第37話 イクイク詐欺

 あー……生き返るぅ。地獄から天国、砂漠からオアシス、えーっと……いや、なんでもいいや。とにかく幸せだ。

 もし俺にノーベル平和賞の贈呈権があるならば、エアコンを開発した人に贈呈したいと切に思う。


「休憩中だからってだらしない顔しちゃって、もう」

「キミも大概だよ」


 そんなとろけた顔で憎まれ口叩いたってね、説得力の欠片もないんだよね。

 きっと性別も国籍も関係ない。人間ってのは、クーラー一つあれば幸福追求権が満たされるってもんだ。


「クーラーと扇風機の組み合わせ凄いな。気持ちよすぎるだろ」


 俺の家じゃ、こんな贅沢許してくれんよ。実際、エアコンの温度下げるよりも安くつくんだろうけど、ウチの母親は頭固いからなぁ。照明だって短時間なら下手に消さないほうが安くつくんだけど、起電力がうんぬんって話をしても聞いてくれないんだよ。ああいう大人にはなりたくないね。


「アンタね、せっかく女の子の部屋に入ったんだから、もっと感動するところあるでしょ?」


 うるせぇな。こっちは怒涛の修行……修行? えっと、修行だよな? 修行らしきもの三連発で疲れてんだよ。こんな色気のない部屋に対する感想なんてねえよ。

 ……女の子の部屋にぬいぐるみってのは、やっぱり童貞の妄想なのか? ロボットとか、バトル漫画のフィギュアしか置いてないじゃん。可愛い顔して、良い趣味してるぜ。あっ、それクソ転売ヤーのせいで買えなかったヤツじゃん。後で入手方法を教えてもらおう。


「良い匂いがするとか、緊張で心臓が痛いとか、色々言うことあるんじゃないの?」


 良い匂いとか言われてもなあ。さっき白の匂いを限界まで嗅いだから、嗅覚麻痺してるっての。心臓もサウナで弱ってるし、今刺激与えられたら停止するって。


「サウナ……サウナらしきもので密着したのに、今更緊張なんてないよ」


 本当に何やってんだろうな。凄い体験だよ、全く。風俗でも中々できない体験じゃないか? 行ったことないから知らんけど。


「アンタ、修行中に邪な気持ち抱いてたの? 真剣にやりなさいよ」


 どの口が言ってんだよ。発情モンキーの顔してたくせに。あのまま犯されるんじゃないかと、ヒヤヒヤしてたぞ。

 とりあえず話題を変えとくか。そっち方面の話を広げられたら面倒だし。


「しっかし白の部屋、少年漫画ばっかだな」


 まあ、今時の若者の部屋なんてそんなもんだろうけどな。むしろ、怪しげな自己啓発本とか置いてないだけ健全だよ。


「何よ。名作だからいいじゃない」


 いや、別に非難してるわけじゃないんだけどな。漫画も文学だと思ってる派だし。


「これなんてオススメよ。読んでみなさいよ」

「いや、俺も持ってるよ。なんだったらアニメ版も見てるし、ゲームも持ってる」

「マジ? じゃあこれは?」

「アニメ版は見たな。原作は読んだことないけど」


 こうして見ると、結構趣味被ってるかもしれん。ここにある漫画で、俺が全く知らない漫画はないぞ。


「アンタ、今日泊っていきなさいよ」


 は? 相変わらず冗談がキツイな。そんなことしたら、ヤンデレ三人衆に何をされるかわかんねぇぞ。最悪の場合、この家に乗り込んでくるかもしれん。

 いや、待てよ? アイツらを直接、解呪できないのか? これはあくまでも俺の呪いだから無理なのか?


「なんで?」

「夜通し語り合いましょうよ」


 若い男女が夜通し漫画の話を? 今の時代、通話でよくない? 昔なら通話料ヤバいだろうけど、今って無料通話できるツール溢れてるし。


「私の周り、こういう漫画読まないからさぁ」


 なるほどな。友達と漫画を語る機会に飢えているんだな。言われてみりゃ、一世代前の漫画ばっかだもんな。女の子も少年漫画ぐらい読むだろうけど、一昔前の泥臭い感じのはあんまり読まなそうだもんな。最近の主人公って、スラッとしたイケメンが多い気がするし。あれ、もしかして老害みたいなこと言っちゃってる?


「普段、友達とどんな会話してんだ?」


 お泊り会を避けたいので、話を逸らしてみる。まあそれ抜きにしても、ちょっとだけ気になるし。


「……」


 あれ? なんか不味いこと聞いちゃった? セクハラ判定が厳しい時代だってのは知ってるけど、これもアウトなの? 確かに職場の女性に仕事と関係ないことを聞くのはNGだけど、学生だからよくない?


「白ちゃん?」

「メイクとかファッションとか、えっと、ええっと、オシャレなカフェとかで……」


 うん、確信したわ。こいつ、あんまり友達いないんだわ。

 いや、なんとなくわかってたけどね? あんまり同性に好かれるタイプじゃなさそうだし。

 まあ、俺も友達あんまりいないから人のこと言えないんだけどね。ただでさえ少ないのに、ヤンデレ事件……いや、もはや事変か。ヤンデレ事変で友達がめっきりいなくなったもんな。美女たちを侍らすオムツ怪人扱いだもんな。

