第41話 高飛車の極み

 俺は普通に生きてきたので、呪術にも解呪にも明るくない。だが、解呪については一つだけわかったことがある。


「はい、もう一往復! 頑張れー」


 解呪ってのは体力と根性の勝負らしい。正直全然結びつかないんだけど。


「さ、さすがにキツい……」

「は? 私が重いっていうの? パパと代わろうか? 筋肉ゴリラだから私の一・五倍は重いと思うけど」

「白でいいです……いや、白がいいです。白じゃなきゃ嫌です」

「ふふっ、及第点よ」


 さすがにこの修行は鬼畜すぎんか? いくら小柄な女の子でも、人をおんぶしながらのダッシュはキツイって。何流の修行だよ。っていうか、俺の汗がベッタリつくと思うんだけど、気持ち悪くないのかね。

 いや、今更か。サウナもどきで抱き合った仲だもんな。


「ちなみに……ハァハァ……これが終わったら何を……」

「次は抱っこしながらダッシュよ」


 は? さすがに走れねぇだろ。


「大丈夫、ちゃんとガッチリしがみつくから」


 そこは心配してないよ。だって今やってるおんぶも、チョークスリーパーかける時ぐらい思いっきり足でホールドされてるもん。あのな、これはもはや胴絞っていう技なんだよ。言っとくけど胴締めって、柔道だと禁止技だからな? わかるか? 禁止されてるってことは、後遺症や死のリスクがあるってことだぞ?


「ほら、早く走りなさいよ。抱っこの次はお姫様抱っこで三往復よ」

「し、死ぬぅ」


 殺しにきてない? さすがに運動部でもキツいって。帰宅部にやらせていい運動量じゃないぞ。

 っていうか一往復が長いんだよ。平民が所有していい土地の広さじゃねえよ。

 まあ文句を言っても始まらないか。可能であれば逃げ出したいけど、メンヘラが発動するのが目に見えてるし。


「さあ、次は抱っこよ。さあさあ、早く抱きしめなさい」


 本当に修行なんだよな? 体よくハグしたいだけじゃないよな?

 ああ、柔らかい。飴と鞭、地獄に仏、不幸中の幸い。

 もう走らなくてよくない? この体勢をキープするだけで、良い修行になるよ。暑いし重いし、立ってるだけで相当辛いもん。


「あの、頬ずりやめてくれん? 走りにくいし、汗でベタベタして気持ちが……」

「は? 落ちないように密着してるだけなんだけど、言いがかりやめてくれない? あくまでも修行なんだけど、いやらしいこと考えないでもらえる?」


 本当にそうだろうか。頬をくっつけるだけならその理論も通るかもしれんけど、こする必要ある? もはや汗と油を交換し合ってるんだけど。


「さぁ、ダッシュよダッシュ。修行のために頭をポンポンしながら走りなさい」


 お前もしかして『修行のためよ』って言えば、なんでも通ると思ってる? まあ、やるんだけどさ。




 人間、死ぬ気になればなんでもできるもんなんだな。見事にやり終えたよ。

 ダメだ、学校行けないかもしれん……。三日くらいはまともに動けそうにないぞ。

 ちなみに白も同じことをしたよ。まさか俺を抱えたまま走り切るなんて、コイツ案外凄いヤツなのでは?


「良い汗かいたわね」


 そうかな? もう一ヶ月遅かったら、二人共熱中症確定だと思うんだけど。

 っていうかさ、お前今までどうしてたの? 修行の相方どうしてたの? もしかして親父さんとかお袋さんを抱っこしてたん? 姥捨て山かい?


「じゃあパパッとシャワー浴びて、買い物に行くわよ」

「そのシャワーってのは……」

「大丈夫、温めのお湯だから気持ちいいわよ」


 違うんだよ、水温の心配はしてないんだよ。一人で浴びさせてくれるのかって聞いてんだよ。うん、答えなくていいよ。もう何言っても無駄だから。

 同級生の女子の家に泊まったり、混浴したり、明らかに勝ち組の生き方してるはずなのに、なぜ心が満たされないんだろう。

 楓達は呪い受けてるから仕方ないとして、この子は呪いの影響を受けていないはずなんだ。なのに、いや、だからこそかもしれない。性欲持て余した男子高校生を発情させないって、相当だぞ? 多少ブスでも興奮する生き物相手に萎えさせるって相当だぞ? しかもその顔面偏差値で。


「なあ、その……呪いの影響受けてないんだよな?」

「は? ドッグトレーナーが犬に噛まれるわけないでしょ?」


 何その例え。言わんとしてることはわかるけど、普通にあるんじゃないか?

