ! 逆ギレのプロかよ!


「せ、先生が狂ってしまった……。この学校は終わりだ……」


 僕もそう思います。俺が一ヶ月前に呪いをかけられた時点で、この学校は終焉のカウントダウン始まってんだよ。俺に非はないけどゴメン。今なら転職間に合うだろうし、新天地で頑張ってください。ここはもう終わりだ。

 可哀想に……真面目ゆえに精神的ダメージが大きいらしいな。そりゃショック受けるよ。生徒からも教師からも注目の的だった保険医が、悪い意味で注目の的になってんだから。

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