第53話 破局
一体何がどうなってるんだ? うっ……息が苦しい……。
見えないけど、何が起きてるかはわかる。透明先輩が対面座位のような体勢で俺にまたがって、ひたすらキスしてきてると思われる。
俺の家ならまだしも、授業中はマジで勘弁して欲しい。抵抗することはおろか、声すら出せないし。
「顔色悪いぞ? こ、こ、小五郎」
アレだけの所業をしておきながら、未だに下の名前で呼ぶことに恥じらいを覚えている椛だが、あいにく萌えている余裕はない。酸欠間近なんだよ、こっちは。
一応足に負担がかからないように気を遣ってくれてるみたいだけど、それは利き手と逆の手で殴るのと同じレベルだよ。
「だい……んぐ……じょ……ん……ぶ……」
喋る時ぐらいキスするのやめてくれませんかね? 大丈夫じゃない人特有の喋り方になっちまったよ。死ぬ寸前の人でももう少しまともに喋れるよ。映画で相棒が死ぬ寸前にこんな喋り方したら、それだけで低評価確定だよ。
「発情した女に襲われてるかのような声だぞ」
鋭すぎん? まさしくそうだよ。お前ひょっとして見えてる?
「陰毛全剃りしたから、変な気持ちになってんのか?」
なるか! いや、確かに落ち着かねぇけど!
「ちなみにアタシは大変だぜ? 毛がないせいで、ションベンが飛び散るようになってさ。まるでスプリンクラーだわ」
女性ってそうなるんだ。世の中には知らないほうがいいことがいっぱいあるって、本当なんだな。
「おっ、スプリンクラーと聞いて興奮してんな? このスケベぇ、放課後見せてやろうか?」
いや、素直にドン引きです。興奮してるように見えるのは、透明先輩のキス地獄のせいだよ。ああ、頭が変になる。
「しかもアンタ、チンコ勃ってね? 妄想力豊かじゃん。
「おい熊ノ郷! 授業中だぞ!」
ナイスだよ、先生! どうせなら勃起がバレる前に注意してほしかったけど! あと、もう一人授業を妨害している生徒がいます! 見えますか、私の膝の上です! 見えないよな! 畜生! 教師ならこれぐらい見えろよ!
「あぁ? 別に授業の邪魔してねえだろーが」
いや、邪魔だよ。お前気づいてないだろうけど、徐々に声が大きくなってたよ。お前のせいで、授業中に勃起してることが前の席の人らにバレたよ。
「静かにできないのなら、廊下に立ってろ。真面目に頑張ってる子の邪魔をするな」
そうだそうだ! どっか行け、スプリンクラー女!
「あっそ、じゃあ保健室行かせてもらうわ」
「それはダメだ、お前は健康だろ。健康だけが取り柄だろ」
それは言い過ぎでは? いや、かばう気はないけど。
ん? なんか椛が俺を見てるぞ? あっ、指差してきた。礼儀知らずめ。
「授業に集中できねえんだよ。コイツに陰毛を剃られたから」
おい!? お前正気か!?
