第44話 ドッキング

 さすがに俺が女子トイレに入るわけにもいかないので、多目的トイレに楓を放り込んだ。車椅子の人が最優先の場所だから、あんまり一般人が使うのはよろしくないというのが最近の風潮だが、まあ今回に限っては許されるだろう。別に化粧とか着替えとか不倫とか、そういう用途から外れた使い方をするわけじゃないしね。

 ん? 楓? なんで俺を腕を掴んでるんだ? もう限界寸前なんだろ? 俺の親指蓋が外れたから、いつ決壊してもおかしくないんだろ? だから早く離してくれ、マジで頼む。


「入ってますかー? お邪魔しまーす」


 熊ノ郷さん? なんで入ってくんの? 個室トイレの人口密度じゃないって。間違いなくキャパオーバーだって。


「結構広いんだね」


 白ちゃん? 女子トイレはあっちだよ? ここは、お一人様限定だぞ? 順番待ちするにしても、外で待てよ。


「あら、ちょうどオムツ交換台もあるじゃない」


 委員長まで入ってきちゃったよ。何がちょうどなんだよ、待ち望んでたかのような言い方するな。多分、俺らじゃ耐荷重オーバーだよ。仮に範囲内でも、絶対に使わんからな? もうオムツはゴメンだからな?

 っていうか早く出ていけよ、俺も出るから。楓を一人にしてやらないと、このままじゃ皆の前で脱糞するハメになっちまう。


「柊木、後がつかえてんだから早くしろよ」


 だったら早く出ていけよ、出すに出せないだろ。女性同士なら排便見せあうの平気なん? 未開拓の部族でも、排泄に関しては羞恥心を持ってると思うんだけど。


「もう、椛ちゃん。早くしろって言うならさぁ」


 そうだ、早くしろって言うなら……。


「ちゃんと鍵かけてよぉ」

「ああ、わりぃわりぃ」


 おいっ!? 密室現場にすんな!


「もう限界だから……小五郎以外は後ろを向いて耳を閉じてくれる?」


 あっ、羞恥心はあるんだ。なんで俺を例外にするのかわからんけど、見られたくないって気持ちはあるんだ。


「小五郎……悪いんだけど、パンツとスカート下ろしてくれない?」


 スカート下ろす必要ある? っていうか俺が下ろす必要ある? っていうか悪いと思うなら、頼まないでくれるか?


「んなこと無理だっての! もういいから、ここから出してくれよ! 解放してくれよ! お前ら、マジでいい加減に……」

「いい加減にするのは小五郎でしょうが!」


 ひぃ!?

 い、今の楓? 楓が怒声を……?


