第45話 十代初めての交番

 何やってんだろ……俺……。

 結局ね、全員と似たようなことをしたよ。水音発生器のおかげで排泄音を聞かずに済んだし、抱き合ってたから汚物を見ずにすんだ。臭いはどうしようもないが、それだけならまだ最小限のダメージだよ。

 でもな……でもな……。


「初めてよ、親以外に拭いてもらったのは」

「……俺も初めて拭いたよ」


 一生モノのトラウマだよ。介護の仕事してる人、マジで尊敬するわ。美少女四人相手でも精神削られたもん。っていうかウオシュレットがとにかく辛かったわ。俺の局部に、跳ね返りがかかったよ。ああ、気持ち悪い。


「ねぇ、さっきからなんで念入りに手を洗ってるの? なんでハンドソープ使いまくってるの? 資源の無駄遣いはダメだよ? 公共の消耗品なんだから、常識の範囲内で使わなきゃダメだよ? っていうか、それさぁ、まるで私達を汚い物として扱ってるってことじゃない? うわぁ、神経疑うなぁ」


 俺のセリフだよ、全部。多目的トイレに五人で入って、謎のプレイしてんだぜ? 性的な行為よりもよっぽどおぞましいことしてるぞ。


「さて、小五郎。色々聞かせてくれるかな? 昨日はこの子と一体何をしてたの?」


 昨日のことより、今のことが重要だと思うんだけど。さっきのことに比べたら可愛いもんだよ? 昨日の出来事なんて。


「な、なあ? 話すのはいいが、とりあえず出ないか? さすがに迷惑だって」


 軽く一時間ぐらいはこもってたんじゃないか? 迷惑なんてもんじゃないし、管理者的な人から声をかけられてもおかしくないだろ。


「アタシはいーぜ? 坂本はこの場の全員と一線超えたし、さすがに逃げねーだろ」


 ああ、超えたよ、絶対に超えちゃいけないラインを。文字通り臭い仲だもん。そして熊ノ郷の言う通り、逃げないよ。逃げる気力などとうに失った。具体的には対面座位排便を熊ノ郷としたあたりから。


「まっ、私は昨日の時点で一線超えてたけど? こんな児戯と比較にならないようなことをしたし?」


 性的って意味ではそうかもしれんけど、事の重大さで言えば今回のほうが遥かにやばいぞ。混浴だの同衾だのは、早いヤツなら中学生でもやるじゃん? これは百戦錬磨の遊び人でもやらんって。下手したら人類史上初だわ。少なくとも四人連続は初めてのはずだ。もし先駆者がいたとしたら、生き方を改めたほうがいいよ。


「小五郎ちゃん、やっぱりここでお話を聞かせてくれるかしら? 邪魔の入らないこここで、みっちり一時間ほど……」

「いや、さすがに通報……」


 『これ以上こもったら通報されかねない』と言いかけたその刹那。


「すみませーん。随分と長い時間、トイレに入っていらっしゃるみたいですけど、大丈夫ですかー?」


 ……さて、どうするか。いや、マジでどうするか。

 話口調からして、利用者ではなく管理者だろう。この事態をどう説明する?

 ……よし。


「お前ら……『いっせーのーで』でドアを開けて、全員一斉に出るぞ。で、とりあえずバラバラに散ろう」


 小声で作戦を伝える。管理者程度なら逃げればなんとかなるはずだ。さすがに追いかけてこんだろ。

 利害が一致しているからか、こいつらも納得してくれているようだ。うん、伝わったよな? 伝わったってことでいいんだよな?


「もしもーし?」

「……準備はいいか? よし……いっせーのーで」


 勢いよくドアを開け、我先にと……あっ……。


「おっ? やっと出てきたか。さて、キミ達……ちょっとお話いいかな?」


 ぽ……ポリ公やーん……。




 わぁ、交番の中ってこんな感じなんだ。あっ、これマスコットキャラかな? 何をモチーフにしてるんだろう、絶妙に可愛くないけど。

 それにしてもポスターとか標語が多いなぁ。『不審者警戒中』とか『見回り強化中』の標語がグッサリと刺さったよ。


「さてと……さっそくだけど、キミ達は何をしてたのかな? んん?」


 何をしてたんでしょうねぇ。俺が聞きてぇよ。上手く言語化できねぇや。

 正直に話すって選択肢は当然存在しない。学校や家族よりも先に、病院に連絡されちまうよ。いっそのこと、それもアリか? 全員で精神病院に入院しようぜ。アイツらは勿論、俺も精神病んできてるし。

 もうこいつらを女として見れねぇよ。なけなしの下心が完全に消えちまった。


「絆を深め合ってました」


 委員長、頼むから真面目な顔で意味深なことを言うな。深まったのは溝だよ。足から落ちても即死するレベルの深さだよ。


「……こんなことを子供に言いたくないんだが……ああ、いや、今の時代結構うるさいから本当に言いたくないんだが……あー……」


 めっちゃ言葉に詰まってるけど、ポリ公が言いたいことはわかる。十中八九、性行為をしていたと誤解してらっしゃる。普通はそう思うよな、わかるよ。でも、事実は違うんだ。悶絶激臭地獄があった。ただそれだけなんだ。全員もれなく下半身を露出していたが、もはや些細な問題なんだ。健全な男子高校生が一切勃起しなかったという時点で、性的な要素ゼロなんだよ。

 とりあえず、こいつらが余計なことを言う前に畳みかけよう。あくまでも俺だけがポリ公と会話しよう。


「誓っていかがわしいことはしておりません!」

「……うーむ。嘘をついてるようには見えないが、状況が状況だからなぁ」


 そうなんだよ、外から見ればそうなんだよ。外から見れば男の夢、美少女だらけの乱交パーティだもんな。でも中を見れば、阿鼻叫喚の地獄絵図、糞尿地獄だよ。


「だったら尿検査をしてください! さぁ!」

「にょ、尿検査?」

「いかがわしいことをしていたなら、俺の尿からタンパク質とかそういうのが検出されるはずです! なんだったら持ち物検査もしてください! ゴムなんか持ってません! こいつらの持ち物やトイレのゴミ箱も見てください! 使用済みのゴムなんかありませんから! 生でヤったと疑ってるなら……」

「落ち着け落ち着け! 別に疑ってるわけじゃないんだ」


 嘘つけよ、骨の髄まで疑ってんだろ。どうにか言質取ろうとしてるんだろ、知ってんだからな。


「じゃあキミ達がいかがわしいことをしていないという前提で話すが、いったい何をしていたんだい? 複数人の男女がトイレの個室に長時間こもるなんてハッキリ言って異常だよ」


 えっとえっと、大便をしていましたってのは口が裂けても言えないとして、どう誤魔化せばいい? 落ち着け、でも急げ、早く答えないと怪しまれるし、こいつらが余計なことを言いかねない。


「それに逃げようとしてたよね? ドアを開けてダッシュしようとしてたよね?」

「いえ! 早く出ないと迷惑だと思いまして……」

「じゃあそもそも、なんで長時間こもってたのかな?」


 察してくれよ! 言うに言えないんだよ! 解放してくれ!


「えっと、駄弁ってました……」

「トイレで? 図書館とかバーガー屋とか、いくらでも駄弁る場所があるのに?」


 と、図書館かぁ……。喫茶店とかバーガー屋なら、お金がないって言い張れるかもしれんけど、図書館があるならダメだなぁ。

 いや、そもそもトイレで駄弁ってたは無理がありすぎる。

 どうしよ……このまま親とか学校に連絡されちまうのかな……。色々ありすぎてもう何がなんだかわかんねぇよ……。

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