 料理人が包丁で指を切ることもあるだろうし、医者が風邪をひくことだってあるだろう。解呪師だから呪いにかからないってのがイマイチわからん。

 修行のおかげでかからないって話ならわかるんだけど、今のところ筋トレ的な修行しかしてないじゃん。解呪師というより武道家の修行じゃん。


「いや、だってさ、同衾とか混浴って普通しないじゃん? 出会ってすぐ俺に落ちるなんて、呪いの影響受けてるとしか……」

「誰が誰に落ちたって?」


 なんでこの期に及んで誤魔化せると思ってるんだろう。これで俺のことが好きじゃなかったら、逆に怖いんだけど。俺が御曹司で白が貧乏とかならわかるよ? でも実際は逆じゃん。いや、別に俺の家は貧乏ってほどでもないけど、聖家に比べたら虫けら同然じゃん? 年収五百万って結構凄いけど、年収一億越えの人からしたら木っ端じゃん。それぐらいの差、いやそれ以上の差があるわけだし、好意以外にすり寄る理由が見当たらないんだけど。


「自分で言ってたじゃん、自分は尻軽じゃないって」


 ん? あれ、待てよ? コイツ、男より男を知ってるとか言ってなかった? 矛盾してない? いや、虚言癖なのはわかるけど、虚言癖の人って虚言癖なりに設定練らんの? 詐欺師と違って、その場のノリで喋ってんのかな。


「言ったけど何? そういう回りくどい喋り方、全然カッコよくないわよ? 漫画とかラノベの読みすぎね。ハッキリ言って哀れだわ。鍵っていうゲームメーカーがあるんだけど、そのシリーズの主人公そっくりね。言っとくけど、あんなのリアルじゃモテないわよ」


 よくもまあ、ペラペラと口が回るもんだ。多弁イコール呪いっていう方程式があるから、あんまり長文を喋らないでほしい。凄く不安になるからよぉ。


「ラノベとか鍵とかはよくわからんけど、尻軽じゃないならさ、好きでもない男と一緒に寝たりとか、風呂に入ったりとか、そういうのありえなくないか?」

「は? ありえないのはアンタなんだけど」


 なんでだよ! ぐうの音もでないほどの正論だろ!

 好きでもないのにそういうことするって、もう性欲しか残ってなくない? そりゃ女の子だって性欲はあるだろうけど、性欲満たすにしたって相手選ばん? お前、自分で言ってたじゃん。『私は面食いだから、イケメンじゃないアンタは対象外』みたいなこと言ってたじゃん。


「私みたいな美少女に好意を持たれてるっていう思い上がりが、まずありえないのよ。ありえないポイントその一ね。ダメ男に引っかかっただのモラハラ夫に苦しめられてるだの愚痴ってる人いるけど、そういう人って軒並みブスじゃない? 美人がダメ男に本気で惚れることなんてないのよ。そりゃ一時的に好きになることはあるだろうけど、結婚までにダメなところが発覚して破局するわ。なぜかって? そりゃアンタ、色んな男を見る機会が多いし、心の余裕があるからよ。妥協する必要がないのもデカいわね」


 ……その考えが間違ってるとまでは思わんけど、自分で言ってておかしいと思わんのか? 一時的にダメ男を好きになるぐらいならありえるってことは、お前がその状態になってもおかしくないってことだろ? だってお前の言い方的に、付き合いが短ければ短いほど、そういう事故が起きやすいわけだし。


「それはわかったけど、じゃあなんで俺なんかと風呂に……」

「アンタへのサービスに決まってるじゃない。アンタが私以外の女を愛せないっていうから、ボランティアで私が犠牲になってあげてるの。拗らせたら道行く女性を片っ端から押し倒して盛るでしょ? 顧客が逮捕されたら、こっちとしても困るのよ。さすがにムショまで解呪しにいけないし」


 そんな献身的な女性がこの世のどこにいる? マザーテレサでもやらんわ。

 どうしても俺が一方的に好いてるってことにしたいらしいな。これは、その……なんだ? ツンデレとはまた違う何かだと思うんだけど、適切な表現が思い浮かばないな。強いて言うならメンヘラなんだが。


「気持ちだけで嬉しいよ。でもさすがにシャワーは別にしようよ、修行じゃないわけだし……」

「は? はぁ? はぁぁぁぁぁ?」


 めっちゃ聞き返すやん。一ターンで三回はルール違反だろ。オセロだったら、後攻でも勝ち確だぞ。

 コイツ、譲るってことを絶対にしないよな。もしかしたら見習うところがあるかもしれない。


「このチャンスを逃す男なんて、世界中、いや、あの世とこの世を隅から隅まで探してもいないわよ? アンタもしかして女だったの? 思い返してみれば、昨日混浴した時も頑なに股間を隠してたわよね? へぇ、あれだけ情熱的に口説いてきたくせに女だったのね」


 ああ言えばこう言うとかそういう次元じゃないだろ、もはや。小学生でもここまで屁理屈こねないよ。

 親が甘すぎるせいか、それとも友達がいなさすぎるせいか、いずれにせよ高校生らしからぬワガママっぷりだな。早めに矯正しないと、絶対に将来苦労するぞ。何かの間違いで結婚できても、すぐ離婚するだろうなぁ。少なくとも、子供は作れないだろうな。俺が言うのもなんだけど、コイツは人の親になる資格ねぇもん。


「いや、普通に男……」

「じゃあシャワー行くわよ。男なら断る理由ないでしょ? それともアンタ衆道を歩んでんの? いくらモテないからって……」

「ちげえよハゲ! そっちの世界に偏見はねえけど、俺は異性愛者だ!」

「……ひっく」


 あっ……。

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