ああ、見られてます! クラスメイトが驚愕に満ちた表情で俺を見てます! 教師さえも凄い目で見てきてます! おい、教師が生徒を色眼鏡で見るな。かち割るぞ。
「え、ええっと……」
教師が狼狽えている。そりゃそうだよな、誰だって狼狽えるよ。高校生がするようなプレイじゃねえもん。
「小五郎が除毛クリームをアタシの女性器に塗り込んできたんだよ。アタシもお返しに玉の毛をツルツルにしてやったけど」
お前マジでやめろ。〝塗り込んできた〟ってなんだよ。なんで被害者ヅラしてんだよ。そこに俺の意思はねえよ。
うわ、授業中とは思えないくらい生徒がざわついてるよ。校内でデスゲームが開催されたかのようにざわついてるよ。
「先生!」
委員長? 一体何を……? っていうか透明先輩、そろそろキスやめて。今、史上最大のピンチを迎えてるから。
「ど、どうした? 石清水」
本当にどうしたんだろう。
「私も坂本君に除毛クリームを塗ってもらいました」
本当にどうした!? 助け舟出してくれるかもって期待した自分がバカだったよ。助け舟じゃなくて駆逐艦だったよ、こいつ。
「ちなみに私は、局部の上の部分をお返しに塗ってあげました」
ちなむな、頼むから。
ほらぁ、教師が情報を処理できなくなってるよ。CPUが追いついてないよ。
「先生、私も小五郎と除毛し合いました。その後、こすりつけ合いました」
楓まで何を言ってくれてんだよ。一体なんの報告なんだよ。
この人が教師生活何年目かしらんけど、多分このレベルの妨害は教師生活で初めてのことだろうな。初めてっていうか最初で最後だろうけど。
ああ、白が別のクラスでよかった。三人も四人も大差ない気がするけど。
「え、ええっと? お、俺はどうすればいいんだ? えっと、今日は定時上がりの予定で……えーっと」
あかん、完全にパニクってる。もう学級崩壊だよ。高校生で学級崩壊ってお前。
「じゃあアタシら四人は保健室行くんで」
そのためにこんな暴露したの? リスクとリターンが見合ってないぞ。
「きょ、許可しよう。保健室より行くところがある気もするが……」
それはそう。
許可っていうか半ば追放だよ、これ。もう教室に戻れないよ。
授業中に生徒四人が保健室に来るって、どういう心境なんだろうな。ごめんな、保険医さん。
「あらあら、どうしたのかしら?」
これだけの人数で訪ねてくるのはレアケースらしく、保険医さんは少し驚いているように見える。理由はそれ以上にレアケースなわけだが、上手くごまかしてくれよ?
「剃毛プレイしたせいで、授業に集中できないんです」
委員長、お前もう役職を辞任しろ。っていうか学級委員長が学級崩壊させてんじゃねえよ。ほら、保険医さんもドン引き……してない?
「あらあら、若いわねぇ」
若者への偏見やめろ。そんなにただれた国じゃねえから、ここ。
「コイツなんてもう、タマキンがツルツルだよ? センセー、見たい?」
コレクションを自慢するノリで聞いてんじゃねえ。高度なセクハラやめろ。
「じゃあ拝見しようかしら」
するの!?
「その代わり、ベッド使わせてもらうよ?」
「それぐらいお安い御用よぉ。さぁ早く見せなはれ! ご開帳しなはれ!」
……先生? 貴女もしかして……。
「はーい、小五郎ちゃん、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」
「やめっ……ぐっ!?」
と、透明先輩の野郎……俺を羽交い締めしてやがる。見えないけど、確実に透明先輩の仕業だ。
女性相手とはいえ、五人がかりで抵抗できるはずもなく、俺のツルツルの某がご開帳された。コイツらはともかく、教職員がこんなことしていいのか? 懲戒免職だけじゃ足りんだろ。
「あらあらあら、お可愛いこと」
「ひゃっ!?」
さ、触ってきたぞ!? 見るだけに留まらず、玉を触ってきたぞ?
「毛がないとこういう手触りなのねぇ」
「せ、先生……」
「あら? 痛いかしら?」
「いや、そういうわけじゃなく……」
あっ、ダメ……この人テクニシャンすぎる……。
「あら? あらあら、若いわねぇ」
二十代半ばの美人保険医にこんなことをされて平静を保てるわけもなく、移動中に静まってくれた俺の某は再び元気を取り戻した。
「小五郎? 私だよね? 私に見られてるからそうなったんだよね? おい、答えろよ勃起マン」
「あ、ああ、そうだ」
「おい、アタシだろ? さっきも授業中、アタシを見て勃ってただろ?」
「……あ、ああ……」
何この低俗なマウントの取り合い。いや、マウント合戦自体元々低俗なんだろうけど、これは群を抜いて低俗だぞ。
「坂本君、勃っても皮が剥けないの? まだまだねぇ」
何言ってんだ、この保険医。どこまで生徒相手に羞恥プレイするつもりなんだ。
「ちゃんと剥き癖をつけないとダメよ?」
「んっ……」
む、剥くな! アンタそれでも教職員か? っていうかさっき、鍵を掛けるような音が聞こえたんだけど、もしかして透明先輩が……?
「パンツがこすれて痛いかもしれないけど、そのうち慣れるはずよ。これからは剥いたまま過ごしなさい」
余計なお世話だよ。ただでさえ毛が無くて気持ち悪いのに、なんで苦痛の上乗せをしなきゃならんのだ。
「先生! 貴女は何もわかってません!」
……委員長?
