第52話 将来設計

 昨日は地獄のような一日だった。アレはイベントが渋滞してるってレベルじゃねえだろ。たった一日に詰め込んでいい量じゃないよ。いや、そもそも存在してはいけないイベントだよ。発売から数年後に解析されて出てくる没イベントだよ。

 一日でも早く忘れたいが、トイレに行くたびに思い出すよ。


「わー……スベスベだぁ」


 除毛クリームって凄いんだなぁ。普通に陰毛を剃ったらチクチクして気持ち悪いだろうに、不快感が全くないよ。見た目の違和感はとんでもないけど。


「こごろー? そろそろ出ないと間に合わないよー?」

「あー、すまんすまん。すぐ出るー」


 言うまでもないが、楓は俺の家に泊まっていったよ。地獄のようなプレイで満足したおかげか、白のことを深掘りされなくて助かった。それだけが救いだ。そうだ、物事は良い面だけ見ればいいんだよ。そうしないと精神が持たない。


「大丈夫? おしっこにしては長かったけど」

「え? ハハ、寝起きだから貧血対策でゆっくりしてたんだよ」


 勿論嘘である。いや、寝起きの排尿は貧血の恐れがあるってのは事実だが、そんな理由で時間を食っていたわけじゃない。幼子のようにツルツルな局部を見て、ナイーブになってたんだよ。


「おじいちゃんみたいだね」

「おいおい、若者でも危険なんだぜ?」

「はいはい、早く準備しましょうねぇ。こごろーおじいちゃん」


 こういうシーンだけ切り取ると普通の幼馴染なんだよなぁ。話題がちょっと下品だけど、それはそれでリアリティがあるっていうか。


「それで? 結局、白ちゃんとはどういう関係なの? 登校までの道すがら根掘り葉掘り聞かせてもらうからね? ところで根掘り葉掘りってなんだろうね? 根掘りはわかるけど、葉掘りってなんだろうね? 葉っぱは掘れないと思うんだけど、どういうことなんだろうね? いや、言葉遊びだってのはわかるよ? ラップみたいなものなんだろねぇ。だからなんなんだよ! 流れだったらなんでも許されるのかよ! なあ小五郎! あの子とえっさほいさしたんだろ! 一時の空気に流されたってのが免罪符になると思うなよ! もうあとの祭りなんだよ!」


 実際はこれなんだよ。基本がこれなんだよ。普通じゃないんだよ。


「と、とりあえず学校に行こうぜ? な? もう時間がないってお前が……」

「学校嫌いな小五郎がなんでそんなに学校に行きたがってるの? はい、答えは簡単です! 愛しの白ちゃんに会いたいからです! だって、それ以外は考えられないよね? 学校に行かなくても私と一緒にいられるんだから、学校に行く理由なんてないんだよ。私、思ったんだ。学校なんて無理に行く必要ある? どこぞの自称革命家のバカガキも言ってたじゃん。なんの美点もないバカガキだけど、それに関しては一理あると常々思ってたんだよ」

「いや、そいつも結局学校に……」

「ねえ、なんのために学校に行くの? なんで足しげく通うの?」


 なんだ? 禅問答でもしたいのか? そろそろ行かないと遅刻するっての。っていうかなんでオカン来ないの? 登校時間ギリギリなのに家の中で揉めてんだよ?


「えっと? 社会性を身につけるためじゃないか?」


 とりあえず無難な答えで……。


「世の中の大人を見てみなよ? 歩きタバコやら、ポイ捨てやら、子供でもダメだと知ってることを平気でするじゃん? セクハラやパワハラも横行してる。大人の世界でも普通にイジメは存在する。ネットで著名人にしつこく絡んだり、誹謗中傷したりする大人は山程いる。駅員に絡んだり、コンビニでクレーム入れたり、救急車をタクシー感覚で使ったり……。ろくでもない大人がいっぱいいるけど彼らは皆、不登校なの? そんなことないよね? ほとんどの人間が学校に通ってたはずだよ? そこで社会性を身につけた今がこれ? アハハ、大した教育機関だよ。モンスター養成所に改名したほうがいいんじゃない? そもそも学校内でのイジメを放置してる時点で社会性を育めるはずなんてないんだよ」


 ……知らんがな。登校時間ギリギリにするような議論じゃないだろ。

 そりゃアンタ、学校があろうとなかろうとそういう輩は一定数いるよ? でも、そういう輩に成り下がらなかった人もいるわけで……それは学校のおかげでは?


