第43話 人生初挿入

 状況が状況なだけに頭が真っ白になってもおかしくないのだが、逆に冷静さを保っている。それはさながら車に轢かれる寸前の集中力、生存本能の爆発とでも言うべきだろうか。

 いいか、俺、下手に逃げちゃダメだ。白に抱き着かれたまま逃げ切れるほどのフィジカルなんてない。

 そうだ、白だ。この状況、白も相当ピンチなはずだ。一応コイツは味方のはず。

 コイツと相談する時間が欲しいけど、望むだけ無駄ってもんだ。お互いに考えを読み合って、危機を脱する方法を探るしかない。

 ……できるのか? 今までコイツと意思疎通できたか? 意思疎通ができない相手から逃げるために、意思疎通ができない相方と協力って、不可能にもほどがあるぞ。


「とりあえず小五郎から降りてくれるかな? ついでにそのまま車道にハリウッドダイブしてくれると助かるんだけど」


 ついでレベルでする頼みじゃないよ。だが、白が降りてくれるのはありがたい。これでいざとなったら逃げることが……。


「嫌だけど?」


 白さん? なんで逆らうの? どういう了見?


「そんなに無理なお願いかな? 車道にダイブが嫌なら、そこの街路樹でスパっと頸動脈を掻っ切るだけでいいよ。ついでに上腕動脈と大腿動脈もね」


 死に繋がる箇所を的確に狙ってくるじゃん、この人。あのな、それは自殺教唆にあたるからやめたほうが……。


「あのねぇ、見ての通り私と坂本は買い出し中なの。どっか行ってくんない?」


 煽るな、敵対心を煽るな。あと、見ての通りとか言うけど、見えないから。どう見てもイチャついてるだけだから。

 コイツわかってんのか? 俺ら二人揃って今際の際なんだぞ?


「白、降りてくれ」


 言っても聞かないだろうが、俺の意思表示にはなるはずだ。俺は嫌々抱っこしているだけであって、降ろしたくて仕方がないと楓達に……。


「は? アンタのために抱き着いてあげてんのよ? こんな人通りの多いところで、勃起した変態を野放しにできないわ。逮捕されてでも、その辺の女性を犯したいって言うなら話は別だけど」


 ……コイツ、明確に敵だ。誰だよ、味方とか言ったヤツ。敵の敵は味方とは言い切れないんだなってのが、よくわかったよ。

 何この三角関係……いや、直線関係だわ、挟み撃ちだわ。包囲網だわ。


「小五郎? なんで勃起してるのかな? まさかその子と抱き合ってるから……」

「ち、違う! コイツが執拗に触ってきたんだよ! 自分で触っても勃つんだから、これは仕方がないことなんだ!」

「……触らせたの? 私以外に」


 あっ。墓穴掘った……。


「落ち着け! コイツが無理矢理触ってきて……」

「で? 触ってきたからなんなの? 普通、触ってきた瞬間、顔面にグーパン決めるよね? だってそうじゃん、私専用の物を勝手に弄ってきたんだから、鼻っ柱にパンチ決め込んで撃退するよね? っていうか触られたから勃起したってのがまず理解できないんだけど? 小五郎視点じゃ私以外の女の子って全員汚物に見えてるはずなんだけど、なんで汚物に触れられて勃起するの? もしかしてそういう趣味なの? そうなんだ、小五郎の意外な一面を知ることができたよ。うん、わかった。馬の骨……いや、馬のフンに欲情したのは許せないけど、上書きすることで留飲を下げることにするよ。昨日の夕方から不眠不休不排泄で小五郎の行方を探し続けてたから、いつでも出せる状態なんだよ。さあ、その汚物を振り払って、今すぐ仰向けになってくれるかな? 初めてのことだから緊張するけど、私頑張るよ。あっ、緊張のせいでお腹が……早く! 今すぐ仰向けになって、餌を貰うヒナのように口を……」

「楓! そこに公衆トイレあるから早く行け!」


 突っ込みたいところは山ほどあるが、それどころじゃない。このままでは究極の異常性癖を植え付けられてしまう。カレー屋の看板を見るたびにフラッシュバックする体質になってしまう。コイツの鼻っ柱を殴ってでもトイレに連れ込まねば……。


「行け? 行けって言ったの? 今。一緒に行こうだよね? ちょっと言い間違えただけだよね? 言葉ってナイフなんだよ? ちょっと取り扱い方を間違えただけで大惨事になることもあるんだよ? 小五郎っていっつもそうだよね。私……うっ……」


 あっ、ヤバそう。もう括約筋が限界じゃん。


「ごめん! 白!」

「きゃっ!」


 怪我をさせない程度の勢いで白を振り落とす。楓に意識が向いていたおかげで、なんとか振り落とすことができたようだ。


「楓! 歩けるか!?」


 正直色んな意味で近寄りたくないけど、楓に肩を貸してやった。こんなところで決壊したら、SNSにあげられて人生が詰んでしまう。もう手遅れな気がしないでもないけど。


「おい、待てよ坂本」

「な、なんだよ、熊ノ郷」


 何とおせんぼうしてんだよ、どいてくれよ。自分が既に漏らし済みだからって、漏らし仲間を作ろうとしてんじゃねえよ。


「柊木をトイレに連れて行って、何をする気なんだよ?」

「トイレだよ!」


 正しい用途で使うつもりだよ!


