第51話 ヤンデレ式交渉術

 店員さんがレシートの裏に電話番号を書くナンパ法って、平成で絶滅したんじゃなかったのか? なんならガセ、都市伝説だと思ってたよ。

 なんでこんな話をするかって? 間違いなく呪いの影響なんだろうけど、ドラッグストアの店員さんが電話番号くれたんだよ。結構可愛かったけど、これ以上、異常なハーレムは求めてないんだよ。


「楽しみだなぁ、剃毛」


 胸を高鳴らせるような行為じゃないと思うんだよ、剃毛ってさ。『まっ、楓が幸せそうならそれでいいや』とは言えないよ、とても。


「キンチョーすんなぁ、さすがのアタシも」

「じゃあ……」

「やめねーよ? スベスベのツルツルにしてやるかんな、覚悟しろよ」


 中々ないよ、その脅し。そしてわりとマジで怖いから、脅しとしては上々の効果を発揮してるよ。


「熊ノ郷は上の部分だけよ。タマは私がやるから」

「あ? なんでアンタにメイン譲らなきゃなんねーんだよ」


 俺に除毛クリームを塗る権利を取り合うな。っていうかメインなんだ、タマって。


「白、お前まだ握り潰そうと……」

「あのねぇ……私はそんなに小さな女じゃないわよ」


 いや、小さい……ああ、器の話ね? ……いや、いずれにしろ小さいだろ。


「もう許してくれたのか?」

「不本意だけど許すわ」


 そりゃ不本意だろうよ。事故とはいえ、相当気持ち悪かっただろうし。


「アレはアンタなりの求愛行動なんでしょ? 私レベルの美少女だったら、男から求愛されることなんて日常茶飯事だし、いちいち目くじらを立てるほど……」

「待て待て待て、アレはただの事故だっての!」


 局部を生で顔面に押し付けるのが求愛って、特殊な育ち方しすぎだろ。求愛行動だと解釈する白も大概特殊な出自だけど。いや、解呪師だし、実際に特殊な育ち方してるんだろうけど。


「……あのレイプまがいの行為が事故なら、握り潰しても事故……」

「求愛行動です!」

「小五郎? 何言ってるの? ねぇ? ねぇねぇねぇ?」


 落ち着け楓、こればっかりは仕方ないだろ? 白って絶対握力強いし、本気で潰しかねないから、従うしかないんだよ。これぐらいのおべっかは許してくれよ。リップサービスってヤツだからさ。


「小五郎、なんで私には求愛しないの? ほら、早くこすりつけてよ」

「楓! まだ屋外だから!」


 平然と頭のおかしい会話をしてるけど、実はまだ帰宅途中なんだよ。家の中なら問題ないってわけでもないけど。


「屋外なのは知ってるけど、それが今重要なの? 夜の海でプロポーズとか、花火大会でプロポーズとか、屋外で求愛するパターンって普通にあるじゃん? 屋外だってのを理由に拒むとか、意味が分からないなぁ。その言い分はいわゆる無理筋ってヤツだけど、なんでそれがまかり通ると思ったの? 私のことバカだと思ってんだろ! 夢詰め込み放題の頭スッカスカ麩菓子女だと思ってんだろ! 賢しいだけのガキが人様を舐めやがってよぉ! そんなに舐めるのが好きなら私のおマン……」

「楓! 好きだ! 愛してる!」

「……」


 お、落ち着いたか? 怖かったぁ……。

 お経には少しだけ、ほんの少しだけ慣れてきたけど、口調がチンピラみたいに荒々しくなるのは未だに怖い。


「……」

「えっと、楓?」

「続けて?」

「え……」


 今のじゃ、適当に紡いだ愛の言葉だけじゃ足りないってのか? 初期の頃だったら今ので機嫌良くなっただろうに。


「あー、えー、楓」

「うん、楓だよ」

「俺はお前が好きだ」

「……」

「えー……愛してる。えー……えっと、何か言ってくれないか?」

「続けて?」


 マジで怖いんだけど? 完全に足も止まっちゃったし。


「お前のことが本当に好きで……」

「うん」


 ただの相槌でさえ怖い。今の『うん』は、『それだけか? 他にないのか? それしか言えんのか? そんなんで納得してもらえると思うなよ?』ってことだろ? 期待してもらって悪いけど、これ以上の言葉なんて出ないっての。


