第40話 ちょろインとイエスマン

 けたたましいアラーム音が鳴り響く。

 どうやら朝を迎えたようだが睡眠時間が圧倒的に足りておらず、起き上がれそうにない。なぜって? そりゃあ……。


「ほら、いつまで寝てるのよ? 解呪師の朝は早いのよ?」


 こいつのせいだよ、全部。昨晩は、白が眠りにつくまで誉め言葉を投げかけさせられた。おそらく二時間かそこらだと思うが、よく俺の貧相なボキャブラリーで続けることができたな。後半かなり適当だった気がしないでもないけど。


「じゃあ夜も早くしてほしかったなぁ」


 遅寝早起きとか、一番やっちゃいけないヤツだろ。日本って睡眠の重要性をわかってないヤツが多いんだよなぁ、昔から。若いうちは睡眠時間なんて短くて平気? バカ野郎が。近い将来、絶対しっぺ返しがくるんだよ。だからせいぜい、その時が来るまで震えて眠れ。あっ、眠れないのか。


「は? 女の子に起こしてもらったのに、挨拶よりも先に憎まれ口? アンタ、どういう教育を受けてきたのよ? 挨拶なんて幼稚園児でもできるわよ?」

「……おはよう、白ちゃん」


 寝不足になった全ての原因、元凶がこのような物言いをしてくるのは非常に腹立たしいのだが、逆らってもいいことはないので大人の対応をする。高校生はもう大人だという意見もあるが、まだ子供でいさせてくれよ。皮肉なことに、ヤンデレとメンヘラが俺を日々大人にしてくるんだよ。


「まったくもう。子供は親を選べないんだから、しっかりしなさいよ? 私は自分の子供に『親ガチャ失敗だわ』なんて言われたくないのよ。いくら鋼のメンタルでも、それだけは耐えられないわ」


 お前のどこが鋼のメンタルなんだ? というツッコミは、一旦置いておくとしてだな。なんでその話を俺にするんだ? 俺の読解力が正常なら、俺達二人が結婚して子供を授かる予定だと聞こえるんだが? 言葉に気を付けたほうがいいぞ?


「はは、親ガチャなんて一時的なブーム、いわゆるネットミームだって」

「甘いのよ、アンタの考え方は。表現方法が変わるだけで、絶対に同じ意味合いの言い回しが流行るわよ。〝売女〟とか〝乞食〟が、〝パパ活女子〟になったのと同じようにね」


 それは一理あるかもしれんけど、気付いてくれ。自分の発言がおかしいことに。俺らが結婚するなんて、絶対にありえないことだからな? スマホが普及した昨今、いつ言質を取られるかわからないんだからな?


「心配しなくても、白は絶対良い母親になるよ。親ガチャ失敗なんて言われないさ」

「アンタの心配をしてんのよ。娘が生まれたらどうすんの? 愛情を注いでも、中学生ぐらいから距離を置かれはじめるのよ? 誠実な父親でもそうなるんだから、ダメ親父だったら尚更よ?」


 あの、やめませんか? この話。娘に嫌われるとか生きる意味を失いそうだし、想像させないでほしい。

 っていうか、なんで嬉しそうなん? 今の会話に勝ち誇る要素ありました?


「ほら、さっさと起きて着替えなさい。修行時間が無くなるわよ」


 是非とも無くなってほしい。こいつの修行に意味があると思えないし、そもそも今日は日曜日だぜ? 明日から学校だし、体を休めたいんだが?

 っていうかさ……。


「修行っていつまで続くんだ? まだ解呪できないのか? というか、俺が修行する意味あんのか? 解呪って白の仕事だろ?」


 一度に複数質問を投げかけるのはマナー違反だが、俺の質問ターンは貴重だから許してくれ。


「なんでそんなこと聞くの? 私と修行するのが嫌なの? アンタ、奥さんに家事を全部押し付けるタイプなの? 言っとくけど私は、土日のどっちかはアンタに家事をさせるつもりよ? だってそうじゃない。アンタが一人で家事をやってくれる日がないと、私が休む日がなくなるもの。育児はまあ、お母さん達が手伝ってくれると思うけど、それでもアンタが頑張らない理由にはならないのよ? できることなら、新婚生活は新居で二人っきりで送りたいし……」


