第46話 聖家の権力

 冷房のおかげか、床がヒンヤリしてて気持ちがいいや。冷却ジェルシートをデコに貼り付けたような感覚だよ。中学生ぐらいからあんまり風邪ひいてないから、懐かしい感覚だなぁ、ハハハ。


「あの、そろそろやめてくれないかな?」

「お許しいただけるまでは! 頭を上げることなどできません! 何卒ぉ!」

「いや、ほんと、勘弁して……」


 勘弁してくれだぁ? 俺のセリフじゃい! 俺らを解放しろ! 保護者に連絡しないでくれ! 本当に頼む!


「あのね、土下座とか求めてないし、別にキミ達をイジメたいわけじゃなくてだね」


 国家の犬が何を言ってやがる! イジメる気が無いなら、今すぐ解放してくれ!

 ……公務執行妨害で逮捕されないか心配になってきた。でもここまできたら後には引けないよな。


「ええっとね、今回の件は誰の目にも異常というか、親御さんに……」

「何卒ぉ!」

「ちょ、死んじゃう、死んじゃうから!」


 己の頭をカチ割らんばかりの勢いで、床に叩きつけ懇願する。未成年が交番内で負傷することを恐れてか、ポリ公が慌てだしているな。よし、もう一押し……。


「いい加減にしないか! どこの学校に通ってるか教えなさい!」


 ヤバいヤバいヤバい、学校はまずいって。さすがに退学まではいかんと思うけど、俺はタダでさえ腫れ物扱いなんだぞ? オムツァー呼ばわりされてんだぞ? この一件が広まったら、首を吊るハメになっちまうよ。


「さ、そろそろ名前を聞いてもいいかな?」


 ヤバいヤバいヤバい、ヤバスクリニックだよ。ここまで五人とも空気を読んで、お互いの名前を呼ばないようにしてたが、この流れで名乗らないのはまずい。

 どうする? 偽名を……いや、ダメに決まってんだろ! ポリ公を殴り倒す? 一番ダメだわ。こうなったら透明先輩に助けてもらうか? いや、彼女がこの場にいるとは限らないし、いたとしても軽々には頼れない。彼女がやったことは、別の誰かがやったことになる。外で事件を起こしてもらえばその隙に逃げれるけど、第三者が犯人扱いされちまうもん。


「聖、聖白よ」


 お、お前……名乗るのかよ、お前が名乗ったら俺らも名乗る流れになるだろうが。いや、もう名乗るしかないんだけどさ! もう少し抵抗を……。


「おお、ようやく……。え、聖?」


 おっ? ポリ公の様子が何やらおかしいぞ?


「聖って、その……」

「ええ、あそこの大きな家よ。解呪師の一族よ」


 あっ、そうか、名前通ってるのか。俺は聖家のことなんて知らなかったけど、この辺に住んでる年配の方々はご存じなのか。


「……多目的トイレは車椅子の人達が使うもんなんだ。緊急時以外に使用しないこと、いいね?」

「はーい。じゃあ帰らせてもらうわね」

「……ああ、お気をつけて」


 ま、白ぉ! お前ぇ! マジかぁ!




 いやぁ、白大先生には頭が上がらないなぁ。元はと言えばコイツのせいだけど、喉元過ぎればなんとやらってヤツよ。


「白ん家、結構凄いんだなぁ」

「……ええ」


 アレ? あまり立ち入ったことを聞いちゃダメな感じか?

 あっ、そういや、白の家に着いた直後も似たようなやり取りがあったよな? なんだっけか、解呪師が稼げるかどうかの話を……。


「で、結局その子は誰? どういう関係? 白って下の名前だよね? 私以外の女の子を下の名前で呼ぶって、どういう了見なの? 幼馴染の特権だと思うんだけど、誰彼構わず権利を付与しないでくれるかな?」


 うげっ、楓がいるの忘れてた。そうだよ、まだ問題は解決してないんだよ。糞尿地獄と補導を回避できて、安堵しきってたよ。


「っていうかよ、そろそろアタシのことも下の名前で呼べよ。ほら、前に呼んでくれただろ? なんでまた苗字呼びになってんだよ、アンタから下の名前で呼んでくれねえと、アタシも恥ずかしくて苗字呼びになるだろ」


 別に呼び方なんてどうでもいいし、むしろ熊ノ郷って苗字長いから、下の名前のほうが俺としてもありがたい。でもいいのか? 呼んでもいいのか?