「えーっと……」

「はぁ」


 全てを諦めたかのようなため息に、体がビクッとなった。一挙手一投足が怖いよ、この人。


「ペラペラな愛の言葉さえろくに出てこないんだね、もう」

「す、すまん。好きなのは事実だが、言語化が難しくて……」

「女の子を誑かし続けて、ピンチになったら口先だけで乗り越えてきた小五郎が愛の言葉を言語化できない? アハハ、随分と苦しい言い訳を考えたものだね。本当のことを言いなよ。私には偽りの愛を囁く価値もないってことだよね? キープちゃんにする価値さえなくなったから、切り捨てようって算段なんでしょ? まだ大したプレイをしてないのに、もう飽きられちゃったのかぁ。まさか二度も捨てられようとは、夢にも思わなかったよ。これから一緒に剃毛して、ツルツルになった性器でお互いを愛撫しようって話だったのにねぇ。イベント目前で、自分だけ参加権を剥奪されるなんて、こんなのってあんまりだよ。なんで? なんで私だけハブるの? 5Pの約束だったのに、なんで4Pに変更するの? ねえってば! なんで私を捨てるの!? 教えてよ! 私のどこが嫌いになったの!? 変えるから! 小五郎の望む私になるから捨てないでよ! 相手に察してもらおうって考えはやめてよ! 言いたいことがあるならハッキリと言ってよ! 何も言わなくても自分の欲望を満たしてくれる女を求める気持ちはわかるけど、もっと女の子を大事にしてよ! 小五郎にとっては使い捨てのオナ……」

「楓! 俺はお前に飽きたりなんかしない! 今のお前が……どんなお前だろうと好きだ! 変わらなくていいんだ!」


 やぶれかぶれで愛を叫びながら、楓を抱きしめる。この辺に住んでる人達全員に聞こえてるだろうけど、構うものか。これ以上、天下の往来でヤバい発言をされるぐらいなら、三流脚本家の恋愛ドラマみたいなセリフを叫ぶほうがマシだ。これなら『お熱いわねぇ、若い人達は』で住むだろうし。


「本当? もう捨てない?」

「ああ、絶対に」


 捨てたことなんて一度もないが、強く肯定する。

 もう手遅れだが、肯定すると捨てたことを認めることになるから、あまり得策ではなかったかもしれない。


「本当に愛してる?」

「ガチでマジだ」

「私のデリケートゾーンに除毛クリーム塗ってくれる?」

「……ああ、一本たりとも毛を残さないさ」


 適当に言い放った言葉だが、なんか物騒だな。世紀末感があったぞ。

 ……塗るのか、本当に。まだ覚悟決まってないんだけど、本当に塗らなきゃいけないんだな。もう逃れるすべはないんだな……。


「ツルツルになった股をこすり合わせてくれる?」

「…………」

「いやぁ! 捨てられる! 捨てないって言ったばっかりなのに! 坂本小五郎という女たらしの畜生が私を弄ぶだけ弄んで……」

「こすり合わせる! 摩擦で火が出るぐらいこすり合わせる!」


 この交渉術強すぎるだろ。俺この先、何を要求されても断れないじゃん。

 剃毛はともかく、こっちは男として嬉しいプレイのはずなんだろうけど、例のトイレ事件があったからなぁ……。

 俺、普通だよな? あんなことあったら、女性として見れなくなるのって普通のことだよな? アレはさすがに一線超えてるよな?

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