第39話 同衾
スマホを見るのが怖い。いや、別にデジタルアレルギーとかそういうのじゃないんだ。よくあるヤンデレアレルギーなんだ。
着信履歴とメッセージを見るのが怖い。だってお前、今日の夜はアイツらを家に泊める約束してたんだぞ? なんなら、明日の夜まで遊ぶって約束だったし。
それをドタキャンして他の女の家にお泊りだぜ? しかもコイツ、電話で母親に余計なことを言いやがったっていうか、しやがったっていうか。
「傷つくわね」
風呂上りでホカホカの白が、イイ女感を出しながら呟く。可愛いパジャマが全てを台無しにしている気がするけど。クマさんってお前……。
「何がだ?」
傷つくのは俺だよ。帰ったら傷つけられるよ。今度ばかりは、赤ちゃんプレイやキスマーク程度では、すまないかもしれない。それらを〝程度〟呼ばわりできる現状が既にヤバいんだけど。
「目の前の私より、その板切れにご執心とは」
『眼力で破壊するつもりか』と言いたくなるぐらいキツい目で、俺のスマホを睨みつける。俺だってスマホのことは忘れたいよ。だけど、いつかは見なきゃいけないんだよ。早急に謝罪会見を開かなきゃいけないんだよ。でもこの場で電話したら、コイツが喘ぎ声を出してくる恐れがある。わざとらしいお粗末なフェイク喘ぎでも、アイツらの怒りを爆発させるにはじゅうぶんすぎる。
「しょうがねえだろ、バイブレーションが止まらねぇんだよ」
メッセージアプリの通知数カンストしてるぞ、絶対。長文のお経がしたためられてるぞ。どうするよ? 『もういい、今から行くね』みたいなメッセージで、終わってたら。多分だけど、文末に包丁の絵文字とかついてるだろ、それ。
「ん? バイブ挿入してんの?」
「ちげーよハゲ!」
会話の流れでわかるだろ! 仮に挿入してても、お前に話すわけねえだろ!
よし、強引にでも帰ろう。今すぐ帰れば、死人は出ないはずだ。朝まで絞られる可能性もワンチャンあるけど、死にはしないはずだ。うん、服まで貸してもらっておいて申し訳ないけど、帰らせてもらおう。
「怒鳴った……ハゲって言った……」
あっ……。
「な、なあ?」
「何よ? トイレ?」
「いや、俺やっぱ床で……」
「……ひっく」
「こ、このままでいい! ここがいい!」
「うるさっ……夜なんだから静かにしなさいよ、もう」
誰が言ったか、女の涙は武器だと。
武器なんてもんじゃねえよ、兵器だよ、核兵器だよ。女性ってのは涙腺が正常である限り、核保有国たりうるんだよ。非核三原則がある手前こんなことを言ってはいけないんだろうけど、核兵器って最強の外交手段だよ。
「ほら、ベッド狭いんだから、もっとくっつきなさいよ」
狭いんだったら床で寝かせてくれよ。朝起きたら体痛くなるだろうけど、別に気にしないって。どのみち、このまま寝たら寝返り打てなくて体痛くなるし。
「なあ? 女の子って髪触られるの嫌うよな?」
「当たり前でしょ。髪型崩れるし、同性でもよほど仲が良くないと無理よ」
つまりお前は誰にも触られたくないってことだよな? 同性の友達なんてほとんどいないだろうし。じゃあこの状況はなんだ?
「なんで俺に撫でさせるんだ? 嫌じゃないのか?」
「嫌に決まってるじゃない。私は安くないわよ?」
会話が成り立ってないぞ。もうちょっとロジックをだな……。
俺は知ってるぞ? もしここで俺が『じゃあ撫でるのやめるわ』って言ったら、核兵器の発射ボタンに手がかかるだろ?