「なんでトイレに行く必要があんだよ? なんで個室に行く必要があんだよ?」


 逆に聞きたい。なんでその質問が出てくるんだ? むしろトイレに行かない理由がねえだろ。休日の昼間にこんな駅前で漏らしたら、間違いなく人生終わるだろ。


「年頃の女の子がこんなところで漏らしたらまずいからだよ! いや、老若男女問わずにまずいけど!」

「なんだよ今更。小さいほうも大きいほうも大差ねえだろ」


 あるよ、天と地ほどの差が……え?


「アタシらはお前を探して、半日以上もこの街をさまよってんだぜ? 膀胱が持つと思ってんのか?」

「……お前ら三人とも……まさか……」

「一応、水は被ったよ」


 ちょっと服が湿ってるとは思ったけど、そういうことかよ! なんでだよ! 夜通し俺を探してるのも怖いけど、トイレぐらい行けよ! なんで漏らしながら探索してんだよ!

 ……そういやほのかに臭うな。雑に水洗いしただけだから、臭いが残ってるな。


「小五郎……もう一歩も歩けない……」

「うっ……熊ノ郷! どいてくれ! むしろお前が連れてってくれ!」


 頼むよ、マジで頼む、わかってくれよ。


「……アタシとイインチョーも限界なんだよ」


 バカッ! バカしかいねぇ!


「坂本、実は私も朝から……」


 知らんよ! さっさと行って来いよ! なんでこの空間、五人中四人が便意を堪えてるんだよ!


「小五郎ちゃん、私はギリ歩けるわ」

「……そうか、楓に肩を貸してやって……」

「やだっ! 小五郎がいい!」

「坂本、私を抱っこで……」


 ええい! あーだこーだ言うな! お前らの便意と同じぐらい、俺の精神も限界なんだよ! 駅前で、漏れそうだのトイレに連れてくだの、いつ通報されてもおかしくない状況なんだよ!


「小五郎ちゃん、ちょうどここにお徳用オムツがあるわ」


 何がちょうどなんだよ、なんで持ち歩いてんだよ。なんだよ、お徳用って。


「私が小五郎ちゃんにオムツを履かせてあげるから、小五郎ちゃんも皆に履かせてちょうだい」


 なんだよその特殊プレイ。お前らでペア組んで履かせ合えよ。

 そもそも俺はオムツ必要ないんだよ。っていうかお前らも必要ないだろ、そこにトイレあるんだから。なんだよ、コイツら寝不足で精神がおかしくなってるのか?


「なるほど……オムツに出して、それを坂本に換えてもらうと……アリね」


 ナシだよ! なんでアリだと思ったのか説明を……いや、別にいいから今すぐトイレに行ってこい。


「坂本、アタシ達はほとんど動けない。アンタが全員トイレまで運ぶとしても、間に合わないヤツが出てくる」

「……委員長と白は歩けるだろ。っていうかお前も……」

「そもそも四人分もトイレが開いてる保証はねえ」


 それはそうかもしれんけど、グダグダ言ってる暇があったら行けよ。間に合わなそうなヤツを優先で、順番決めたらいいじゃん。


「アタシらがトイレに行ってる隙に、アンタが逃げる恐れもある」


 あっ……そうか、逃げようと思えば逃げれるのか。その後がヤバそうだから、逃げない方針ではあるが、いざとなったらそれも……。


「もろもろ考えたら、アンタがこの場でオムツを換えるのが最善策だと思わんか?」

「思わねえよ! 通報っていうか、すぐそこに交番あんだぞ!」


 一生SNSでネタにされるわ。まとめサイトに掲載されるわ。なんだったら、ニュースで取り上げられるわ。お茶の間が凍りつくわ。


「こ、小五郎が急に大きな声を出したから、大きいほうが……」

「わ、わー! 早くトイレに……!」

「無理……もう……」


 だから急げっていったのに……! 顔色めっちゃ悪いじゃん。イカみたいに真っ白じゃん。どうする? ここでオムツを……いや、漏らすのと大差ねえって。


「おんぶ! おんぶしてやるから!」

「……抱っこ」

「わかった! 抱っこしてやるから、もうちょっと堪えろ!」


 刺激を与えないように、ゆっくりとお姫様抱っこをする。この体勢って大丈夫なのか? お姫様抱っこなんてされたことないからわからんけど、この状態で我慢できるのか? 小便ならまだしも、大のほうはさすがに投げ捨てるぞ。


「……蓋! 小五郎の指で蓋をして!」


 はっ!? 何言ってんだお前!?


「大丈夫、タンポンの要領だから安心して」

「た、タンポン?」


 どういうことだよ、よくわかんねえよ。いや、タンポンって名前は知ってるけど、どういうものかよくわかってねえよ、ナプキンと何が違うんだよ。っていうか、何を安心すればいいんだよ。タンポンがどういうものであれ、俺がお前の穴に指を突っ込むことに変わりはないんだろ?


「は、早く! 小五郎ので私の穴を塞いで!」


 やめろ、『小五郎ので』って言うな。何も知らない人が聞いたら、指って思わないから。穴も違うほうの穴を想像するだろうし。

 ああ、もうダメだ、楓の顔色が本格的にヤバい。ええい、ままよ!


「なんとかなれー!」

「あっ……んっ……」


 ……死にたい。コイツの輸送任務が終わったら、速やかに手を洗おう。備え付けのハンドソープがすっからかんになるまで使おう。

 疎遠だった幼馴染の尻に指を突っ込む日が来るなんて、黒川家の呪い恐るべし。

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