 一つもまともに答えてくれねぇ。俺は別に、性別役割分業の話なんてする気ないんだよ。大事な議題かもしれんけど、朝からディベートなんかしたくないんだよ。っていうか、やっぱりヤンデレ化しつつないか? お経の予兆が……。


「待ってくれよ、別にそういう話をするつもりは……」

「男ってのはいつだってそうよ。女のことを、性欲処理ができる召使いとしか思ってないのよ。なんで飯炊き女扱いができるの? 男に搾取されるために生まれてきたわけじゃないのよ?」


 拗らせた行かず後家みたいなことを言い出したんだが、どうすればいい? SNSでよく見る害悪集団みたいなこと言い出したんだが、どうすればいい?


「あのさ、なんで俺らが結婚する前提の話を……」

「話を逸らさないでよ! 男っていつもそうよね。都合が悪くなったら話が通じないフリして逃げるわよね」


 お前が男の何を知ってるんだよ。女友達さえろくにいないくせに。

 っていうかお前ん家、女性のほうが強いじゃん。なんで男尊女卑を糾弾できるんだよ。なんで弱者側を死守するんだよ。


「結局、女のことをわかってくれるのは女だけよね。わかった、お義母さんと義妹に相談するわ。アンタにされたモラハラやロジハラの件も含めて」


 してないよ、どっちのハラスメントも。むしろ俺が被害者側だから。

 とりあえず止めないとまずい。こいつにまで外堀を埋められたら、ヤンデレとメンヘラで四面楚歌になる。


「白! 早く修行に行こう!」

「フン、どうせ修行なんて無意味だと思ってるくせに」


 それはそう。体よくイチャつこうとしてるようにしか見えない。修行期間をいつからいつまでって区切らずに、延々と修行させられる気がしてならない。でも今はそんなことを言ってられない。コイツが指を一本動かすだけで、発信ボタンをタップするだけで、俺の実家に電話がかかる状況だもん。


「俺は解呪に関して無知だから、修行の成果は今のところ感じられない」

「ほら! ほらほらほらほらほら! ほぉらららら!」


 落ち着けって。セリフ付きの必殺技を連発した時みたいになってるぞ。


「でも! 白が意味のないことをすると思えないし、きっと修行を続ければ解呪できるって信じてる! 相手が白ってだけで、何の疑いもなく修行を続けられるんだ!」


 否、心の底から疑ってる。呪いが解けないどころか、コイツの相手をしたことによってヤンデレが悪化すると思ってるぐらいだ。現に今も、スマホの通知が増え続けてるもん。


「ふーん。でも解呪は私の仕事なんでしょ? 女に全部押し付ける気なんでしょ? 自分は会社勤めだからって、自分のほうが偉いと思ってるんでしょ? 言っとくけど、仕事と家事のどっちが偉いなんてことないのよ? っていうか主婦の年収は一千万相当って言われてるし、どっちかと言えば女のほうが偉いのよ?」


 ……なんか既に結婚してることになってない? 俺別に会社勤めなんてしてないし、主婦の年収が一千万なんて話を真に受けないでほしい。


「わかってる、二人の共同作業だよな。頼むよ、一緒に解呪してくれ。ほら、二人っきりで修行しようぜ? 一秒でも長く一緒に修行したいし、早く行こうぜ? な? な? だから、一旦スマホを置いてくれ」

「ふ、ふーん? 共同作業ねぇ、共同作業。……ふふふ、共同作業」


 あっ、いけそう。もう一押しでいけそうだぞ。やっぱりヤンデレもメンヘラもチョロいという点では一緒なんだな。


「修行用品の買い出しに行こうと思ってるんだけど……」

「行こう! 俺に荷物持ちをさせてくれ!」

「朝シャン浴びたいんだけど……」

「浴びよう! 俺もお供させてくれ!」

「まずは朝ごはんよね」

「食べよう! 食べさせあおう!」

「んー、そういえば冷房で体が冷えちゃったわね」

「ぎゅー! よーしよしよし!」

「えへへ……えへへ……」


 ホント、チョロいわコイツ。イエスマンになるだけで簡単に満足するんだから。

 ……あれ、なんかおかしいような? まあいっか、幸せそうな顔してるし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る