「小五郎ちゃんは剥けてないほうが可愛いんです! ねぇ、小五郎ちゃん?」
お前の性的嗜好なんて知らんよ。いいから早くパンツを履かせてくれ。
「剥けてるほうがカッコイイわよ。貴女達もそう思わない?」
先生、そういうトークは俺がいないところでやってくれません? 俺を参考画像にしながらトークするのやめて。
「んー、まあアタシ的にはそうかなぁ。まあ、どっちも好きなんだけど」
「私はありのままの小五郎を受け入れるよ。頑張って剥き癖つけるっていうなら応援するし、カッコイイとも思う。でも無理はしないでほしいかなぁ」
何を真面目に語ってんだ、お前らは。特に楓、お前登校前に勉強頑張るとか言ってたじゃん。なんで授業抜け出して、最低の女子トークしてんだよ。
「あの、そろそろパンツを……」
「ダメ。こんな時しか見れないんだから、堪能させなさい」
お前本当に教職員か? いや、だから触るなって。見るだけでもアウトなのに。
「センセー、玉ばっか触ってね?」
良い観察眼だ、椛。俺もちょっと気になってた。とりあえずパンツ履かせてくれ。
「彼氏が全然触らせてくれないのよ。棒のほうは喜ぶくせに」
知らんよ。俺で埋め合わせすんな。触りたきゃ彼氏に頼み込め。
っていうか彼氏いるなら、こういうことすんなよ。治療目的じゃない以上、不貞行為に抵触するだろ。それ以上に懲戒免職もんだけど。
「サイテーじゃん、その彼ピ」
「あっ、わかる? そうよね、最低よね」
意気投合すんな。別に彼氏さん間違ってねぇから。
「先生は別に、痛めつけようとしてるわけじゃないんですよね? だったら触らせるのが筋だと思います。玉だけに」
委員長、ぜんっぜん上手くないぞ。お前のイメージが日々崩れていくんだけど、呪いが解けた後どう接すればいいんだよ。
「あの、どうでもいいんでパンツを……」
「小五郎ちゃん、わかってあげましょうよ。先生だって辛いのよ」
いや、この空間で一番辛いの俺だから。心に不快で深い傷を負ってるから。
保険医が鍵のかかった保健室で生徒の局部を弄り倒すって、テレビで流されるレベルの事件だぞ。性別逆なら、もう社会復帰不可能なレベルだぞ。
「毛がないってのも中々悪くないわねぇ。まあ、私の彼氏は剃毛なんて嫌がるでしょうけども」
そりゃな? 言っとくけど、俺も本気で嫌がったからな? 嫌がった末にこうなったからな?
「私にも塗ってくれるかしら? 坂本君」
は? 本格的に不貞行為だろ、それ。っていうかなんでクリーム持ってんの? なんで懐からクリーム出てきたの?
「緊張するわね」
「ちょ、なんで脱ごうとしてるんですか!」
「……? 脱がないと塗れないわよ?」
俺の言動がおかしいみたいな空気感出さないでくれるか? どう考えてもアンタが奇行に走ってるからな?
待って? これマジ? 大人、ましてや教職員はヤバくない? 学生同士ならまだマシだけど、教職員はさすがに……。
あっ、そうだ!
「せ、先生! 彼氏いるんですよね? さすがにこれは……」
「ん、それもそうね」
おお、わかってくれたか。さすが大人、最低限の分別は……ん? なんか電話かけだしたけど、一体誰に……。
「もしもし? アンタと別れるから、今日中に荷物持ち帰ってね。アンタが私の家にいたっていう、一切の痕跡も残さないでよ? 忘れ物とかあったら容赦なく捨てるから、そこんとこよろしく。は? 冗談じゃないわよ、こんなタチの悪い嘘をつくような女だと思ってたの? はぁ、別れて正解だわ。じゃあ二度と連絡してこないでね」
別れ話してるー!? そこまでして俺に除毛クリームを塗らせたいのか!? 覚悟決まりすぎだろ!
おい、お前らも止めろよ、もう手遅れ感が否めないけど。いや、なんで腕組みしながら頷いてるの? 彼女の行動は、明らかに間違った行動だからな?
まずいな、呪いの被害者もとい俺への加害者がまた一人増えちまったよ。責任持てよ、雅先輩。
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