つまり俺が言うべきことは……。
「そっか、撫でさせてくれてありがとうな」
慣れたもんだよな、こういう輩の扱い方にも。
「……泣いて感謝しなさい」
泣くのはお前だろ。涙腺ゆるゆるすぎんだよ。
っていうかいつ解呪してくれんのよ? さっき脳内で今日一日を振り返ってみたんだが、スケベなことしかしてなくない? 今日体験したことを人に話しても、童貞の妄想として聞き流されるだろうなぁ。
「ねえ、坂本」
「ん?」
どうでもいいけど、こいつ寝る気配ないな。そろそろ手が疲れてきたんだけど、撫でるのやめた瞬間にヘラるのが目に見えてるから、撫で続けざるをえない。女の子の頭を撫でて筋肉痛ってのも男冥利に尽きるけど、それでもやっぱり辛い。
「坂本は私のどこを好きになったの?」
いつ俺が好意を示したというのか。もしかしたら、機嫌を取る時にそういうことを言ったかもしれないけど、別に好きじゃないからな? いや、別にツンデレとかそういうのじゃなくて。
「そうだな……人として好きになったところかぁ……」
好意自体を否定すると間違いなくヘラるので、さりげなくラブではなくライクだとアピールしてみた。
「なんていうか親しみやすいよな。裏表がないっていうか」
「社交辞令ができない社会不適合者……とか思わないの?」
学生に社会不適合者も何もない気がするが、そういう捉え方もできるのか。確かに裏表がないってのは、言い換えりゃ取り繕わないってことだもんな。素の自分を出したら社会不適合者ってのも、中々腐った風潮だよな。腹の探り合いばっかりして楽しいのかね?
「物事を悪いように捉えだしたらキリないさ。長所と短所は表裏一体。物は言いようってな」
適当に紡いだ言葉だが、中々の金言じゃない? だってディベートとかも、本当に上手い人ってどっちの立場でも立ち回れるじゃん。
「私、色んな人からワガママって言われるわよ?」
言われるでしょうねぇ! すぐ泣き落としにくるじゃん。泣き落としっていうか泣き脅しのほうがしっくりくるけど。
「そういうところもあるかもしれんけど、本当にどうしようもないって時は、我慢するだろ? 分別がついてるならいいじゃん」
「でも女子ウケ悪いわよ? アイツら自分のことは棚に上げて、私ばっかり……」
それは別の理由がありそうな気もするけど、普段のコイツ知らないからなんとも言えないんだよな。
濃密な時間を過ごしてはいるけど、一緒にいる時間で言えばかなり短いし。
「良いように考えようぜ。ほら、女子って嫉妬深いって言うじゃん? 実際は知らんけど、可愛いから妬まれてるってことにしようぜ」
可愛さが全ての要因ってことはさすがにないだろうけど、全く無関係かって言われると、それも違うだろ? 少しぐらいは関係してるはずだ。
「可愛いのに友達が多いヤツなんていくらでもいるわよ?」
そりゃいるだろうけど……。
「でも白って一般的な女子と比べて、頭一つ飛びぬけてるじゃん」
アンケート取ったわけじゃないし、俺の趣味嗜好が入ってるかもしれんけど、多分平均より上だろ? 何も知らん人らに卒業アルバム見せてランキングつけさせたら、おそらく上位に入るだろ? 内面を知ってる人につけさせたら、下のほうにいきそうだけど。
「言われたことないわよ、そんなこと」
それは単純に、言ってくれる相手がいなかっただけでは? 女子ってすぐ、友達同士で可愛いって言い合うけど、その友達がそもそもいないっていうんじゃなあ。
「俺で良けりゃいくらでも言ってやるさ、だから……」
だから……もう寝ようぜ? 雑巾がけだの滝行だのサウナだので、肉体的な疲労が凄まじい。言うまでもないが精神も限界だ。楓達にどう申し開きすればいいのか考えただけで、胃がキリキリしてくる。
「気、気が早いわよ!」
なんだ急に。夜中だからもうちょっと声を抑えてくれよ。
「まだ解呪に成功してないのに、もうその気になったの? いくら私のことが好きだからって……。でも、ちょっと嬉しい。ちょっとだけよ? 勘違いしないでよ?」
なんか知らんが、口説いてることになってない? もしかしてアレか? 『お前の傍で褒め続けてやる。だから俺と結婚してくれ』みたいな、異次元の解釈をされた?
やっぱりコイツ、呪いの影響を受けてない? さすがに好感度おかしいって。
ヤンデレ達のせいで感覚がおかしくなりつつあるけど、会ったばかりの男を家にあげないって、普通は。風呂場で汗だくになりながら密着なんかしないって。
いつの間にか『〝ヤンデレ〟イコール〝お経〟』っていう等式が成り立っていたけど、その固定観念が正しいなんて保証はないよな。
「なあ? 結局解呪っていつになるんだ? っていうか何をすればいいんだ? どういう原理……」
「なんでそういう話になるの? ムードってわかる? アンタも男なら、ここで落とすぐらいの意気込みで攻めなさいよ。朝まで口説き続ける流れでしょ?」
コイツやっぱりヤンデレになりかけてない? メンヘラ臭が強すぎて誤魔化されそうになってたけど、いつお経を唱えだしてもおかしくない雰囲気がプンプンと……。
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