「なんて言うのかな? 外れ値っていうの? どうしてもそういうのは存在するわけであってだな……」

「何をやってもダメな子はダメってこと? そうやってすぐに救済を諦めて爪弾きするような組織、なんの価値もないよ。命の選別じゃん」


 それは話が飛躍してない? それは救われない側に問題があるというか、キリがないというか……。国ってそういうもんだろ? 無理に全員救って全滅するより、少しでも多くの人間を確実に救うのが国じゃん。国っていうか生き物の原則っていうか、なんで俺もこんな哲学じみたことを真剣に……。


「と、とにかく行こうぜ? 行かないと将来がさ……」

「将来が何? 学校に行かないと未来は来ないの? 時間は勝手に進むよ? 誰だって大人になるんだよ?」

「それは……大人になったんじゃなくて、老けただけだろ。体だけが大きくなっただけの子供だよ」


 マジで遅刻しかねないから、そろそろ諦めてほしい。どんだけ俺と白を合わせたくないんだよ。お前だって学校に行かないと親に怒られるだろ?


「ほら、少しでも良いところで働くためには学校に行かないと」

「別にいいじゃん、良いところで働かなくても」


 な、何言ってんだ? 体と精神を削って低賃金を貰い口に糊する生活なんて、ゴメンだろ? 少なくとも俺は嫌だよ。


「ほんの少しだけ適当なところで働けばいいんだよ」

「おいおい、それじゃ小遣い稼いで終わりだろ? 生きていけないぞ」

「お金と無縁の生活をすればいいじゃん」


 ……は? 金がなきゃ質素な暮らしさえできないんだぞ? 公園の水とコンビニの残飯だけで生きていくつもりか?


「何を言って……」

「だからさぁ、適当な無人島にでも転がり込めばいいじゃん。初期費用さえあれば、後は自給自足でなんとかなるよ。その辺の植物で作った服を着て……いや、私達に服なんていらないか。適当にその辺の木材とか石で家を建てて、魚とか獣を狩って暮らそうよ。野菜とか果物を栽培するのも面白そうだね。男と女がいれば、娯楽はなんとでもなるし、病気も愛の力でなんとかなるから医者いらず。夫婦水いらず、医者いらずってよく言うもんね。安全に出産する施設や道具がないけど、必要ないよ。赤ちゃんは欲しいけど、私に向けられるはずの愛が分散するって考えたら諦めがついたし」


 全身の毛が逆立つ感覚を覚えたね。逆立つ毛は全部剃毛されちまったけど。

 ダメだ、このままじゃ拉致されちまう。気絶させられて、目が覚めたら絶海の孤島というパターンだよ。


「待て待て待て! 無人島ってのは所有者がいるんだよ! いなくても国が所有してるんだよ! だから無理! 無理無理無理!」


 未来を変えるために全力で抗う。ちなみに、これは出任せじゃない。


「そっかぁ……」


 そう言ってスマホで何かを検索する楓。画面は見えないが大体の予想はつく。


「んー、結構高いんだねぇ。無人島って」


 ほら、やっぱり。買う気だよ、この子。


「じゃあ学校行こっか、小五郎」


 ふー……諦めてくれたようで一安心……。


「小五郎の言う通り、良い会社に入ってお金を稼がなきゃいけないよね」

「え? ああ、うん」

「頑張って無人島買おうね! 二人で格安のボロアパートに住んで、節約しながらお金を貯めて、それで無人島を買おう! 固定資産税とかインフラとか、お金はかかるだろうけど、無人島を利用したシノギをすればなんとかなるよ! ヤクの取引に使わせたりとか……なんなら栽培してもいいかもね! 逃がし屋の中継地点にするのもありかもしれないねぇ。一旦ここに逃がして、時間を稼いでるうちに偽造パスポートとか戸籍を用意したり……ああ、整形する闇医者も囲わないといけないね。警察にお目溢ししてもらうためにも、パイプ作らなきゃいけないし……やることいっぱいでワクワクしてきたよ。よーし、無人島生活のためにお勉強頑張るぞー! おー!」


 え、もしかして俺、究極の反社にさせられかけてる?

 ……………………まあ、勉強に精を出すのはいいことだな。


「おー!」


 俺は楓に負けないくらい拳を突き上げた。

 この場さえ丸く収まれば、もうなんでもいいや。

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