 楓のほうをチラッと見たが、面白くなさそうな顔をしている。面白いけど面白くなさそう、変な表現だが言いたいことはわかるだろ?


「落ち着けって、色々ありすぎて疲れてるんだよ」


 俺と同じ経験してみろよ、弱いヤツなら軽く精神崩壊するぜ? 四人連続で対面座位になって排泄するとか、気が触れてるとしか思えん。恋人とか配偶者相手でも、その状況で排泄はせんだろ。


「警察に絡まれたぐらいで情けねえな、男だろ」


 ちげぇよ、そっちじゃねえよ。いや、そっちもかなり精神にきたけどさ。まだデコ痛いし。さすがに本気で打ち付けすぎたよ。


「言いにくいんだけどさ、排泄は下品すぎるって。あんなことされたら、お前らを女として見ることができ……」

「何言ってんの? 小五郎のせいで半日以上もおトイレに行けなかったんだよ? それって言い換えると、小五郎が排便を管理してるってことだよね? ってことは、出すところを見届けるのが義務でしょ? なのに息を止めて目を逸らすなんて、職務放棄も甚だしいよ。そもそもなんで私達に何も言わずに家をあけたの? そこら中にある蓋という蓋をはがしたから、手の皮とか爪がボロボロだよ。途中でヤクザを殴り倒したから、拳もちょっと切れちゃったし。あーあ、女の子を傷物にしちゃったねぇ? これは責任問題だよ、過程はどうあれ女の子に傷を負わせたらその日のうちに結婚して、その日のうちに子供を仕込むのが常識だよ。絶対にケジメつけてもらうからな、覚悟しろ。傷だけじゃないよ、歩き回ったから足が蒸れ蒸れになっちゃった。責任取って、小五郎の舌で清めるべきだよね? 楓の足裏十二時間物、ご賞味……」

「手当! 手当しようか! 傷残っちゃうから!」


 さっきの特殊プレイに比べれば可愛いもんだけど、それでも嫌なものは嫌だ。足裏なんて、下手したら局部より汚いだろ。そんなところを舐めたら、ワンチャン死ぬんじゃないか? 人間ってわりとアッサリ死ぬだろ? 風呂の残り湯で繁殖した雑菌で命を落とすこともあるっていうし、足裏は絶対にまずい。仮に病気を回避できたとしても、純粋に気持ち悪い。俺にそっち系の趣味はない。洗いたての足でも、絶対に舐めたくない。


「坂本、童貞のお前にはわかんねえだろうけど、女ってのは胸の谷間に汗をかいちまうんだよ。あっ、イインチョーと柊木と、そこのチビもわかんねえか。まっ、弱者女性のことはおいといてだな、この汗が中々曲者で……」

「拭け! そこのコンビニでタオルとか汗拭きシートを買ってやるから!」

「いらねぇって、お前が舐めとれば話は丸く収まんだよ。無駄金使う余裕があんなら、精力剤でも買えっての。ほら、早く舐めとれよ。このままだと、谷間に汗疹ができちまうぞ? いいのか? アタシの美しい体に、汗疹ができちまっていいんか? それとも汗疹フェチか? マジかよ……ドン引きだわ。でもアタシは胸も尻も器も、何もかもデカいからよ、アンタみたいな性的倒錯者相手でも受け入れてやるよ。よし、今から大量の汗をかくから協力しろ。まずはお互いの人肌を……」

「清潔! 清潔な子が好きだ!」


 心、心が休まらない。一対一なら自爆覚悟の一時しのぎで逃げれるけど、下手に攻めると他のヤツの反感を買ってしまう。


「とりあえず今から小五郎の家に行こっか? お義母さんも、息子の浮気性に対して怒ってるみたいだしね。そこの泥棒猫ちゃんも紹介しないと」


 怒ってる? あっ、そういや白のバカが電話でいらんことしたんだった。色々ありすぎて忘れてたけど、とんでもない発言をしてた気がする。

 待ってくれよ、白を紹介とか絶対にダメだって。コイツ気に入られそうだし、休日入り浸る女が増えちまうじゃん。

 誰か! 誰か助けて! もう散々不幸な目に遭ってきたじゃん! そろそろ飴を恵んでくれ! 鞭だけじゃ人は生きられねぇんだ!

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