「ごめん、興奮しすぎて大きい声と小さいほうがちょっと出ちゃった。でもね、小五郎に全責任があるんだよ? 小五郎は、さっきから何をワガママばっかり言ってるのかな? 小五郎が、屋外で排泄を見せあうのが嫌だとか意味がわからないことを言うから、仕方なく皆で多目的トイレオフしてるっていうのに、この期に及んでまだ文句言うの? 私達のボロボロの服を見て何も思わないの? 小五郎と急に連絡が取れなくなった上にGPSが反応しなくなったから、小五郎の身に何かあったんじゃないかと不安で不安で仕方なかったんだよ? 小五郎の部屋のベッドの下からクローゼットの中、念のため引き出しの中までチェックしたんだよ? 勿論パソコンの中もチェックしたよ。何か足取りが掴めるかもしれないし、度重なる不倫で自責の念にとらわれた小五郎が自分を電脳化して、小五郎ZIPとしてパソコンの中にいる可能性もあるじゃん? 結果としては、エッチなゲームとか同人誌ぐらいしかなかったけどね。なんで幼馴染系の作品が一つもなかったの? マジギレパンダなんだけど。まあアカウント凍結させた上でパソコンを初期化したから、ちょっとは溜飲が下がったけど、同人誌については後でお話だからね? 震えて眠れ。で、なんだっけ? ああ、そうそう、小五郎を探し回った話ね。溝とか岩の下とか自販機の下とか、ありとあらゆるところを探し回ったよ。まあ見つかったのはダンゴムシとか十円玉とか、クソの役にも立たないゴミばっかりだったけど。で、ここまで探して見つからないってことは、ヤクザに誘拐された可能性が高いと思ってね、国道沿いにあるヤクザ事務所にカチコミしてみたんだ。『坂本小五郎を返せ!』って叫びながらね。そしたら逆ギレして襲い掛かってきて、怖かったから目に映ったツボで正当防衛しちゃったよ。穏便に済ませようと思ってたんだけど、向こうはヤる気満々だったから全面戦争になっちゃったんだぁ。えへへぇ。でね、窓から逆さ吊りにしたり、トイレのスッポンで顔をキュポキュポしたり、万力で玉を挟んだりしながら質問したんだけど『坂本なんて知らない!』の一点張りだったんだよね。とりあえず押収したチャカとか、違法金利の借用書とか、その辺の証拠品をサツにチンコロしといたよ。まあ、そんな些細なことはどうでもいいの。私達に心配と苦労をかけておきながら、小五郎は何をしてたの? なんで女の子とデートしてたの? 昨日の夜は何してたの? 私が指から血を流しながら溝の蓋をめくったりしてる間、小五郎は何をしてたの? おい、目を背けるな。私の目と下半身を見て。っていうか早く脱がせてくれない? このままじゃパンティがタプタプになっちゃうんだけど、小五郎は責任を取れるの? とりあえずポピュラーというかありきたりな手法だけど、被らせようと思ってる。あっ、被りたいから意地悪してるんだ? そっかそっかぁ、小五郎も人が悪いなぁ。それならそうと早く言ってくれれば……」

「さぁさぁ、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」

「はーい!」


 美少女を脱がせるなんて、男冥利に尽きるなぁ。絵面としては介護以外の何物でもないけど。


「も、もういいよね? 小五郎……私は限界を更に超えた限界を更に超えたよ」


 インフレの激しいバトル漫画かよ。限界を超えたのは俺のほうだっての。


「脱がせたんだからお役御免だろ? 頼むから、俺を解放してくれよ。人が排泄してるところなんて見たくねえよ」


 一生のトラウマになっちまうよ。小さいほうでも相当辛いけど、大きいほうは精神狂っちまうよ。心に深い傷を負っちまうよ。


「……わかった」


 つ、通じた? ヤンデレに説得が通じた?

 やった! 良い年した男が半泣きで懇願した甲斐があった! そうだよ、ヤンデレだって人の子なんだよ。男泣きで情を揺さぶら……。


「まだそういうのを見る関係になるのは早いってことだよね?」


 ……おや? 未来永劫見たくないって意味で言ったんだけど、時期尚早だと主張しているって解釈された?


「じゃあさ、対面座位になろ? それなら小五郎は見なくて済むでしょ?」


 対面座位って、その……アレだよな? 便座にまたがる楓と向かい合って、重なり合うってことだよな? え、その体勢で排泄って……。


「大丈夫、このボタンを押せば水を流す音が流れるから」


 それはありがたいけど、臭いが……。


「坂本、早くやってやれよ。こっちも限界なんだよ」

「熊さん?」

「全員でアンタを取り押さえて、柊木の股の間に顔を突っ込ませてもいいんだぞ?」

「あっ! 椛ちゃん、それいいね! じゃあ皆、小五郎を……」

「楓! 上、失礼するぞ!」

「……私だけ脱いでるのって、なんか違うなぁ」

「脱ぎまーす! 脱ぎ脱ぎー!」

「きゃっ!」


 ……わりと本気で死のうかな、俺。

 明らかに一線を越え始めてるもん。そろそろ耐え切れねぇよ。ああ、臭気が目に染みる……。

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