 なんだよお前、オムツ怪人って。ジワジワと腹が立ってきたわ。言うに事を欠いて怪人ってお前……。


「そっか……」

「何よその目? もしかして疑ってんの?」


 お前、せっかく人が気を遣ってやってんのに。


「いや……そんなことは……」

「どうせ、面倒な女だと思ってんでしょ?」


 それはそう。呪いの影響なしでここまで面倒な女、そうそういないぞ。

 俺の母親と妹も大概面倒だから、あんまり言えないんだけどさ。


「そういうところも含めて可愛いと思うぞ」


 こういう時は下手に否定するより、肯定したほうがいい。面倒な女の扱いには慣れたもんさ。


「フン。黒川雅の呪いを受けてない私をたぶらかそうなんて、百万光年早いわよ」


 光年は時間じゃ……いや、別にいいや。


「残念だけど、私は面食いなのよ」

「はは、そりゃ残念だ」


 決してイケメンじゃないってことは自覚してるけど、面と向かって言われると腹立たしいな。お前ちょっと美形だからって……。


「なんでそうやってすぐ卑下すんの? この天才美少女解呪師の部屋に招かれるっていう、栄えある栄誉を享受してるくせに」


 栄えある栄誉って、頭痛が痛い的な重複表現になってないか? いや、別に俺は国語の教師じゃないから、うるさいことを言うつもりはないけど。

 それより、俺にどうしてほしいんだ? せっかく話を合わせてやってんのに。


「もしかして私のことを、誰かれ構わず部屋に招くような尻軽だと思ってる? だとしたら、アンタの歪み切った認識能力を正す必要があるわ」


 わけのわからないことをまくし立てて、寝そべっている俺に馬乗りになる。何をする気だ? パンクラチオンでも始める気か?


「どう? 結構重いでしょ?」

「……重いから尻軽じゃないって言いたいのか?」


 ギャグ……なのか? 軽いって言ったら『誰が尻軽よ!』って怒られるだろうし、重いって言ったら『誰が百貫デブよ!』って怒られる気がする。

 なんかアレだな。『私何歳に見える?』って聞く女みたいな面倒さがある。高めに答えたら怒られるのは当然として、低めに答えてもお世辞を言うなって怒られる的な感じ。わかるかな? まあ、そんなこと聞いてくる女性と知り合う機会なんて……。


「アンタ、この体勢から逆転できる?」


 ギャグが滑ったことを誤魔化すかのように質問を投げかけてきた。


「白が怪我する可能性を考慮しなければ」


 つまり逆転は不可能ということだ。そりゃ、このまま殴りかかられたら、さすがに抵抗するけどさ。


「私を怪我させたら、解呪師パワーで凄いことになるわよ」


 初めて聞くパワーだが、ネーミングセンスが壊滅的すぎる。凄さがまるで感じられないぞ。名前って大事なんだなぁ。


「抵抗もできないままいたぶられるか、大人しくお泊りするか。さあ、どうする?」


 実質一択じゃねえか。だって、いたぶられるのって制限時間ないだろ? 一定時間耐えたら勝ちってなら前者もありだけど、結局お泊りするまでいたぶられるんだろ?

 友達がいない時点でお察しだが、本当に厄介な性格だな。呪いと無関係ってのがタチ悪い。直る見込みないじゃん。


「楓達が俺ん家に泊りに来るんだよ」

「で? 今その話が大事? なんで他の女の話すんの? いたぶられたいなら、そう言いなさいよ、回りくどい男ね」


 一から十まで言わなきゃいけないのか? 事情知ってんだろ?


「アイツら呪いのせいでおかしくなってんだぞ? 他の女の家に泊まったら、何をするかわからんぞ」


 焼き討ちされても知らんぞ? 聖家の変になっても知らんぞ? お前と敦盛をセッションしながら鬼籍に入るなんてごめんだぞ?


「私を誰だと思ってんのよ? 私の家に泊まれば呪いも弱まって、あいつらも正常になるわよ」

「一日でそこまで変わるもんなのか?」


 呪術に関しては素人だが、黒川先輩の呪術が強力なことぐらいわかる。悠長に修行してるうちは、呪いなんて解けないんじゃないか? っていうか本当に、今までの行いは修行なのか? イチャついてるだけな気がするんだが?


「私のことが信じられないって言うの?」


 信じられる要素がねえよ。メンヘラ要素しか見てないもん。


「白に危害が及ぶ可能性もあるんだぜ? ここは慎重にだな」

「天才だから大丈夫よ。ほら、さっさと家族に泊まりの連絡をしなさい。さあ、今ここで電話しなさい」


 なんて強引なヤツ。本当にいいんだな? もし何か良からぬことが起きても、俺は責任を持たんぞ? 横恋慕として酷い目に遭っても、俺は責任を取らんからな?

 白を説得するのは無理だと観念し、仕方なく母親に電話をかけることにした。


「もしもし、母さん? 今日、友達の家に泊まるから。え? ああ、うん。男……あっ、おい」


 男友達の家に泊まると嘘をつこうとしたら、白に電話を奪い取られた。猛烈に嫌な予感がするが、取り返す前に白が話し始めた。


「お義母様、初めまして。私、聖白という者ですが、はい、小五郎君とはいわゆる男女の仲でして……先ほども裸の付き合いを……」


 おいっ!? 考えうる限り最悪のファーストコンタクトをやめろ! 特殊な育ち方しすぎだろ!


「ちょ、返せっ」

「きゃっ! ちょ、ちょっと小五郎君! 急に指を突っ込まないでよ! あっ……」


 突っ込んでねえよ! 映像が見えないっていう通話の特性を最大限に悪用すんじゃねえ!


「そ、そっちの穴はダメよ! アブノーマルすぎるわよ!」

「頼むっ、本当にやめてくれ……」


 ただただ泣きたい。なんで善良な一市民の俺がこんな目に遭わなきゃならんのだ。

 オカンにどう説明すればいいんだよ。外堀埋めるどころか、破壊にかかってるじゃねえか。

 結局通話は、白の喘ぎ声を最後に途絶えた。家に帰りたいけど帰りたくない。っていうか二度と帰れない気がする。

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